1章 12話 ミッションコンプリート
「――――見つけた」
「え……?」
天の言葉に、彩芽が驚いたような声を漏らす。
それも仕方がないだろう。
彼女が見つけた怪我人がいるのは――ガレキの下なのだから。
ここからは見えない位置にいる人間を、悪魔は探り当てていたのだ。
「こっちだ……!」
天は彩芽の手を引いて走る。
《象牙色の悪魔》の見立てが正しければ、そこにいる人間は重傷だ。
それこそ普通の医療に任せては助からない。
「この下に人がいる……!」
「え?」
事態が呑み込めずに戸惑う彩芽。
天は《象牙色の悪魔》を信頼している。だからこそ、そこに人がいると確信しているのだ。
彼女自身にも人間の存在は感じられていない。
悪魔がささやくから、そこにいると考えているだけ。
ゆえに彩芽が困惑するのも当然だ。
「彩芽先輩が治療用の《不可思技》を持ってるっていうなら、まだ間に合うはずだ」
天は大剣を構える。
積み木のように重なったガレキ。
悪魔はその中に人間の存在を見透かしている。
ガレキの中に、黒い人影がシルエットとして見えている。
「待ってください! 本当に人がいるなら慎重に――」
「時間がないんだ」
(求めるべき解は『怪我人を傷つけずにガレキを破壊する』こと)
天が設定した解を実現するため、悪魔は代入値を逆算する。
ガレキの形、配置、材質。
すべてを解析し、振るうべき剣筋を導き出す。
「はぁぁ!」
天は大剣を振り上げ――地面を叩いた。
わずかに揺れる地面。
そしてガレキの山が崩れた。
「!?」
最悪の事態を想像したのだろう。
彩芽の顔が青ざめる。
だが天は知っている。
これから起こる計算された奇跡を。
「そんな――」
彩芽は茫然と目の前の光景を見つめていた。
崩れたガレキ。
それが奇跡的にぶつかった衝撃で砕ける。
砕けた破片は支え合い、怪我人を守るようなドーム状の空間を作りだす。
怪我人を隠していたガレキを破壊し、かつ被害者を押し潰さない。
そんな奇跡じみた結末に至るための最善策を提示され、天が実行した。
「あの短時間で見えない怪我民を見つけ、助けた……? こんなことがありえるんですか……?」
信じられないような表情で彩芽は目の前の出来事を見ていた。
天も、これまでの積み重ねがあるから《象牙色の悪魔》を信じられる。
そうでもなければ、ラプラスの悪魔が引き起こす不可思議な現象を理解できる者などいないだろう。
「彩芽先輩……! よく分かんないけど、治せるんだよな……!?」
天は怪我人を助けるために走る。
倒れているのは男性だった。
出血がひどい。
すでに彼を中心として血の海が広がりつつある。
体は赤く染まり、傷口が特定できない。
人間の技術なら、病院に到着する頃には絶命しているであろう傷。
だが、人智を越えた力を持つALICEなら――
「大丈夫です。これくらいなら治せます」
彩芽はそう断言した。
虚勢ではない。
表情を見れば分かる。
彼女は本当に、これくらいの傷なら治せると確信していた。
「《黒色の血潮》」
そう彩芽が唱える。
すると男性の体から傷が消え――
「ぅぐ……!?」
彩芽の全身から血が噴き出した。
「彩芽先輩……!?」
唐突な出来事に天は彼女へと駆け寄った。
(これは――)
天は気付く。
怪我をしていた男性。
彩芽の体に浮かんでいる傷跡は、男性が怪我をしていた場所と一致することに。
「誰かの傷を自分に移動させる。それが《黒色の血潮》です」
彩芽は微笑む。
血を失ったせいか顔色は少し悪いが、それでも変わらない微笑みを見せた。
「これで――この人は助かります」
「だけど――」
いくらALICEが人間離れしていたとしても不死身ではないだろう。
彩芽の心配をする天だが――
「やば――!」
だからこそ気付くのが遅れた。
二人の背後に《ファージ》がいたことに。
すでに《ファージ》が腕を上げ、攻撃の姿勢に入っていることに。
(間に合えッ……!)
天は反射的に《象牙色の悪魔》を行使。
この状況から自分を含めた三人を守るための方法を解き明かす。
結果は――
「は……?」
導かれた答えに天は困惑する。
なぜなら――
(対処不要……?)
不能ではなく不要。
対処するまでもない。
悪魔がそう言ったのだから。
「《黒色の血潮》」
「ッッッッ!?」
再び彩芽が《不可思技》を使用した。
直後、彼女の体から傷が消える。
そして――
「誰かの傷を受け取り、誰かに傷を押し付ける。それが私の《不可思技》です」
外殻を砕かれた《ファージ》が膝をつく。
「はぁぁッ!」
その隙を逃さず、天は大剣で《ファージ》の命を刈り取った。
「いつまでも怪我をしているのも辛いので、ちょうど良いタイミングでしたね」
「敵を見落としてた俺が言う資格がないのは承知の上だけどさ、そういうのがあるなら教えといて欲しかったんだけど」
苦笑しながら天は頭を掻く。
どうやらさっきのが最後の一匹だったらしく《ファージ》の姿はもう見えない。
(なるほどな――これがALICEか)
転生初日。
天宮天が挑んだ初めての任務は成功に終わった。
実戦を越え、天の転生生活はここから始まってゆきます。
それでは次回は「転生初日とその終わり」です。