7章 1話 月夜まで
「――――月読が?」
蓮華が怪訝な表情を見せた。
月読からの話を伝えたのだ。
「……信じられないか?」
「それは……当然でしょ?」
「だよな」
仕方がないことだろう。
信じてみたいというのは天の主観でしかない。
むしろ蓮華の反応が当然といえる。
「まったく……いきなり部屋に呼ばれたと思ったら……」
蓮華は座ったままわずかに身じろぎをする。
彼女は頬を膨らませ、拗ねているように見えた。
周りに聞かれるわけにいかないと思い、天は蓮華を私室に呼んでいた。
話の内容のせいもあり多少挙動不審だったのだが、それがあらぬ誤解を生んでいたのかもしれない。
「……まあ。月読の真意を知るにはまたとない機会だと思うけれど」
蓮華はそう続けた。
月読の居場所さえ掴めずにいたのだ。
彼女になんらかの思惑があったとして、それしかキッカケがないのも事実。
「虎穴に入らずんばなんとやら――ってか」
最悪の場合、誘いが罠である可能性もある。
しかし放っておくと何も進まない。
「普通に考えると全員で共有すべきね。でも――」
「そうすると、あいつとの約束が破談になる確率が高い……か」
雰囲気から察するに、月読の相談は深刻なものであることが予想される。
天たちがあからさまに警戒していたのなら、月読の信頼は得られないだろう。
彼女の口から真意を聞き出すことは難しくなる。
そもそも約束の場所に現れない可能性もある。
少なくとも、天の目から見た月読という少女はそういう性格だ。
「多分……そうなるわね」
かつて月読がALICEとして活動していた時。
ともに行動していたのは蓮華しかいない。
彼女がそう思うということは、天の予想も外れてはいないのだろう。
「やっぱり俺、蓮華じゃないと駄目だと思うんだ」
「ふぇ……!?」
唐突に蓮華が変な声を上げた。
彼女の顔が真っ赤に染まっている。
「ア、アタシじゃないと駄目って……!」
蓮華がうろたえる。
「で、でもそうよね……。恋人……なんだし、やっぱり天にとって特別な………ぅふふっ……」
そしてさらに蓮華は笑い始めた。
挙動不審である。
「蓮華なら月読とも面識がある。もし連れて行ったとして受け入れられるのは蓮華以外に考えられない」
「は?」
さっきまでの上機嫌が嘘のように、蓮華の声が低くなった。
「…………特別」
「ん? 確かに、月読にとって蓮華は特別な立ち位置にいるだろうからな。他の誰と行くよりも警戒されにくいはずだ」
「…………思ってたのと違う」
「? ?」
妙に浮き沈みが激しい蓮華だった。
☆
「――というわけで、俺たち二人で行くのがベストだと思うんだ」
「んん……」
天は蓮華にそう語りかけた。
――天の足元にすっぽりと収まっている蓮華に。
現在、あぐらをかいた天の足元に蓮華は座っていた。
なぜか蓮華に要求され、断ることもできずにこんなことになってしまっていたのだ。
力を抜いて背もたれ――もとい天によりかかる蓮華。
すでに天は蓮華専用の椅子と化していた。
天は蓮華がバランスを崩さないよう、腕を彼女の腰に回して支えている。
比較的小柄な天の両腕でも一周できるほどに蓮華の腰は細い。
しかし抱き着くような姿勢になったことで感じられる彼女の香りは女性特有のもので――
「そういえばこの体勢――なんかチャイルドシートみた……ふぐぅ!?」
「絶対もっとマシな比喩あったわよねッ!?」
蓮華の肘が天の脳天に炸裂した。
さすがにチャイルドシートは一発レッドカードだったらしい。
「と……ともかくだ。俺と二人なら、最悪の場合でも逃げきれる可能性が高い」
蓮華のスピードなら、天を抱えてでも他の追従を許さない。
そこに天の未来演算が加われば、大概の事態は打開できる。
下手に人数を増やすよりも上手くいくはずだ。
身を護るための警戒。月読の信頼を損ねないための振る舞い。
その二つのバランスまで考えると、天と蓮華の二人で約束の場所に向かうというのがベストに思える。
「アタシもそう思うわ」
「じゃあ、一緒に来てくれるか?」
「ええ」
蓮華が頷いた。
彼女の同意を得た上で、天は考える。
「なんで月読が箱庭を抜けたのかが分からない以上……最悪、月読は《ファージ》とつながっている可能性もある」
現在において、月読の目的は不明だ。
箱庭を抜けた理由も。
箱庭を抜けて、何をしていたのかも。
そんな彼女だからこそ、何が起こっても不思議ではない。
「だから、相応の危険がある」
天は真剣な眼差しを蓮華へ向けた。
「それでも良いのか?」
月読の提案に乗りたいというのは天の我儘。
リスクがあると分かっていて、蓮華を無理に連れて行きたくはない。
もしも蓮華が少しでも躊躇うようなら最悪一人ででも――
「天。それは愚問よ」
蓮華は笑った。
望むところといわんばかりに。
「アタシは、危険かもしれないから……天に連れて行ってほしいの」
「大切な人の無事を祈るだけなんて、性に合わないわ」
ある意味で、彼女らしい言葉だった。
確かに、待つだけというのは想像がつかない。
きっと彼女なら手を伸ばすだろう。
ただ待って、祈るだけの少女ではない。
自分自身の手で、戦える少女だから。
「……ありがとな。蓮華」
月読との再会が近づきます。
それでは次回は『月夜の最果て』です。