7章 14話 傲慢の秤
「ああ……天秤が釣り合っていくよ」
助広はささやく。
愛おしそうに。
慈しむ。
不平等と理不尽にまみれた世界が――釣り合っていく光景を。
「きっとこの能力は世界で最も平等で――美しい力だ」
そして紡ぐ。
誇らしい、己の思想を体現する能力の名を――
「《極彩色の天秤》」
助広は十字架を構える。
まるでバットを構えるかのような姿勢。
しかし迫る球体は、ボールなんて言葉で表せるような矮小なものではない。
世界を滅ぼす、悪意の塊だ。
「っ!」
助広は十字架を振るう。
鋭いスイングはマザー・マリアの攻撃を完璧に捉えた。
とはいえ攻撃の規模が違いすぎる。
本来であれば、そのまま助広が消し飛ばされるだけだろう。
しかし――
「なんだと……!?」
厳樹が驚愕の声を漏らす。
それも仕方のないことだ。
なぜなら、助広がマザー・マリアの攻撃を跳ね飛ばしたのだから。
飛来した攻撃をホームランボールのように弾いたのだから。
エネルギー弾は大きく進路を変え、上空へと打ち上げられる。
そのまま球体は炸裂し――雲をすべて消し飛ばした。
「あれ……ひょっとして僕、世界救ったんじゃない? あんなの街中で撃ったらダメでしょ」
想像以上の威力に助広も呟く。
――どんな威力の攻撃でも防げると分かっていたが、まさかあんなものを相手にしていたとは思わなかった。
「遠回しな自慢か?」
厳樹は鋭い視線で助広を観察している。
彼が目を付けたのは――十字架だった。
「お前は《ファージ》に有効な武器も作っていたな。その十字架に仕掛けでもあるのか?」
「違うよ」
「これは、僕の《不可思技》だよ」
助広は宣言した。
「驚いたかな? 僕がALICE化していたことなんて知らなかったんだろう? 別に美少女しかなれないってわけじゃないんだからさ。驚くことでもないと思うんだけど」
助広は笑う。
「言うなれば第三世代。これまでのALICEよりさらに一段階スペックが強化されたALICEさ」
氷雨は第一世代。
身体能力は低く、《不可思技》も持たない。
天たちが第二世代。
スペックが強化され、《不可思技》という固有能力に目覚めた世代だ。
そして助広は最新の第三世代。
「未完成な第一世代。安定志向の第二世代」
「第三世代は――――特化型のALICEだ
「全体的な強化を目指した第二世代と違い、一部の能力に強化リソースの大部分を割いた特化型ALICE」
――ロマンがあるよね?
「僕の場合は肉体強化を捨てた《不可思技》特化型のALICE。肉体は第一世代と変わらないけど、第二世代ではありえない領域の《不可思技》を手にしたんだよ」
(まあ……例外はあるけどね)
助広は内心で笑う。
第二世代ALICE最強であった瑠璃宮蓮華。
彼女の《不可思技》は雷撃。
雷速はすさまじいが、それでも想定されたスペック内の話だった。
しかし――天宮天は違う。
未来演算など第二世代が手にして良い《不可思技》ではない。
天条アンジェリカの運勢操作も第二世代の限界に近い能力だが、あれは安定性に欠ける。
幸運も、不幸も彼女自身には選べないのだから。
意図的に運命を調整できる《象牙色の悪魔》は本来、あの世代のALICEが持っていていいものではないのだ。
どう考えてもオーバースペックだ。
もっとも、他に《不可思技》が目覚めなかった以上、ただのバグだと割り切るしかないのだろうけれど。
「これはね《極彩色の天秤》っていうんだよ」
助広は十字架をかかげる。
「その能力は――世界のバランスを保つこと」
「敵と味方。その戦力を総合し、均衡させる」
「ゆえに蟻が龍に勝つことも。大人が赤子に負けることもある」
「――平等な能力だろう?」
これは助広の信条を具現化した能力といっていい。
絶対的平等。
誰にでもリスクがあり、誰にでもチャンスがある。
誰もが平等条件で争うことのできる能力だ。
「つまり『敵と同じ強さになれる』能力というわけか」
「そうだよ。だから僕には『絶対に勝てない敵』というのは存在しないんだ。たとえ敵が神であろうともね」
相手が神ならば、助広も相応の力を手にする。
ゆえに戦える。
――助広の身体能力は低い。
しかし《極彩色の天秤》によって、敵と同じレベルにまで肉体が強化される。
ある意味で助広には、第三世代ALICEとしての欠点さえない。
助広にとって最高傑作ともいえる。
「ねえ。どうだろうか」
「同じ力を持っていたとして。理性のない化物と、技術を学んだ人間」
「どっちが勝つと思うかい?」
その答えを示すため、助広は走り出した。
登場予定はありませんが、第三世代のALICEが他にいた場合『時間停止』『空間操作』『因果律操作』などに目覚めます。
それでは次回は『天秤は傾かない』です。