7章 13話 破滅
「ったく……でけぇ地震だったな」
美裂は頭を守る姿勢を解き、周囲を見回した。
短時間だが、箱庭がすさまじい揺れに襲われた。
箱庭の建物にもヒビが入るほどだ。
箱庭の外はもっとひどい状況かもしれない。
「建物が崩落するのではないかとヒヤヒヤしましたわ」
アンジェリカも立ち上がる。
頭に乗った石片を払いながら。
――どうやら、彼女の頭上にはガレキが降ってきたらしい。
さすがというべきか。憐れというべきか。
「みなさん大丈夫でしたか?」
部屋の扉を開き、彩芽が心配そうな顔を見せる。
「おう。少なくともアタシたちはな」
「わたくしも無事ですわ」
ここにいないALICEは二人。
天と蓮華は外出していたはず。
二人の安否を確かめるには氷雨あたりに聞いたほうが良いだろう。
彼女ならALICEとそれぞれに連絡が取れるはずだ。
「念のために外へ出ましょうか」
「そうだな」
彩芽の提案に美裂は同意する。
《ファージ》と戦うための施設ということもあり箱庭は頑丈に作られている。
そこにヒビが入ったのだ。
崩壊する可能性も考え、避難するべきだろう。
「よっと」
美裂は窓から跳んで外へと出た。
建物の2階となれば、ALICEにとって気にもならない高さだ。
もし気になるものがあるとするのなら――
「……おい」
美裂は見上げ――固まった。
彼女の目の前には、巨大な何かがあった。
箱庭全体を影で覆うほどに巨大なものが。
「どうしたんですか?」
同じく飛び降りてきたらしい彩芽とアンジェリカが駆け寄ってくる。
――正直、あれを示す言葉が思いつかない。
だから美裂はただ指を向けた。
二人の視線が動く。そして、固まった。
「あれは――」
「《ファージ》……ですの?」
おそらくそれは、《ファージ》なのだろう。
しかし脳がそれを拒否してしまいたくなるほどに強大だった。
高層ビルよりも大きな体。
全身に備わった大量の眼球や口。
そこにいたのは、吐き気がしそうなほど不気味な肉塊だった。
大量の腕が生えたそれは、地下から箱庭を貫くようにして存在していた。
「おいおい……冗談きつすぎだろ」
美裂の声も、思わず引きつっていた。
「あれが《ファージ》だったとして……勝ち目とかあるのか?」
巨大さだけではない。
雰囲気だけで分かる。
アレには勝てない。
先日戦った《ファージ》の王さえも凌駕している。
確かに、目の前の肉塊は王にふさわしくないだろう。
だがそれは弱いからではない。
理性がないからだ。
あれは、形を持った破滅だ。
元来、戦いが成立するような相手ではない。
「あれはマザー・マリアだ」
「妃さん?」
気が付くと、美裂たちの前には氷雨がいた。
彼女は肉塊――マザー・マリアを見上げている。
「あれは箱庭の地下に封印していた《特級ファージ》だ」
「あ、あんなものを封じていたんですの……!?」
アンジェリカが驚愕する。
とはいえ、それは美裂たちも同じことだ。
自分の生活圏に、あんな化物がいたなど寒気がする。
「……いつからなんですか?」
「お前たちがALICEになるよりもずっと以前からだ」
氷雨の答えに彩芽は顔を伏せる。
「で、封印が解けちまったのか?」
マザー・マリアが箱庭の外にいる。
つまりはそう言うことだろう。
「いや。あれは意図的なものだ」
「あれは我々の最終兵器だからな」
「……どうみても世界を救ってくれそうに見えないぞ?」
「問題ない。今、あれは生天目社長の指示通りに動いている」
「お父様の?」
氷雨の言葉に食いついたのは彩芽だった。
彼女は氷雨とマザー・マリアを交互に見ている。
「生天目社長の指示通りに動くよう20年かけて調整していたからな。もっとも試運転ができるわけでもない。安全が保障できない以上、使わずに済むのなら使いたくはなかったが……あの人は使うと決めたらしい」
そう言った氷雨は少し心を痛めているように見えた。
「……そもそもなんで使ってるんだ? 使うってことは、使うべき敵がいたってことだよな?」
さすがに意味もなくあんな化物を使っているわけではないだろう。
それなら、それ相応の理由があるはずで――
「――お前たちに伝えておくことがある」
「神楽坂助広が箱庭を離反した」
「離反って……だからといって――」
「質問は後だ。生天目。助広の部屋に来い。瑠璃宮と天宮が負傷している」
「蓮華ちゃんと天ちゃんがですか……!?」
彩芽の顔が青くなる。
ただの負傷なら、氷雨が連れてくればいい。
それをしないということは、動かすだけで取り返しがつかないかもしれないほどの致命傷だということだ。
「おそらくあいつらは、助広が我々と敵対しようとしている証拠を見つけたのだろう。それで――」
「……分かりました」
彩芽が駆けてゆく。
ALICEの中でも治療ができるのは彼女だけだ。
一秒でも彼女が早く到着することが、天たちの無事とつながると彩芽は理解しているのだろう。
「……アタシたちはどうするんだ?」
「マザー・マリアを起動した以上、お前たちが戦場に向かっても邪魔だ。他のスタッフを避難させる」
「分かりましたわ」
氷雨の指示を受け、美裂とアンジェリカはそれぞれに動き出す。
しかし一瞬だけ、美裂は足を止めて振り返る。
マザー・マリアが動くたびに轟音が鳴り響き、建物が壊れてゆく。
もはや箱庭は修復不可能なほどに崩壊していた。
「結構……気に入ってたんだけどな」
もう取り返しがつかないほどに壊れてしまった。
そんなことを、嫌でも思い知らされてしまう光景だった。
☆
「おっと」
助広は跳ぶ。
彼の足元を白い腕が伸びていった。
マザー・マリアから伸びた腕はゴムのように伸縮し、助広を狙う。
「見た目通り、ノロマで助かったよ」
助広は軽快に腕を躱してゆく。
マザー・マリアは巨大だが動きが遅い。
――もっとも、一度でも攻撃を喰らえば助広など一瞬で赤い水たまりになってしまうだろうけれど。
攻撃し。躱す。
そんな繰り返しの中、マザー・マリアが大口を開けた。
「あれ? 遠距離攻撃もある感じかい?」
助広はへらりと笑う。
マザー・マリアの口腔に黒い球体が出現する。
それは徐々に巨大化している。
嫌な熱量を感じる球体。
マザー・マリアはそれを――射出した。
黒い砲弾は一直線に助広を目指している。
かなり規模の大きな攻撃だ。
躱すのは現実的ではないだろう。
「仕方ないなぁ」
助広は息を吐いた。
そして、十字架を構えた。
「《極彩色の天秤》」
助広の能力は次回に。
それでは次回は『傲慢の秤』です。




