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1章 13話 転生初日とその終わり

「これは……ふぅ」

 天は大きく息を吐く。

 現在、彼女の体は心地よい温かさに浸っている。

 少し白く霞んだ視界。

 彼女がいたのは大浴場だった。

 それこそ広さは旅館並みで、10人以上が同時に入浴しても余裕があるほどだ。

「……天井見とこ」

 天は額にタオルを乗せ、天井を仰いだ。

 理由は単純だ。

「どうなさいましたの?」

「………………」

 ――同行者の存在だ。

 天の隣ではアンジェリカが機嫌よく湯に体を沈めていた。

 彼女だけではない。

 彩芽も、美裂も。

 共に戦ったALICEたちがこの場に勢ぞろいしていた。

 死線を越えて、仲間と共に風呂で親睦を深める。

 案外悪くないのかもしれない。

 ――男が混じっていなければ。

(これは――まずい)

 正直、ALICEの面々はかなりの美少女だ。

 方向性こそ違えど、客観的に見て彼女たちの容姿はすぐれている。

 そんな彼女たちが裸で体を洗っている。

 それもこの上なく無警戒に。

 理由は天が美少女の姿をしているからであることは明白。

 そこに付け込んで、彼女たちを視界に入れるのは罪悪感が凄まじい。

 結果として見ても良い場所が天井しかない。

「なんだぁ? のぼせたのか?」

「……!」

 美裂がそう言うと、天の肩に腕を回す。

 腕に柔らかいものが触れた。

「いや……別に問題ないけど」

「そりゃ良かった」

 美裂が笑う。

 ――悪戯を思いついたかのように。

「今から、面白いもんを見せてやろうと思ってたからな」

「?」

 美裂の言葉の意味が分からず天は首を傾げた。

 だが彼女は詳細を語らない。

「初任務達成祝いに、早口言葉を見せてやるって話だよ」

 ただそう言った。

(早口言葉を……見せる?)

 普通『聞かせる』ではないだろうか。

 そんなどうでも良い疑問を覚えていると――

「それじゃあいくぞ――」


「生脱ぎ、生揉め、生彩芽!」


「ひゃぁぁぁ!?」

 美裂は目にも止まらない速さで近くにいた彩芽の背後に回り込み――揉んだ。

「んぐ……な、何してんだ……!?」

 唐突な出来事に天は動揺する。

 さすがに目の前の光景は暴力的すぎた。

「いや。女でも、これはさすがに気になるだろぉなぁ……みたいな?」

「ま、まあ……」

 否定はできない。

 問題は、天が女ではないことだが。

 精神的にはもはや犯罪である。

「京都出身の清楚系にあるまじき乳。こんなの隠してアイドルやってるなんて思うとすげぇだろ? 男のファンなんて、全員前かがみになっちまうって」

「あ、彩芽先輩って京都出身だったんすね……」

 さすがに同意してはマズいだろう。

 そう思い、天は話題を逸らす。

「はい……私ひゃぅん!?」

「こんな乳してるからファンから彩芽ママって言われるんだろ? おらおら~」


「ま……()()?」


(他人にママとか呼ばれるのか……!?)

 天は戦慄していた。

 想像しただけで泣きそうだ。

 転生したことを後悔するレベルである。

「美裂さん」


そろそろ怒りますよ?(やめてください)


 一瞬、彩芽の声が二重に聞こえた気がした。

 それほど、彼女の言葉には圧力があった。

「お、おう……」

 思わず美裂が手を引いてしまうくらいには。

 彼女は「京女は怒ると怖ぇんだよなぁ」などと肩をすくめる。

 出身地が関係するかはともかく、彩芽が怒ると恐ろしいのには同意だ。

「…………なぁ」

 ためらいがちに天は口を開く。

 一度はフタをしようとしていた疑問。

 だがこのまま避けてしまえば、今日は眠れないであろう大きすぎる問題。

 それをおそるおそる口にした。

「みんなって……ファンからどう呼ばれてるんだ?」 

 ファン。

 彼女たちはALICEと呼ばれるアイドルユニットとしての顔を持つという。

 天は前世においてアイドルについて詳しいわけではない。

 だがファンの間での通称が『~たん』などというものだった記憶がある。

 ――天たん。

 想像しただけで震えた。

(こ、こっちの世界でのドルオタはもっと硬派という可能性が――)

「アタシは普通に『美裂』って呼ばれることが多いな」

「ほ……」

 天は胸を撫で下ろす。

 そうなのだ。この世界においてアイドルファンは硬派なのだ。

 おそらく、彩芽ママと呼んだ輩はかなり少数派で――

「他にも『みさきち』とか『サキ』とか――」

 ――ああ、あれもあったか。

 美裂が何かを思い出したように手を叩く。

「『ミッ○ー』って呼ばれることも――」

「やめろぉ……!?」

 世界が世界であれば問題になりかねないニックネームだった。

 どうやらこの世界に某有名キャラクターはいないらしい。

「――アンジェリカはどう呼ばれてるんだ?」

 天が問うと、アンジェリカは笑っていた。

 得意気に、待っていましたと言わんばかりに。


「『アンジェ姫』ですわ!」


 そして彼女は勢いよく立ち上がる。

 歌い上げるように胸へと手を当てて。

 立った勢いで水飛沫が巻き上がる。

 その後には――

「ぅ……!」

 天は思わず顔を赤らめた。

 赤いツインテールがアンテナのようにピンと跳ねた。

(いきなり立ったら――!)

 急にアンジェリカが立ち上がったことで、目を逸らす間もなく彼女の体を目撃してしまった。

 下着の支えがなくとも重力に負けないハリのある膨らみ。

 普段から鍛えているのか、薄く筋肉の陰影が見える。

 彩芽が母性を感じさせる豊満さだというのならば、アンジェリカはアスリートのような洗練された肉体美。

 ほんの一瞬で視線を外したというのに、脳に焼き付いてしまうくらいに魅力的な姿であった。

「す……すごい」

「ええ! もちろんですわ! なにせ『姫』ですもの!」

 アンジェリカは高笑いする。

 浴場に笑い声が反響した。

 華やかな顔立ちに、黄金のような髪。

 それらが相まって、確かにアンジェリカは物語の姫を思わせる。

 ――正直、『少し抜けている悪役令嬢』感もあるのだが。

「アンジェリカ」

「なんですの? 少しはわたくしを――」

「そういえば、風呂でもドリル髪のままなんだな」

「今言う必要がありまして!?」

 アンジェリカが悲鳴じみた抗議をした。

 シャワーで濡らしたはずの金髪ロールは今でも崩れていない。

「もしかして……なんか呪われてるのか?」

「人のトレードマークを呪いよばわりですの!?」

「……俺が斬ろうか? 剣で」

「嫌ですわよ!?」

「アンジェ姫はチェーンソーが良いらしいぜ後輩」

「美裂先輩のあれじゃ、なんか髪巻き込まれてハゲそうなんだけど」

「本人の望みなら良いんじゃね?」

「なるほど」

「そんな恐ろしい計画を嬉々として話すのはやめてくださいませ!」

 アンジェリカは抱きしめるようにして金髪を守る。

 すでに彼女は涙目だった。

 どうやら金髪ドリルは彼女のお気に入りらしい。


「そういや、瑠璃宮はどこ行ったんだ?」


 天はこの場にいない少女の名を口にした。


 おっとりお姉さん系……?→副音声系お姉さん


 それでは次回は『転生初日とその終わり2』です。



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