7章 10話 そして悪魔は真実に至る
「……息が詰まってしまいますね」
天の私室に入ると、月読は透明化を解除した。
周囲に悟らせないため気配を消していたからか、月読は少し疲れたように息を吐く。
「ここなら大丈夫だろ」
そう言うと、天は部屋の鍵を閉めた。
「あんまり、疑うようなことはしたくないんだけどな……念のためだ」
もしかすると、箱庭に敵がいるかもしれない。
もしも敵が女神の存在を認識していたのなら。
天たちを狙ってくるかもしれない。
「蓮華。月読。しばらく集中するから、周りを警戒しておいてくれ」
「ええ」「はい」
二人の返事を聞くと、天はベッドに座る。
そして悪魔に身を委ねた。
☆
「天っ」
蓮華はわずかに動揺した。
唐突に天が脱力し、ベッドに倒れこんだのだ。
思わず駆け寄ろうとする彼女だが、月読が肩を掴んで止めた。
「天さんは演算にすべてのリソースを割いているだけです。問題ありませんよ」
「リソースのすべてって……」
「内臓の動きといった生存に必要な機能以外のすべてを遮断し、一つの解を導き出すことに力を注ぐといったところでしょう」
結果として指一本動かせない状態で天は体を横たえているのだ。
その目には光がなく、意識が混濁しているようだった。
「いわば今の天さんは人間の形をしたスーパーコンピューターといったところですね。性能は比べ物になりませんけれど」
なにせ未来を見通すのだ。
コンピューターさえ歯牙にもかけない演算能力だ。
しかしあの状態では、自分で身を守ることさえできない。
ゆえに私室で、蓮華たちと一緒にいる状況で演算を始めたのだろう。
それは――天が信頼しているということ。
もしも蓮華たちのどちらかが敵であったのなら、間違いなく天は殺される。
だが、それはあり得ないと思うからこそこんなことができたのだろう。
そういうことなら、蓮華も期待に応えないわけにはいかない。
――身内に敵が潜んでいるかどうかは半信半疑だ。
蓮華にとって、初めて会った自称女神がそう言っているだけでしかないのだから。
しかし天が信じているのなら、とことん付き合う。
それに万が一、マリアの言うことが事実だったとしたのなら。
そう思えば、気を抜くわけにはいかない。
蓮華は天を背にし、周囲を警戒した。
☆
「ん……」
――天が目覚めたのは、半刻ほど経ってからのことだった。
彼女は体をほぐすように体をひねる。
「お具合は?」
そんな彼女に月読は問いかけた。
天の表情は――暗い。
「……最ッ低だな」
吐き捨てるような返事。
それは、一つの真実を示していた。
「…………敵の正体が分かったんですね」
「ああ……」
《象牙色の悪魔》は天が求める答えを提示した。
だがその解答の中身は――彼女の意に沿わないものだったのだろう。
「……行くか」
のそりと起き上がる天。
その足取りは重い。
「大丈夫なの? 演算の負担が大きかったんじゃ……素体の回収は明日に回したほうが良いんじゃないかしら」
蓮華はそう提案した。
場合によっては、敵との戦いも考えられる。
明らかに不調な天の回復を待つというのも一つの手だろう。
「いや。今から行く」
しかし天は拒絶した。
そこにはいつもの覇気はない。
ひどく憔悴しているように見えた。
彼女にとって、仲間だと思っていた人物が本当に敵であったという事実は受け止め難いのだろう。
「今日行かなかったとして――」
「明日のレッスンで……平気な顔できる自信ないしな」
まして……同じ場所で同じ時をすごした仲間ならなおさらだ。
☆
「ああ。やっぱりな――」
天はつぶやいた。
(今日ばっかりは、演算ミスだと良かったんだけどな)
今、この部屋にいるのは天たちだけだ。
部屋の主はここにはいない。
そんなタイミングを狙って侵入したのだから。
「これは……」
「間違い、ないですね」
蓮華と月読も驚いた様子を見せている。
天の話があったとはいえ、実物を見るまでは実感に欠けていたのだろう。
――扉の先には、巨大なクリスタルがあった。
その中には、眠ったようなマリアの姿がある。
――材質……不明。
《象牙色の悪魔》でさえも解析できない特殊な結晶に封印されているのは、間違いなくマリアだった。
(これがあったんじゃ……初めて見た時に解析できなかったのも納得だな)
今の天はきっと、酷い顔をしていただろう。
なんだかんだ、気を許せる相手だったから。
馬鹿な話も、できる相手だったから。
「ここに素体がある……ということは」
蓮華の声も少し震えていた。
それも仕方がない。
彼女にとっても付き合いの長い人物だったから。
(正直、間違いであってほしかった)
天の手は――クローゼットの扉を掴んだまま震えていた。
「残念だなぁ。もうアイドル活動は終わりにしないといけないね」
その時――声が聞こえた。
「…………!」
振り返る天。
彼女が最後に捉えた光景は――
――――――巨大な十字架を振り下ろす神楽坂助広の姿だった。
ぐしゃ……。
「ぁ……」
脳が潰れる音。
視界が赤く染まる。
そのまま……天の意識は途絶えた。
真実はギャグ回の中に。
本来、未来を演算できるような能力でエロ本の中身が分からないなどありえない……ならクローゼットの本当の中身は? というお話です。
それでは次回は『最悪の未来』です。