表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/234

7章 12話 終わりの足音

 助広は箱庭の廊下を歩く。

 今日で、ここを歩くのは最後だろう。

 十字架を引きずりながら、ゆっくりと足を進めてゆく。

「――――おや」

 しかし、そんな歩みも止まった。

 彼の前方で、道をふさいでいる人物がいたから。

「なるほど。こうなったのか」

 助広は驚いた風もなく頷く。

「まさか貴方がねぇ」

 どちらかというと感心の感情が近い。

 誰かが邪魔をしに来る可能性はあると思っていた。

 だが、誰がここに現れるのか。

 運命は、助広の障害として誰を選ぶのか。

 その答えは、目の前に立っていた。


「――――――生天目社長」


 助広は、厳樹を見て笑う。

 箱庭の創始者。

 そして、助広を箱庭へとスカウトした人物だ。

「神楽坂。一つ聞かせろ」

 厳樹の目は十字架へと向けられている。

 見ればわかるだろう。

 十字架に付着した赤いものが何か。

「お前は、自分がしたことを理解しているのか」

「………………」

 助広は答えない。

 いつも通り、薄笑いを浮かべ続ける。

「一言で表すのなら――」


「お前は、俺の復讐を邪魔した」


 厳樹の目には怒りが宿っていた。

 ALICEを襲ったことではない。

 信頼を裏切ったことではない。

 彼は、復讐のために蓄えた力を削がれたことに怒りを覚えている。

「ALICEの技術を持ち込んだのはお前だ」

 厳樹はそう口にした。

 ALICE。

 それは助広が製薬会社に勤めていたころ偶然思い浮かんだ技術だ。

 とはいえ一般人である彼に実験をするだけの資金などない。

 そんな時に出会ったのが厳樹だった。

 厳樹は復讐のためにALICEの力を欲した。

 発明とは、目的があって初めて価値を持つ。

 厳樹が欲し、ALICEは価値を持った。

 だから助広は協力したのだ。

「ゆえに、一度は許してやろう」

 厳樹は一歩進む。

「今すぐ部屋に戻れ。そして、これまで通りに働くのなら見なかったことにしておこう」

 復讐の糧となったからこその恩情というわけだろうか。

 すでに致命的なまでに敵対した人物にそれを提示するあたり、彼の狂気も相当なものだろう。

 正直、そういうなりふり構わない性格には好感もあったのだが――

「それは……無理かな」

 助広の答えは決まっていた。


「もう僕は――人間の味方をするつもりなんかないんだよね」


 助広の初めの願い。

 それは――人間を守ること。

 しかし今は違う。

「まあ、僕としてもALICEは必要だったから手伝っただけだしねぇ」

「……どういうことだ」


「だって、バランスが悪いじゃないか」


「?」

 厳樹は眉を寄せた。

「《ファージ》は人を食う。人間には対抗の術もない」

 

「それって……不平等じゃないか」


 助広は語る。

 演説のように。

「だから僕はALICEを使ってバランスを取ったんだ」

「バランスだと?」

「だって人間ばっかり不利で不平等じゃないか。だから、人間が対等に戦えるようにALICE化の技術を利用した」

 公平。平等。

 それこそが助広の行動原理。

「でもさ。思うんだよね」

 助広はため息を吐いた。

「最近はALICEのおかげで《ファージ》との戦いも安定し始めた」


「――――――天秤が釣り合っているんだ」


 今は均衡している。

 人間と《ファージ》。

 両者の力が拮抗している。

「だから僕は、人間の味方はもうやめる」

 これ以上に人間に肩入れしてしまえば、今度は人間が有利になってしまう。

 助広はそれを望まない。

「ねぇ生天目社長。これって何か分かるかな?」

 助広はネックレスを見せた。

 女神の素体を封印した宝石をあしらったネックレスを。

「……宝石の種類でも答えてほしいのか?」

「違うよ」

 助広は宝石を奥歯で噛んだ。

「これは、この世界の神様なんだ」

 ヒビ一つ入らない宝石を助広はのぞき込む。

「この宝石に封じられている女神は、僕にALICEの技術をもたらした」

 その力のおかげで、人間は《ファージ》に反撃することができた。

「ALICEの技術は人間と《ファージ》のバランスを取る役に立った」


「それはそれとして、僕はあの女神が大嫌いなんだよ」


「あの女神は僕に『人間を救ってほしい』って言ったんだ」

 助広は彼女の言葉を思い出し、唾棄する。

「人間が救われるかなんて人間次第さ。僕や女神が決めることじゃない」

 人間が努力して勝ち取るのならいい。

「女神だなんて部外者がさ『人間を勝たせようとする』だなんて不平等じゃないか」

 あの日、助広は知ったのだ。

 女神という存在を。

 女神などという、無粋に人間だけを救おうとする存在を。

「この世界に女神がいる限り、彼女は人間を救ってしまう」

 助広は笑う。


「だから僕は、女神をここに封印した」


 本来なら、《ファージ》の神を封印するための技術を転用して。

 人間の神を封印したのだ。

「いくらバランスを取っても、女神は人間を助ける。それじゃあ駄目なのさ」


「女神を殺して、本当に平等な戦いを始めようじゃないか」


 女神によって整えられた運命。

 それならきっと人類は勝利するのだろう。

 だが、それは不平等だ。理不尽だ。

 女神が味方したから勝った。

 女神が敵対したから負けた。

 そんな偏った結末は――天秤が釣り合わない。

「勘違いしないでほしいんだけどさ。僕は人間に勝ってほしいわけでも、《ファージ》に勝ってほしいわけでもないんだ」

 どちらが勝つのかなど助広の興味の外だ。

「僕は、平等な戦いの果てに雌雄を決してほしいだけなんだよ」

 助広がこだわるのは結果でなく過程だ。

「覆しようのない力の差があるのは不平等だ。だから力関係のバランスはとっておいた。どちらが滅ぶのかは、各々の努力次第さ」

「……人間の味方である女神を殺すのは、《ファージ》の味方をしていることと変わらないのではないか?」

「変わらないね。でも、女神が出張ってきたら《ファージ》に不利すぎる。誰かがバランスを取ってあげないと」

 神などという絶対者がいては《ファージ》は滅ぶしかない。

 それもまた、助広の主義に反する。


「つまるところ僕は――弱い者の味方なんだ」


「己の立ち位置も決めず、いたずらに犠牲者を増やす愚物というわけか」

「犠牲者を出したくないなら話し合えばいい。僕はバランスを取るとは言ったけど、和解による終戦そのものを否定はしないさ」

「もういい」

 厳樹は会話を打ち切った。

 彼の目には憎悪が宿っている。

 それは――《ファージ》に向ける視線だった。

「結局のところ、これからお前は《ファージ》の優位となる行動をするわけなのだな」

「……そうなるだろうね」

「なら、殺すには充分すぎる」

 厳樹の言葉。

 それを助広は笑う。

「殺す……か。『他人の力で』が抜けてるんじゃないかな?」

 厳樹はALICE適性者ではない。

 だから彼に戦うだけの力はない。

 いくら意思があろうとも、彼は無力な一般人なのだ。

「そうだな」

 厳樹は助広の皮肉に動じない。

 ゆるぎなく、睨み続けている。

「私は――トリガーを引くだけだ」



「目覚めろ。マザー・マリア」


 弱い者の味方。

 聞こえはいいですが、誰の味方でもなく、仲間が『弱い者』でなくなった瞬間に他の『弱い者』の味方となる。

 そんな生き方は、ある意味で誰よりも『弱い者の味方』ではないのでしょう。


 それでは次回は『破滅』です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ