6章 11話 王の影を踏め
攻防一体。
一言でクルーエルを表するのならまさしくそうだ。
影の武器は防御を無視した最強の攻撃に。
影の衣装はすべてを消滅させる無敵の防御に。
どちらの面から見ても優秀な能力だ。
天はクルーエルの姿を観察する。
全身黒一色。
黒いセーラー服。
スカートから伸びる脚は黒タイツに包まれている。
あのすべてが、彼女の能力によって滲みだした影なのだろう。
「《石色の鮫》!」
最初に動いたのは美裂だった。
彼女の号令で床が盛り上がり、槍となってクルーエルを四方から貫く。
――はずだった。
しかし岩の槍は、クルーエルの服に沈み込み――消滅していた。
(やっぱり、影で作られた服は貫けないのか……)
消滅の影。
衣服となってもその性質は健在だった。
触れただけで消えるのだから、その先にある肌を傷つけられる道理もない。
あの服は、それだけで無敵の鎧なのだ。
(肌が露出した部分を狙わないと意味がないってことか)
そうしなければ、そもそも攻撃が彼女に届かない。
肌が見えている場所。
そうなれば狙うべき場所が絞られてゆく。
手首から先。あとは、首元から上にかけての部分くらいか。
他の部位は服に隠されてしまっている。
「はぁッ!」
蓮華の声とともに紫電がクルーエルに落ちた。
だが、衣装から伸びた影が屋根となってクルーエルを守る。
雷撃は影を貫けない。
「美裂ッ! アンジェリカッ!」
天は指示を飛ばす。
詳しく言う必要はない。
この状況。配置。
そして二人に指示をした理由。
この仲間たちとなら、それが共有できるから。
「ほらよッ!」
美裂は懐からナイフを取り出す。
10本近いナイフ。
そのうち、1本を除いたすべてを放り投げた。
クルーエルを直接狙っての投擲ではない。
放物線を描くようにふわりと投げたのだ。
そして残る1本を――アンジェリカに投げる。
「《黄金の御旗》」
アンジェリカが飛来するナイフを――蹴った。
ナイフは軌道を変え、クルーエルを狙う。
彼女の《不可思技》は幸運。
望む偶然の可能性を底上げする異能。
「ほう……」
クルーエルが感心の声をあげる。
アンジェリカが蹴ったナイフが空中のナイフと衝突して軌道を変えたのだ。
空中ピンボールでナイフが不規則に跳ぶ。
それは偶然にもクルーエルの顔面を狙う軌道で跳ね返った。
「――――」
だが影が伸び、ナイフを包む。
それだけで攻撃は潰えた。
しかし――
「……なるほど」
影でクルーエルの視界が狭まった一瞬。
そのタイミングで、ナイフがクルーエルへと落ちてきた。
弾かれたナイフはさっきの一本だけではない。
上へと弾かれたナイフが、時間差でクルーエルに向かって落ちてきたのだ。
――偶然。影の盾を飛び越えて。
会場に炸裂音が響く。
ナイフに仕込まれた爆弾が起爆したのだ。
「鼓膜くらいは逝っただろ」
美裂は笑う。
おそらく先程のはスタングレネード。
威力よりも音や光による無力化を重視した爆弾だ。
相手の肉体強度が分からない以上、五感を破壊することに集中したのだろう。
「夜にしては騒がしいな」
しかしクルーエルは変わらずそこにいた。
ただ、片方の耳から一筋の血が垂れていた。
《ファージ》の肉体を思えば、大したダメージではないはず。
だがこの瞬間だけなら、彼女の聴覚は機能を落としているだろう。
だからここで仕掛ける――
「蓮華ッ」
「分かってるわ」
紫電がクルーエルに迫る。
しかしそれらが直接彼女を襲うことはない。
あくまで目的は轟音。
雷撃が生み出す破裂音が、他のメンバーの気配を隠す。
「はぁッ!」
天は正面からクルーエルへと迫る。
直線的ではない。
座席を足場にし、ジグザグの軌道でクルーエルを翻弄する。
――しているかのように見せかける。
だが本命は天ではない。
背後から迫る彩芽だ。
彼女の《不可思技》である《黒色の血潮》によるダメージシフト。
影による防御を突破するには、彩芽の能力が最適だ。
そのためにも天がクルーエルの注意を引き付ける必要がある――
「なるほどな」
そしてクルーエルは――背後に影を伸ばした。
「きゃっ」
複数の影が刃となり、彩芽の足元を抉った。
それにより彼女は尻餅をつき、接近を拒まれる。
「くっ……!」
この攻防で倒し切るのは難しいと判断し、天は一度距離をとる。
しかしクルーエルの攻勢は終わらない。
新たな影が彩芽を襲う。
「彩芽っ」
少しずつ削られている彩芽を連れ、蓮華は離脱した。
(あいつ、明らかに彩芽を狙っていたよな)
他のメンバーに比べて執拗に攻撃していた。
(もしかして――)
(こいつ、こっちの能力を把握してるのか?)
これまで、天たちは《ファージ》と戦ってきた。
その過程で《不可思技》を見せたことも多い。
そこからクルーエルが天たちの能力を把握していたとしても不思議はない。
さらにいえば、そこから彩芽の能力が一番の脅威になると考えたのだろう。
(思ったより精神的な隙はなさそうだな)
もっと傲慢な精神性かと思っていた。
しかし敵の能力を把握し、相性差も考慮する。
余裕と油断は違う。そういうことだろう。
(おそらく、あいつは彩芽を能力の間合いまで近づけさせない)
それでも彩芽を能力圏内に近づかせるように立ち回るか。
逆に彩芽を囮にし、他のメンバーで有効打を狙うか。
どちらにせよ――
「こりゃあ、骨が折れそうだな」
クルーエルは敵の能力を予習しておくタイプのボスです。
それでは次回は『王』です。