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7章 11話 最悪の未来

「ぁ――――」

 蓮華の口から声が漏れた。

 背後から振り下ろされた十字架が、天の頭を叩き潰した。

 明らかに鳴ってはいけない音とともに彼女の体が倒れる。

 あふれてゆく血液。

 頭からは、本来なら見えてはいけないはずのものが――

「ぁ、ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 自分のものとは思えない声が響き渡る。

 蓮華の体から、すさまじい紫電が放たれる。

 だがそれを制御する術は彼女になかった。

 そんな正気など、残っていなかった。

「お前ぇぇッ!」

 大切な人を殺された。

 発狂したように蓮華は叫ぶ。

 そして下手人――助広へと殴りかかった。

 しかし――


「そんなに、怒らないでほしいな」


 助広は、蓮華の拳を片手で止める。

「なん……で……?」

 雷撃を纏った拳。

 手加減など一切なかった。

 問答無用で殺すつもりの一撃を……一般人であるはずの助広に止められた。

 蓮華の動きが一瞬止まる。

「なんでって……」


()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()


 助広の拳が蓮華の鳩尾に抉りこんだ。

 無防備なまま受けた衝撃は内臓にまで突き抜ける。

「ぅ……ぉぇ……!」

 蓮華はその場に這いつくばる。

 体を支えようと床に着いた手は、吐瀉物で汚れていた。

 それでも蓮華は憎悪のまま助広を睨む。

 だが彼は涼しい顔で蓮華を見下ろしていた。

「おやおや」


「最近の女の子は元気が良いねぇ」


 助広は虚空に向けて十字架を突き出した。

「がッ……!?」

 天井へと突き上げられた十字架は、天井にぶつかる直前で静止した。

 すると、十字架と天井の隙間に月読の姿が現れる。

 蓮華が最初にまき散らした雷撃。

 それによって、月読は透明化して隠れていたのだ。

 そのまま助広を強襲したが、彼にカウンターを食らわされてしまったのだろう。

「ぁ……ぅぁ……」

 月読の下腹部に十字架が押し込まれる。

 彼女は体を折り、十字架に手を伸ばしているが脱出は叶わない。

「《無色の(インビジブル)――》」

 それでも月読は腕を振るう。

 蓮華も助広も、月読の《不可思技(ワンダー)》を知っている。

 つまり――想像してしまう。

 想像の具現化。それを利用した遠隔斬撃。

 条件はすでに揃っている。

 ゆえに――

「無駄だよ」

 助広はさらに腕に力を込める。

 月読を天井に縫い付けていた力は増し、彼女の体を壊してゆく。

「ん……ぁあ……!?」

 彼女の体がビクリと大きく跳ねた。

 痙攣した両脚の隙間から透明なものがこぼれる。

 それを最後に月読は肢体をだらりと垂らして力尽きた。

 助広が十字架を引くと、彼女の体は支えを失ってそのまま床に叩きつけられる。

 彼女は倒れたまま……もう動かない。

(嘘……でしょ?)

 蓮華は立ち上がれぬまま呆けていた。

 数十秒で三人のALICEが倒された。

 それも、普通の人間だと思っていた相手に。

 あまりの異常事態に理解が追いつかない。

 それでも動かなければ。

 天たちを助ける。

 逃げる。

 助広を殺す。

 どれでもいい。

 何か行動を起こさねば。

 そんな蓮華の判断は――遅かった。


「《極彩色(プリズム・)の天秤(フェアリズム)》」


 振り下ろされた十字架は蓮華の腰へと着弾する。

「ぁ……ぐぅ……!」

 激痛。

 腰から嫌な音が鳴った。

 体が痺れる。

 さっきの攻撃で背骨を破壊されたのだろう。

 ヒビで済んでいればマシだ。

 最悪、蓮華の体はもう動かない。

 それは気迫や実力の問題ではなく、人体の構造上の問題だ。

 意識のない天と月読。

 すでに戦闘能力を奪われた蓮華。

 状況はあまりに絶望的だった。

(まずいわね……)

 このまま殺される。

 最悪の未来に蓮華は唇を噛む。

 ここで殺されてしまえば、助広の正体を知らない他のALICEにも被害が――

「まあいいか」

 助広は踵を返す。

 あまりにもあっさりと蓮華たちへのトドメを放棄した。

「これ以上やりすぎたら、天秤が傾いちゃうからね」

 助広はクローゼットの中にある素体を撫でた。

 すると結晶ごとマリアの素体は姿を変える。

 数瞬後、彼の手にあったのはネックレスだった。

「じゃあ、これだけは回収させてもらうよ」

 ネックレスとなったクリスタルを助広は首にかける。

 大きな水晶が付いているが、アクセサリーで充分に通る代物だ。

 あの状態では誰も不審に思わないだろう。

 助広が持っている()の重要性を、誰も気づかないだろう。

「それじゃあ、さようなら蓮華ちゃん」

 助広は部屋の扉を開ける。

 彼の声は異常なほど普段通りだった。

 まるで、近くのコンビニに行ってくることを伝えるかのような気軽さでへらりと笑っていた。

 ――助広の姿が部屋から消える。

 ゆっくりと、扉が閉まってゆく。

「待ちな……さいっ」

 蓮華は、唯一残された声だけで助広に食いかかる。

 しかしもはや、扉の向こうにいる彼には届いていないのだろう。

「天……! 月読……!」

 蓮華は意識のない二人に目を向ける。

 特に天は危ない。

 頭部の損傷が激しく、ALICEの肉体強度を考えても致命傷だ。

 場合によっては即死だった可能性も――

「おね……がいっ」

 蓮華は叫ぶ。

「誰か――助け……てっ!」

 どうやら背骨は完全に折られていたらしく、地面を這うこともできない。

 だから、声を掠れさせながら叫ぶ。

「天が……! 誰か……!」

 泣いたら、声が上手く出なくなる。

 泣いたら、助けが呼べない。

 分かっていても涙があふれてくる。

「お願いだから……誰か……! 天を……助けて……」

 蓮華はただ、人の気配のない廊下に叫び続けた。


 神楽坂助広のテーマは『行き過ぎた平等主義』です。それは、彼の能力にも反映されています。


 それでは次回は『終わりの足音』です。



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