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6章 12話 王

 触れると消滅する。

 そんな能力について、天は一つ疑問を覚えた。

 ――なぜ、クルーエルは地面に立てるのか。

 彼女はローファーを履いている。

 ならば彼女は際限なく地面を消滅させてしまうのではないか。

(もしかして――)

「美裂ッ!」

 天はそう叫び、地面を大剣で叩く。

「……なるほどな」

 その所作だけで伝わったようで、美裂は笑い――床を強く踏みつけた。

「《石色の鮫(ストーン・シャーク)》」

 地面を操る《不可思技(ワンダー)》。

 それを使い――

「っ!」

 クルーエルが跳んだ。

 これまでは動かず迎撃だけを行ってきた彼女が、初めて能動的に動いた。

 直後、彼女の足元が尖り、槍となって突き出してきた。

(躱したってことは――)

 地面に立っているとき、足裏に影を纏うことはできない。

 ある意味で当然のことだ。

 そんなことをしてしまえば、彼女の体は瞬く間に地下へと沈んでしまうから。

 だから彼女の直下だけは防御のない無防備な状態となる。

「ちぇっ……攻撃の前兆を読まれてたっぽいな」

 美裂はそうこぼす。

 地面を操って攻撃するのだ。

 攻撃の前に、ほんのわずかながら地面が蠢く感覚があったのだろう。

 そこでクルーエルは足元からの攻撃を察知して回避行動を起こした。

 でも構わない。

「はぁ!」

 蓮華の雷撃がクルーエルを襲う。

 しかしそれも、危なげなく影の盾で防がれた。

 でも構わない。

 そんなこと、最初から予想していた。

「彩芽ッ!」

「はい……!」

 天と彩芽が駆け寄る。

 そのまま天は彩芽の手を取った。

(未来を演算しろ……)

 天の目が幾何学に輝く。

 読み取る未来は、クルーエルが影の盾を解除するタイミング。

 そこに合わせ――

「いっけぇッ!」

 彩芽を投擲した。

 彼女は本来、それほど身体能力が高いALICEではない。

 ゆえに彩芽の力だけではクルーエルに接近できない。

 だから影に阻まれないだけの速力は天が提供する。

 近接戦闘型の天なら、彩芽が持つ速力以上のスピードで投げることも可能。

 そして今、クルーエルは影の盾で前方を守っている。

 つまり――視界が塞がれている。

「……!」

 彩芽が影の盾に突っ込んでしまう直前、読み通り影の盾が溶けてゆく。

 そんな盾を解除したタイミングで、隙間を縫うように飛来する彩芽にクルーエルはわずかながら驚きを見せた。

 すでに二人の距離は近い。

 ――能力圏内に入っている。

「そんな隙だらけで――」

 地に足ついていない特攻。

 当然曲がれるはずもない。

 確かに彩芽は、絶好の的に見えるだろう。

 しかしクルーエルの動きが止まった。

 理解したのだ。

「できるわけないよな。攻撃なんて」


 ――今の彩芽を攻撃したら、自分に返ってくる。


 もう彼女を近づけすぎてしまった。

 おそらく、一撃で彩芽を絶命させたのならダメージシフトは不可能だっただろう。

 しかし一瞬でも彼女の意識が残っていれば、死ぬのはクルーエルだ。

 あまりにもリスキー。

 選択するには失敗したときの代償が大きすぎる。

 だからクルーエルは迎撃できない。

 そう天は確信していた。

「それどころか……守るわけにもいかないだろ」

 そして天の狙いはもう一つ。

 予想通り、クルーエルは服として纏っている影――袖部分を解除した。

 影は無敵の防御にもなる。

 触れてしまえば、敵の肉体を消滅させるカウンターの性質さえ併せ持つ最高の鎧となる。

 つまり――影で彩芽の肉体を削ってしまえば手痛い反撃を喰らうこととなる。

 腕か、脚か。

 どこにしても、《黒色の血潮(ブラック・ブラッド)》でダメージを返される。

 だからクルーエルは影で防ぐこともできない。

 敵でありながら、彩芽の肉体を傷つけないよう立ち回るしかないのだ。

「っ……!」

 最終的にクルーエルが選んだのは左腕でのガード。

 彩芽は突き出されたクルーエルの腕を――小太刀で貫いた。

 そのまますれ違いざまに小太刀を振り抜き、クルーエルの腕を半ばあたりから深く斬り捨てる。

 千切れるほどではない。

 しかし、確実に動作に支障のある深手。

「まずは一撃……ですね」

 彩芽が空で刀を薙ぐと、血が床を汚した。

「ふむ……なるほどな」

 クルーエルは深々と裂かれた腕を見下ろす。

 骨にまで傷が達しているのか、腕が上がる様子はない。

「申し分ない連携だ」

 クルーエルの賞賛の言葉を述べた。

 そして彼女は、傷を撫でる。

 影が包帯のように傷を覆った。

 再び溶けてゆく影。

 次の瞬間には、傷が消失していた。

「なんだ? 影に触れたら傷も消滅するってか?」

「というより、影が体の欠損を埋めたという感じですわね」

 呆れた様子の美裂に、アンジェリカはそう言った。

 天もアンジェリカと同じ意見だった。

 傷ついて失われた部位を影で補完する。

 千切れかけた腕を、接着する。

 そのように見えた。

 攻撃、防御。そして回復。

 嫌になるほど隙がない。

(とはいえ、ノーリスクなんてありえるのか?)

 王だから。

 そう言われてしまえばお終いだ。

 しかし、あれほど瞬間的な治療がなんのリスクもなくできるとは考えにくい。

「《悪魔の眼》」

 天はクルーエルの肉体を解析する。

 演算リソースを、彼女の変化を見つけるために割いた。

 そして、

「でも――無敵ってわけじゃないみたいだな」

 そして、天の《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》は一つの事実を見出した。

「見てくれ。あいつのスカートの裾」

 天は指摘する。

 ――わずかに布が千切れているスカートを。

「多分あれが、さっき治療に使った分だ」


「あいつの影は無限じゃない」


「攻撃のために伸ばしたり、治療のために消費してしまえば防御に使える影が減っていく」

 つまり、

「少しずつ削れば、必ずチャンスが来る」

 今は末端を狙うのがせいぜいだ。

 しかしそれでも良い。

 治療のために影を使わせれば。

 焦らせて攻撃に力を注がせれば。

 いずれ致命傷を狙えるタイミングが訪れる。


「もう良い」


「「「「「!」」」」」

 たった一声。

 それだけで鳥肌が立った。

 勝ち目が見え始めた矢先。

 だというのに、クルーエルの声が楽観を許さない。

 まだまだ優位には立てていない。

 そう自覚させられる。

「余興は、もうよい」

 クルーエルが一歩踏み出した。

 回避ではない。

 これは、攻撃のための一歩だ。

「よい。赦す」


「私が――敵となってやろう」


 クルーエルはゲーム風に言うと『MPが尽きるまでHPが減らない』能力です。

 長時間かけて削り倒すか、裏技を利用した一撃で倒すしかありません。


 それでは次回は『影の王』です。



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