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6章 エピローグ3 月夜の誘い

「…………ふぅ」

 天は月明かりに照らされて目覚める。

 《悪魔の心臓》の反動によって寝込んでいたのだ。

 今回はレディメアとの戦闘ほど無理をしたわけではないので生死の境をさまようことはなかった。

 しかし自力で動けるほどのダメージでもなかったため、こうして天は寝かされていた。

「…………ん」

 頬を冷たい風が撫でた。

 ふと天は風が流れてきた方向へと視線を向ける。

 ここは天の私室。

 当然、そこにあるのは見慣れた窓だった。

 ――ただ、少しだけ開いていた。

(誰かが開けていったのか……?)

 しかしそんなことがあるだろうか。

 今は1月。

 雪が降るほどに寒い夜だ。

 そんな日に、窓を開けたまま部屋を出るだろうか。

 一時的な換気ならともかく、これでは風邪を引くだろう。

 だとしたら――


「お目覚めになられたんですね」


「……!」

 耳元で聞こえた声。

 天は全身の毛が逆立つような感覚を覚えて、慌てて振り返る。

 ――そこには少女がいた。

 ゴスロリ服を纏い。

 宵闇のような髪を垂らし。

 月のような赤い瞳を妖しく光らせて。

 少女――月読はそこにいた。

 彼女はベッドへと身を乗り出し、天へと顔を近づけていた。

「……!」

 吐息がかかるような距離。

 思わず天は硬直する。

 月読。

 裏切りのALICE。

 天たちよりも早く生み出されたALICEでありながら、箱庭を抜け出したALICE。

 そして先日、この箱庭を襲撃した人物でもある。

 そんな彼女が今、天の目の前にいた。

「つく――んぐっ!」

 天が反応するよりも早く、月読の手が天の口へと添えられた。

 一手で声を封じられる。

 そしてそのまま、月読は体重をかけるようにして天を押し倒す。

 右手で口を。左手と右肘で天の両腕を押さえ込む。

 さらに月読は天の胴体へと馬乗りになっていることもあり、脚で振り払うこともできない。

 それでも天は身をよじって抵抗する。

 しかし本調子でないこともあり、月読を突き離せない。

 やがて天は力尽いて五体を投げ出す。

「うふふ。静かになってしまわれましたね」

「…………どういうつもりだよ」

 天に抵抗の意志がなくなったことを察したのだろう。

 月読は天の口を解放した。

 それはそれとして、腕は拘束されたままだったが。

「……………………」

 月読は沈黙したまま天を見つめている。

 夜の静寂が耳に痛い。

「……なんだよ」

 ついに耐えきれなくなり、天は問いかけた。

「な……何する気……なんだ?」

 動きを封じられていることもあって、少し心細くなったからだろう。

 天の口から出た声は不安げなものだった。

「あら可愛い」

「っ、っ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 月読に微笑みかけられ、天は赤面する。

 羞恥する天を見て、月読は面白そうに口元へと手をやっている。

「失礼いたしますね」

 月読の体が天の上に乗る。

 二人の体が重なり、密着した。

 服越しに柔らかな感触が押し潰される。

 彩芽のように大きなわけではない。

 だが、しっかりと感じ取れるくらいのサイズ感。

「っ~~~~~~」

「あら……」

 気が付くと、天は月読の肩を掴んでベットから投げ落としていた。

「おおお、俺はあいつ一筋なんだ……! 他の女なんてどうも思わないんだからな……!?」

「そのわりには気になさっているようですけれど」

「うっせぇ……!」

 床に落とされながらも、月読は楽しそうに見えた。

 彼女はぺたんと座り込み、天を見上げる。

「天さん」

「……なんだよ」

「実は今日、お願いがあって来たんです」

 お願い。

 以前、戦ったことさえある月読だ。

 そんな相手からのお願い。

 はたしてそれを信じられるのか。

「天さんは言ってくれましたよね」


「もしも……わたくしだけではどうしようもなくなった時」


「頑張っても、女神に祈ってもどうしようもなくなった時」


「わたくしを……助けてくれるって」


 ――友達だから。

 確かに、天は彼女にそう言った。

 その時はまだ、月読が敵になるなどと思っていなかったわけで。

 しかし明確に敵対した以上――

(いや……)

 天は思う。

 月読を見て思う。

(俺にはどうしても、月読が敵とは思えない)

 実際に刃を交えた。

 それでもなお、彼女に敵対心を抱けない。

 情が湧いただけかもしれない。

(ああ。そうか)

 なんとなく分かった。

 天が月読を斬り捨てられない理由が。

(似てるのか)

 責任感が強くて、背負い込んでしまって。

 壊れそうになってしまうところが。

 どうにも重なって見えてしまうのだ。

 天にとって、最愛と呼ぶべき少女の姿と。

「とりあえず、話を聞いてからでいいか?」

 そう天は切り出した。

 ――虚実入り混じる。

 妖しくも美しく、そして底知れない少女。

 彼女の瞳は今――不安げに揺れていた。

 いつものように微笑んでいても、瞳には彼女が抱える不安が映っていた。

 そんな彼女が最後に頼れるのが天だけだったとしたら。

 あんな口約束だけだったとしたら。

 それを見捨てるなんてことは――したくなかった。

「……はい」

 月読は頷く。

 そして――

「ありがとう、ございます」

 微笑む彼女の目から、何かが一筋だけ流れ落ちた。


7章では、月読の正体も判明します。


それでは次回は「元旦」です。


・株式会社ALICEよりお知らせ

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