7章 プロローグ 元旦
年末ライブを終えた次の日の朝。
1月1日。
つまり、元旦だ。
この日、ALICEのメンバーは同じ部屋で同じ机を囲んでいた。
厳密に言えばALICEだけではない。
テーブルは違うが、同じ部屋にはスタッフたちもいる。
記念すべき日ということで、箱庭にいる全員がここに集まっているのだ。
「「「「「いただきます」」」」」
天たちは手を合わせ、そう声をそろえた。
そして各々が料理へと手を伸ばしてゆく。
「……うま」
天が手に取ったのは雑煮であった。
さすがに、スタッフ全員分のおせちを手作りすることは難しい。
そういうわけで、卓上に並んだおせちは注文したものだ。
しかし、雑煮は違う。
これは朝早く起きた彩芽が、料理上手なスタッフたちと協力して作ったものである。
そんな話を聞けば、やはり最初に食べるものといったら他にないだろう。
広がる温かさ。
出汁の風味が優しく体に染みてゆく。
この体は前世に比べて敏感なのか、昔よりも味の機微がよく分かる。
「彩芽さんのお雑煮は絶品ですわね」
きっと天と同じ感想を抱いたのだろう。
アンジェリカも満足そうに息を吐いていた。
そんな彼女の反応に、彩芽は微笑む。
やはり自分が作った料理を褒められるというのは――
「アンジェリカさんのお餅は細かく切ってありますから安心してくださいね」
「ぁ……はい。感謝いたしますわ……?」
――どうやらアンジェリカを心配していただけだったらしい。
一方で、アンジェリカは釈然としない表情だった。
「ほらアンジェリカ。モチ食いながら喋ったらダメだぞ~」
「美裂さんまでですの……!?」
「アンジェリカ。喉に詰まった時のハンドシグナルでも考えとくか?」
「念のため医療スタッフを呼んでおいたほうがいいかしら……」
「なんでですのぉ!?」
天と蓮華の追撃を受け、アンジェリカは悲鳴に近い声を上げた。
――ちなみに、彼女が餅を喉に詰まらせることはなかった。
「天。カニ剥いてやろうか?」
「……親戚のおじさんかよ」
美裂からの提案に天はそう漏らした。
「いや。カニって剥くと手が痒くなるだろ?」
「まあ確かに」
「ほれ」
天の取り皿にカニが置かれた。
どうやら自分のために剥いていたものではなかったらしい。
「……さんきゅ」
「エビも食うか?」
「だからマジで親戚のおじさんかよッ! 自分で剥けるし!」
久しぶりに会ったおせっかいな親戚のような対応だった。
「じゃあ、アンジェリカはカニ食うか?」
「自分で剥けるので問題ありませんわ」
「遠慮すんなよ。――目に刺さったら危ないだろ?」
「だな」「かもしれないわね」「あはは……そうですね」
「皆様の中でわたくしはどんな立ち位置ですの!?」
☆
「だ、団子を喉に詰まらせたりいたしませんし、目にも刺さりませんわよ!?」
アンジェリカはそう前置きしてゴマ団子を口にした。
「いや……団子が目に刺さるとかアクロバティックすぎだろ」
串もついていない団子が目に刺さる可能性はさすがにアンジェリカでもありえないだろう。
「来年も――」
「?」
天がふと漏らした言葉を聞いて、他の面々が首をかしげる。
「あー。いや。来年も、またみんなで一緒にいられたらなぁ……って思っただけで」
独り言を聞かれてしまったことを恥じらいつつ、天はそう言った。
前世と今世。
すべてを含めてもここまで親密な仲となった友人はいない。
心の底から信じられて。
自分のすべてをもって助けたいと思う。
そんなかけがえのない仲間たち。
だからこそ、この関係がずっと続いてほしいと思うのだ。
「でも、来年にはいい加減、《ファージ》との戦いも終わらせたいわね」
蓮華はそうつぶやいた。
天が再誕してから今まで。
多くの《ファージ》と戦い、その王の存在にまで行きついた。
陛下と呼ばれた《ファージ》が有する圧倒的な力を前に不安がないとは言えない。
だが、確実に進んでいるという認識はあった。
確実に、世界を救うための道を歩めているのだと感じていた。
「どっちが勝つかはともかく、多分来年には終わってるんじゃないか?」
美裂はそう口にした。
それには天も同意見だった。
王との対面を果たしたのだ。
このまま何事もない日々がずっと続くとは考えにくい。
望まなくとも、決着へのカウントダウンは始まっていると言っていい。
それこそ勝敗はともかく、雌雄を決するべき時は近いのだろう。
だからこそ思う。
越えなければならない障害は多い。
だが、そのすべてを皆で乗り越えたいと。
(そのためにも、考えないといけないことは多いな)
天は思い出す。
昨晩、月読から告げられた言葉を。
――1月4日の昼。わたくしが住んでいた場所に来てください。
そう言われていたのだ。
日を空けたのはおそらく、外出申請のことを考慮してだろう。
急ぐあまり天が箱庭を無断で抜けてしまえば、いらぬ詮索をされる可能性があるから。
言い変えてしまえば、箱庭に悟られぬように来てほしいということ。
(とはいえ、さすがに一人で会うのはまずいか)
あまりにリスクが高すぎる。
状況的に考えて、月読は敵なのだから。
信じたいからといって、手放しに警戒心を放棄するのは違うだろう。
だとしたら――
(蓮華に声をかけてみるか……)
ちなみにアンジェリカは、唐揚げにかけようとしたレモン汁が目を直撃したことはあります。
それでは次回は「月夜まで」です。