7章 エピローグ1 嵐の後
「んんぅ……」
天は身をよじる。
そして彼女は深い眠りから目覚めた。
「…………ん?」
天井が――見えない。
天が眠っていたのは天蓋付きのベッドだった。
まるでお姫様が使っていそうなベッドだ。
「どこだ……?」
天は体を揺らしながら起き上がる。
――頭が重い。
(俺――)
ようやく記憶が整理されてゆく。
《象牙色の悪魔》でマリアの素体の場所を見つけ出したこと。
素体を封じていたのが助広だったこと。
それを暴いた直後、助広によって頭蓋を砕かれたこと。
「鏡……」
天は重い足取りで壁にかかっている鏡をのぞいた。
そこにいるのは見慣れてしまった少女の姿。
白い肌に、整った顔立ち。
傷跡も存在しなかった。
「あ……良かった。顔に傷残ってない」
(顔に傷残ってたら化粧で隠さないといけなかったからな)
「じゃないだろ乙女かッ!」
思わず天は突っ込んだ。
確かにアイドルにとって顔の傷は大事件だが、ナチュラルに傷跡を心配している自分に不安を覚えてしまう。
「それにしてもホント……どこだ?」
天は周囲を見回す。
やはり見覚えのある場所ではなかった。
「服も着替えてるし」
天は着ていたパジャマを指でつまむ。
レース生地のネグリジェだった。
露出は多くないけれど、かなり乙女チックな可愛らしいデザインとなっている。
「――お目覚めですかぁ?」
「?」
天がこれからの行動を迷っていると、部屋の扉が開いた。
彼女の視線が扉へと向かう。
「えっと……誰だ?」
そこには少女がいた。
いや。むしろ幼女だろうか。
小柄な天だが、少女はさらに小さい。
「私はぁ……八千代ですよぉ」
少女――八千代はゆるく笑う。
「は……はぁ」
(スタッフの一人か……?)
正直、見覚えはない。
だが箱庭のスタッフは多い。
裏方のスタッフも含めてしまえば、天が認識していない職員もいるだろう。
「あのさ。他のALICEってどこにいるんだ?」
天はそう尋ねた。
彼女はかなり早い段階で意識を失ってしまったため、事の顛末を把握できていないのだ。
「みんな一階で食事をなさっていますよぉ」
「……本当にみんなか?」
「? はい」
八千代は首を傾ける。
天の質問の意図が分からないというように。
「……蓮華も、いたか?」
「はい。ただ、朝食はあまり食べないからスープだけでとのことでしたけどぉ」
「…………良かったぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
思わず天は床に座り込んでいた。
天が助広に負傷させられたとき、すぐ近くに蓮華がいた。
彼女があのまま逃げるとは思えない。
――最悪の事態も覚悟していたのだ。
(これで蓮華の無事は確認できた)
ひとまず天は息を吐き出した。
(月読は……蓮華が大丈夫なら問題ないか。待遇に関しても、蓮華が無事なら心配はないだろうし)
あの場には月読もいたが、彼女に何かがあったのなら蓮華も無事で済んでいるはずがない。
懸念としては、箱庭にとって月読は裏切り者という立ち位置であるという点。
しかし蓮華なら月読をかばってくれるだろう。
どこまで信じてもらえるのかは分からない。
それでも、助広の叛逆が明るみになったのなら、月読に対する対応も見送られる可能性は充分に考えられる。
……そこまで考えると、体から力抜けた。
「そういえばさ――」
そう言いかけた時、天のお腹が鳴った。
すでに太陽は真上に上っている。
少なく見積もっても、天は丸一日眠っていたことになる。
彼女の胃袋は空っぽだった。
「うふふ。食事はちゃんと準備してありますよぉ」
「……あ、ああ」
微笑む八千代。
そして八千代は部屋を出た。
天は戸惑いながらも、彼女についてゆく。
「なあ八千代」
「はい?」
「ここ……どこなんだ?」
廊下も豪奢な空間が広がっていた。
絨毯から調度品に至るまで。
一般家庭で育った天でさえ分かってしまうほどに高級な世界がそこにあった。
「正直、現状が飲み込めてないっていうか――」
「なるほどぉ」
八千代は唇に指を当ててそう漏らした。
――天は八千代を観察する。
八千代が着用しているのはメイド服だった。
最初はコスプレ衣装かと思っていたが、家の様子からすると彼女は本当にメイドとして働いているのかもしれない。
彼女の身長は、天の肩あたりまで。
だが――
(大きい――)
ふよん。ふよん。
効果音をつけるのならそんなところだろう。
……揺れていた。
小学生のような体格とは不釣り合いな膨らみが。
八千代が歩くたび、メイド服の下に隠されているはずのはしたない果実が主張している。
横目で盗み見てしまうのは仕方のないことだろう。
「それでは、私たちの愛の巣をご紹介いたしちゃいます」
「い、いたしちゃってくれ……」
そんな天の懊悩も気にせず、八千代は無垢に笑う。
「まず、私の名前は財前八千代」
「財前貴麿の妻です」
「そしてここは、私たちの自宅「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」
天の絶叫が屋敷に響き渡った。
財前貴麿の妻は――黒髪ロリ巨乳メイドだった。
箱庭の全壊により、ALICEの拠点が移動します。
それでは次回は『願いの届かない世界で君とまた』です。