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1章 11話 ALICEの裏側

「なんでこうなりますのぉ……?」

「本当……運悪いんだな……」

 天はアンジェリカの姿を見てそう呟いた。

 ――今、アンジェリカは全身を濡らしている。

 理由は簡単だ。

 一斉に降下したALICEたち。

 だがその時、突風が吹いた。

 吹き抜けた風はアンジェリカだけを狙い撃ちにし、彼女の着地点をずらした。

 結果としてアンジェリカは――ビルの貯水タンクに突っ込んだのだ。

 着地の衝撃はタンクを貫くには充分で、彼女は水に濡れる羽目となった。

「不運ですわ……」

「ビルに降り損なわなかっただけ良かったじゃない」

 蓮華はそう一蹴する。

 ヘリからの降下作戦。

 当然ながらそのまま地上に落ちればALICEでも死ぬ。

 だから皆、近くの高層ビルに飛び移ることで落下距離を縮めていたのだ。

 そう思えば、無茶苦茶にも思えるヘリからの飛び降りにも納得がいった。

 それでも、普通の人間では考えられない所業なのだが。

「それじゃあ――行くわよ」

 蓮華は躊躇いなくビルから飛び降りた。

「タラタラしてても仕方ねぇしな。《石色の鮫(ストーン・シャーク)》」

 頭を掻きながら美裂が爪先で屋上を軽く叩いた。

 すると足元のコンクリートが蠢き、地面へと続く道を作りだした。

 蓮華は灰色の滑り台に着地すると、そのまま地面に降りていった。

「私たちも行きましょうか」

「だな」

 蓮華に続く彩芽と美裂。

「わたくしたちも行きますわよ」

 濡れながらもアンジェリカはそう言った。

 彼女の足元には水たまりができている。

 そんな彼女を見て――

「天条って――」

「アンジェリカで構いませんわ」

「…………アンジェリカって――」


「――――濡れてもドリル髪なんだな」


 びしょ濡れになってなお、アンジェリカの金髪ロールは健在だった。



「予定通りに行くわよ!」

 蓮華がそう号令をかける。

 彼女たちの前には《ファージ》がいる。

 数では向こうが上だ。

 しかし彼女たちに気負いはない。

「じゃあ――とりあえず一発いくか!」

 美裂は掲げたチェーンソーを稼働させる。

 そのまま彼女は大地を踏みしめ――

「《石色の鮫》!」

 地面をめくり上げた。

 美裂の前方で盛り上がる二枚の石壁。

 石壁は彼女たちと《ファージ》をつなげる道を作りだす。

 ――誰も左右に逃がさない狭い道を。

「一掃してあげるわ」

 蓮華が口を開いたとき、チラリと光が走った。

 そして、紫の火花が点滅する。

「――――《紫色(パープル)の姫君(・プリンセス)》」

 蓮華は手でピストルを作る。

 指先で破裂音を鳴らす紫電。

 それは一筋の閃光となり射出される。

 直線に突き進む雷撃。

 通過した地面が溶けるほどの熱量。

 とはいえ本来なら点攻撃などある程度の速力があれば躱せるはず。

 左右を壁に阻まれていなければ。

「すっげ……」

 天の口から漏れたのはそんな感想だった。

 蓮華が放った一撃は容易く《ファージ》を穿った。

 直撃した《ファージ》の体には大穴が開いている。

 その傷跡は赤く発熱し、マグマのように溶けていた。

「こんなところね」

 蓮華は己の攻撃が起こした結果に驚くことはない。

 この結末は当然のこと。ゆえに誇りさえしない。

(ただの気が強い奴ってわけじゃないみたいだな)

 妙に突っかかってくる少女。

 そんなイメージだった蓮華だが、今の光景を見て分かった。

 彼女の態度は傲慢などではない。

 実力という根拠に基づいた自負なのだ。

「数も減りましたし、行きますわよ」

 アンジェリカは金髪を手で払う。

 今の攻撃で《ファージ》の数はかなり減った。

「こっからは自由行動だな」

 美裂が石壁をノックすると、石の壁は崩れてゆく。

 開ける視界。

 すでに数の不利は消えていた。

「自由じゃないわよ。フォーメーションは忘れないように」

「へいへい」

 蓮華の注意を軽く流しつつも、美裂は事前に決められていた立ち位置に移動する。

(って俺もか……)

 ただ見ているだけでは置物と変わらない。

 天は割り振られていた位置へと動く。

 メンバーの中で中央にあたる部分。

 前方は美裂。右翼はアンジェリカ。左翼は蓮華。

 三人に囲まれるようにして天と彩芽は戦場に立つ。

「私たちの仕事は負傷者の救助ですよ」

 彩芽はそう言いながらも戦場に視線を走らせている。

「…………新人だから……か?」

 不満をにじませて天は問う。

 無論、戦いに巻き込まれた人を助けるのが大切なのは分かっている。

 だがこの配置は、まるで天を戦わせないためのように思える。

「別に、新人だから意味もない場所に配置されたわけじゃありませんよ」

 彩芽は微笑む。

「私の《不可思技(ワンダー)》はALICEの中で唯一治療ができます。半面、あまり戦闘は得意じゃありませんから。天さんは私の護衛役ということだと思います」

「護衛役……」

「覚悟してくださいね。怪我人がいたら、前線でも一気に突っ込みますから」

 冗談めかして笑う彩芽。

 そんな彼女の姿を見て、天は深呼吸した。

(そうだ――ここには、今助けないと助からない人がいるかもしれないんだ)

 今も血を流していて、数分の遅れが一生の手遅れになるかもしれない。

 戦う役目でなくとも、欠けてはならない大事な役割なのだ。

「――――《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》」

 天の瞳に幾何学模様が浮かび上がる。

(《象牙色の悪魔》。前世の俺が、生まれた時から持っていた才能)

 その名前を付けたのは彼女自身。

 当然ながら由来もある。

 ――ラプラスの悪魔。

 いうなればそれは経験則の最終到達点。

 過去から現在まで連綿と続いてきたすべての事象を完全に掌握できたのであれば、次の一秒を完全に予想できる。

 一秒先が可能なら二秒先も。

 遥かな未来をも推測できる。

(《象牙色の悪魔》の本質は未来の逆算じゃない)

 ラプラスの悪魔はあくまで空論でしかない。

 なぜなら、これまでに起こった出来事すべてを認識している存在などありえないから。

 その理論における前提が非現実的だから。

(《象牙色の悪魔》の本質は)


(――未来の逆算を可能とするだけの情報処理能力)


 未来の逆算など副産物でしかない。

 周囲で起こる微細な変化をも察知し、正確に認識する解析能力。

 それこそが《象牙色の悪魔》の本質であり、名前が有する意味。

 今回行使するのはその部分だ。

(見つけろ……!)

 天は周囲の情報を高速で読み込んでゆく。

 探すのは逃げ遅れた人々。

 今も苦しんでいるかもしれない人々の痕跡を抽出する。


「――――――見つけた」


 彼女の中の悪魔は、真実に至った。


 本格的に、天の戦いが始まります。


 それでは次回は『ミッションコンプリート』です。

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