7章 8話 帰還、そして潜入
「蓮華ちゃん? そんなに大きな雷じゃなくていいんですよ……?」
月読は微笑む。
しかし心なしか、その笑みは歪に見えた。
それも無理からぬことだろう。
月読の前には、特大の雷撃を構えた蓮華がいるのだから。
「だって月読先輩を消すにはこれくらいの威力が必要なんでしょう?」
「わたくしを物理的に消すつもりなんですか?」
月読の《不可思技》――《無色の運命》の能力は想像の具現化。
そして以前、天たちを介して月読は『雷撃を受けると透明になる』という能力を獲得していた。
今回は箱庭に月読を連れ込むこととなる。
天たちにとっては拠点でも、月読は招かれざる客だ。
そんな問題をクリアするため、前述の能力を利用することを思いついたのだが――
「威力はあまり関係なく範囲重視で……一瞬わたくしの姿が見えなくなるくらいの雷撃で大丈夫なんですけれど」
透明化の条件は『雷撃で姿が消える』こと。
ゆえに威力を落とし、光量を重視した雷撃でも充分なのだろう。
「……分かったわよ」
「ちょっと待ってください。先に服を脱いでおきますね」
そう蓮華を制すると、月読は唐突にドレスを脱ぎ始めた。
普段から着ているせいかその手際は滑らかで、するりとドレスが足元に落ちていった。
「…………」
(ゴスロリ服って、結構胸が隠れるんだな……)
思わず天は息を呑む。
これまで見た月読はいつもゴスロリ服を着ていた。
厚い生地に、ふんだんに使われたフリル。
それは彼女のラインを覆い隠していた。
しかし月読がドレスを脱ぎ去った今、彼女の体を隠しているものは黒の下着だけだ。
そして、下着に隠された胸の膨らみは思っていたよりも大きい。
彩芽やアンジェリカほどの大きさではない。
だが体格と調和のとれたサイズ感は美しい曲線を描き出しており――
「んん~~~~~~~~~~~~~~~~!」
蓮華が錯乱したように大声を上げた。
彼女の照準は大きく変更され、天へと雷撃が向けられる。
「ちょ、ちょっと待て蓮華! なんで俺に撃とうとしてるんだ!?」
「今、絶対月読先輩の胸見てたでしょっ! アタシと絶対見比べてたっ!」
どうやら蓮華は、天が月読の胸を見ていたのが不満だったらしい。
「お、落ち着け……! 見比べてないッ!」
「……本当?」
天が必死に止めると、わずかに蓮華が落ち着きを取り戻す。
「ああ。考えてみろって」
「比べなくても差は歴然――」
「うがぁぁぁっ!」
蓮華の絶叫が響いた。
それに呼応するように紫電が周囲にまき散らされる。
「危なっ……!?」
天は雷撃を転がるようにして躱す。
狙いを定めていたわけではないため回避は容易だが肝が冷えた。
「あの……早くしてくださいませんか? 少し肌寒いのですけれど」
そんなやり取りをしている天たちに月読が声をかけてくる。
「ほ、ほら蓮華っ。月読が――って、なんでブラまで外してるんだよッ!」
天は話題を逸らそうと月読のほうを向き――叫んだ。
そこにいた月読は上半身裸の姿であった。
下半身もガーターベルトとストッキング。そしてパンツだけだった。
「下着もタダではありませんし。下まで脱ぐよりはマシかと」
月読は両手で胸を隠しながらそう言った。
……いわゆる手ブラだった。
「い、いや――」
「うふふ。そんなに気になるんですか?」
月読は妖艶に微笑むと、自身の手で胸を掴んだ。
指に力を入れたことで柔肉がむにゅりと歪み、指の隙間からはみ出す。
その姿はひどく煽情的で――
「えぇっと……」
戸惑う天。
しかし彼女の背後には、紫の鬼がいた。
「月読先輩も……天を胸で誘惑して……」
「――――消してやるんだから」
蓮華の上で雷の塊が顕現する。
バチバチという破裂音。
戦闘中にもめったに見ない大出力の雷撃が構えられていた。
「蓮華ちゃん? さっきよりも雷撃の威力が高そうに見えるのですけれど……」
「大丈夫よ月読先輩。……骨までちゃんと消えるんだからッ!」
蓮華は叫び、天もろとも月読に雷撃を撃ち込んだ。
そして、天たちの視界は白に染まった。
――ちなみに雷撃は、光量を重視した低威力のものであった。
☆
「それじゃあ――行くか」
天たちは箱庭の門の前に立っていた。
彼女は社員証を門にかざす。
すると起動音が鳴り、ゲートが自動で開いてゆく。
「じゃあ月読は俺の後ろにいろよ?」
「あらあら。天さんは、二歩下がってついてくる女性がお好みなんですか?」
「いや。誰かとぶつかったらどうするんだよ」
虚空から月読の声が聞こえてくる。
現在、彼女は予定通り透明化していた。
そんな彼女が誰かとぶつかってしまえば調査どころでなくなってしまう。
「分かりました。では、わたくしは天さんについていきます」
すると天の袖がわずかに引っ張られる。
どうやら月読は天の服を摘まんでいるらしい。
「わたくしのこと……捨てないで」
しおらしい月読の声。
その響きは可憐で――
演技だと分かっていても少しドキリとしてしまうのは男性として仕方がないだろう。
「んっ、んっ、んんぅぅぅっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
そんな二人のやり取りを見て、嫉妬の炎を燃やす蓮華であった。
箱庭内での犯人捜しとなります。
それでは次回は『突然の来訪』です。