7章 5話 雷と月
「ねぇ月読……先輩」
口を開いたのは、事態を静観していた蓮華だった。
彼女は月読と対峙する。
虚偽を許さない。
そんなまっすぐな瞳で。
「月読先輩は……女神――」
「マリアでいいよ☆」
真剣な空気に、マリアの軽い声が響く。
「……この人の指示で動いていただけなのよね?」
「今、めっちゃ露骨に距離置かれたっ! しかも地味に神様扱いされてないっ!」
「……今絶対、話を遮っていい空気じゃなかったからだろ」
天は嘆息した。
どうやら女神様に空気を読む機能はないらしい。
「もちろん。世界を救いたいという想いはわたくし自身のものですよ。そうでなければ、マリア様のメッセージにわざわざ従いはしませんから」
「指針はあの人でも、自分の意志で全部やったってわけね」
――なら、
「なら月読先輩は、自分の意志でアタシたちを裏切ったってことかしら」
そう蓮華は問い詰める。
月読が箱庭を抜け出した経緯。
きっとそれを一番知りたかったのは蓮華だろう。
だからこそ、強い口調で問い詰める。
「ええ。あそこにいては、世界は救えませんから。わたくしは、わたくしなりの手段を模索しなければならなかった」
月読は蓮華の問いから逃げない。
視線をそらさず、堂々と答えた。
「恨んでいますか? 貴女一人にすべてを背負わせてしまったこと」
月読は微笑む。
だが、いつもの優雅で妖しい笑みではない。
どこか寂し気な、等身大の笑みだった。
「…………良かった」
そんな月読へと蓮華が漏らしたのは――安堵の言葉。
意外だったのだろう。
わずかに月読の目が見開かれた。
「月読先輩は、敵じゃないって……ことなのよね?」
蓮華は表情をほころばせる。
彼女にとって、月読は初めての仲間だったという。
そして自分よりもALICEとしての経験も長い先輩。
誰も知り合いのいない世界で、蓮華にとって月読は少なからず特別な存在だったのだろう。
そんな彼女が離反した。
異なる道を歩むこととなった。
表には出さなくとも、蓮華としては思うところがあったはずなのだ。
「ええ。手段は違えど、目指す世界は同じだと信じていますよ」
月読はそう答える。
「なら……恨めるわけないじゃない」
離れ離れになった。
違う場所で、違う道を歩むことになった。
それでも、目指す先は同じだった。
月読の離脱は主義主張の違いから。
だが、志まで違えたわけではなかった。
そんな事実が、蓮華の心のしこりを一つ消したのだろう。
(だけど――)
天は一つの言葉に引っかかっていた。
さっき月読が口にした言葉。
それが頭から離れない。
「なあマリア。一つ聞いていいか?」
「? 天ちゃんが隠れ巨乳な理由?」
「それを弁解程度で許してもらえると思うな」
「『箱庭にいたら世界は救えない』って……どういう意味だ?」
(普通に考えたら、それはおかしい)
月読の言葉が妙に気になったのだ。
「あそこには《ファージ》と戦うための設備もある。当時はともかく、待てばALICEが補充されていくことだって分かっている。ろくな身分証明もできない状態で、箱庭を抜け出すメリットがどこにあったんだ?」
ALICEはこの世界で自身を証明する手段を持たない。
一部の例外を除き、身辺整理処置によって生前の記録を消されてしまうからだ。
天たちは箱庭から身分証を提供されてはいるが、箱庭を抜け出した月読の身分証が効力を今でも有しているとは思えない。
――彼女がテント暮らしであることが証拠といってもいい。
現代社会において、大きな契約ほど身分証明を必要とするのだから。
(どう考えても、箱庭で《ファージ》と戦うほうが合理的だ)
《ファージ》と戦う上で万全とは程遠い環境といえるだろう。
天は思考する。
(それでも抜け出す必要があったとしたのならば)
(おそらく理由は、俺たちが知らないもっと大前提の部分)
設備だとか、拠点なんかではない。
もっと根幹に関わる理由がある。
そう天は考えていた。
「だってぇ――」
マリアは口に指を当て、天の問いに答える。
「世界の危機って《ファージ》のことじゃないし☆」
それは――天たちの戦いを根本から覆す言葉だった。
命の恩人が目の前で死亡する。
贖罪を決意するも、志半ばで事故死。
転生するも、頼りになる先輩は失踪。
アイドルと救世主、どちらでもリーダーとして責任を負い続ける。
失踪していた先輩が敵になった。
……蓮華はかなりメンタルに爆弾を仕込まれまくってますね。
ただ今回のことで、彼女が背負ってきた重荷の大半は清算されたことでしょう。
それでは次回は『真実』です。