7章 4話 神の使い
「まあまあ怒らないでよ☆ 今回は説明のために呼んだんだからね」
マリアは気にした様子もなく立ち上がる。
――少しお腹をさすっていたが。
「ああ。それもだ。なんで月読がここに俺たちを連れてきたんだ?」
そもそもの問題。
マリアの愉快な登場がなければ、最初にしていたであろう質問。
なぜ月読がここを知っているのか。
ここに辿り着く手段を持っているのか。
天は横目で月読を見た。
しかし彼女はいつも通り微笑んでいるだけだった。
「それは簡単だよ」
「月読は――アタシが初めて転生させた子だからだよ」
「「!」」
天と蓮華は同時に月読を見た。
――転生させた。
それはつまり、天たちと同じ境遇ということで――
「もしかして月読も俺たちと同じ世界から来たのか?」
「いえ。わたくしはこの世界で生まれ、この世界で死に、この世界で生き直しているだけですよ」
月読はそう否定した。
天と蓮華は違う世界からの転生者。
しかし月読は、昔からこの世界で生きていたという。
「うん。月読ちゃんは転生者だけど、アタシがALICE化に干渉しただけで世界を越えたりはしていないよ☆」
「干渉……か」
ALICEのメンバーがALICEとして生まれ変わる際、女神と会っただなんて話は聞いたことがない。
だからある意味で、月読はALICEとして特異な存在なのだろう。
「言うなれば使徒でしょうか。わたくしは世界を救うため、マリア様に特別な処置を施されたALICEですので」
「特別な処置?」
天は疑問の声を上げた。
そもそもALICE自体が特別な存在だが、月読はそこからさらに手を加えられている。
今のところそんな兆候は見ていないけれど。
「ええ。わたくしはマリア様のメッセージを受信する能力を持っています。そうやって、マリア様の指示を受けて世界を救うために動いていたんですよ」
「マリアのメッセージを受信……」
つまり月読は他のALICEに比べてマリアとのつながりが濃いのだろう。
ついさっきまで転生したまま放置されていた天。
会うことさえなかった蓮華。
二人はほとんど放任されており、マリアとのつながりはかなり薄い。
しかしそれではマリアの意図とは違う行動をしてしまう可能性がある。
ゆえに月読は、逐一マリアからの指示を受けるための処置をされているのだ。
それはあまりに――
「月読……辛かったんだな」
天は月読の肩に手を置いた。
ほんの数分でこんなに疲れる相手のメッセージを常に、何時だろうと何処にいようと受け取ってしまう。
そこには少なくない同情があった。
「あれー? なんかアタシの声を受信することが苦痛みたいに聞こえてるんだけどー……?」
「こいつの妄言に四六時中付き合わされるなんて……くっ……」
「なんか月読ちゃんがすごい痛ましい被害者みたいな扱いっ!?」
マリアの悲鳴を天は無視した。
「……良いんです」
悔し気に顔を伏せる天。
そんな彼女の手を、月読は取った。
彼女は両手で、天の手を包み込む。
そして温かな笑顔で――
「気になさらないでください。正直、ちょっと鬱陶しい時もありますし。妙にタイミングが悪かったりもしますが……世界には代えられませんから」
「うそっ! 月読ちゃんがわりと同意見っぽい!」
マリアの声は誰にも届かなかった。
☆
「そっか。なるほどな」
天は頷いていた。
すべてに合点がいったのだ。
月読が、天をここへと導いた理由に。
「あれー? 何か嫌な予感がするんだけどー?」
マリアが不安感を覗かせる。
しかし、問題はなかった。
天は――真実に至ったから。
「確かに受け取った。月読のSOS」
天は月読に笑いかける。
天にとって月読は友達で、彼女が困っているときは助けると約束した。
そして今、彼女が抱えている物の正体を掴んだのだ。
――約束を果たす時が来た。
「こいつを殺して、お前の悪夢を終わらせてやるッ……!」
「ほんとに世界滅ぶよっ!?」
――珍しく、マリアが正論を言った瞬間だった。
「マリア様は悪くないんです……!」
「うんうん☆」
月読は天を背後から抱きしめるようにして制止した。
一方、マリアは満足そうに頷いている。
「ぁ、いえ……確かに若干ながらお加減が悪い部分も見受けられますが……決して悪気があるわけではないんです……!」
「……うん?」
月読の言葉に、マリアの表情が曇った。
しかしそれをよそに、月読は説得の言葉を並べる。
「天さん、もしわたくしを想ってくださるなら……一秒でも早くこの世界を救ってください」
「うんうん☆」
再びご満悦なマリア。
月読の一番の望みは少しでも早い世界の救済。
そう彼女は主張する。
「そうすれば、マリア様がわたくしにメッセージを送る正当な理由がなくなります」
「そんな理由なのぉっ!?」
しかしその心は、マリアの想像と違ったらしい。
月読「2分20秒……25秒……さんじゅ――」
マリア「月読ちゃ~ん☆ ちょっとこれ見てぇ☆」
月読「突然頭にわりとどうでも良い映像が――!」
マリア「『最果ての楽園の草を結んでハートを描いてみた』……これがいわゆる映えなんでしょ☆」
月読「や、焼きそばが見えません……! ぁ、ぁ、お湯を切るベストタイミングがぁ……!」
それでは次回は『雷と月』です。