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6章  9話 宴は終わり日は沈む

 ライブが終わった会場。

 そこではスタッフが忙しく動き回っていた。

 ライブの後片付けをしているのだ。

「んっ……」

 大人に混じり、莉子も作業を手伝っている。

 一人前とまではいかないが、小柄な体で機材を運んでいる。

「……手伝おうか?」

 見かねて天は声をかけた。

 しかし莉子は左右に激しく首を振った。

「大丈夫……ですっ。これがアタシの仕事ですからっ……」

「お、おう……」

 天は莉子を見送る。

 どうやらあの小さな体には、仕事への責任感が宿っているようだった。

 なんとなく寂しい気もするけれど。

「……ふぅ」

 天は息を吐く。

 歌って踊りっぱなしの2時間。

 それに加えて現在時刻は1時に迫っている。

 少し眠気が出始めていた。

「ふぁ……ちょっと車で寝る――」


「1000年もあれば、芸能もここまで変わるのだな」


 この場を後にしようとしたとき、声が聞こえた。

 静かな、凪いだ声。

 透き通った声。

 感情が見えないのに、恐れを抱かせる声だった。

「ッ!」

 天は反射的に振り返る。

 そこには闇より暗い女性がいた。

 セーラー服を彷彿とさせる闇色の衣装。

 雪のように白い肌。

 底の見えない瞳。

 問うまでもなく、彼女が一般人などではないと分かってしまう風格があった。

「妃さんッ! 助広のオッサンッ!」

 天は叫ぶ。

 その対象は、スタッフの指揮をしていた二人だ。

 妃氷雨。

 神楽坂助広。

 ここにいるスタッフを逃がすには、そのトップに位置する二人を動かしたほうが早い。

 そんな意図を察したのだろう。

 二人はこの場にいるスタッフを退けてゆく。

 スタッフの中には《ファージ》について認知していない人物も多い。

 そんな彼らの前で戦うわけにはいかない。

 それを差し引いても――あの女を前にして周囲を気にする余裕があるとは思えない。

「……何よあれ?」

 スタッフの退避と入れ替わるように蓮華が天の隣に歩いてくる。

 彼女も感じるものがあるのだろう。

 蓮華の警戒心が引き上がっているのが分かる。

「ファン……ではなさそうですわね」

「ファンだとしたらすげぇ貫禄だな」

「100年来のファンでもあの風格は難しいと思いますけど……」

 ALICEたちは集まり、女性と対峙する。

 彼女たちは本能で察していた。

 目の前にいるのは敵だと。

「――念のため、聞いても良いか?」


「お前は――何だ?」


 女性は笑む。

 天たちの視線にさらされながらも、彼女の余裕は崩れない。

 むしろ背もたれに腰かけ、脚を組んでいる。

「私の名はクルーエル・リリエンタール。これで良いのか?」

 女性は挑発的に微笑んだ。

「――名前じゃなくて、敵かどうかを聞いたつもりだったんだけどな」

 天は頭を掻いて嘆息する。

「ああ。なるほどな」

 女性――クルーエルは思案する。

 そして、彼女は口を開いた。

「確かに、私はお前たちと敵対しているな」

 ――しかし、


「――しかし、お前たちは私の敵になってくれそうにないがな」


「……言うじゃねぇか」

 天は好戦的な笑みを浮かべた。

 クルーエルは言っているのだ。

 お前たちでは、敵と呼ぶには力不足だと。

「これでも私は、母であり王なのだ。小娘に負ける道理がない」

「王……?」

 クルーエルが発した言葉が引っかかった。

 王。

「もしかしてお前……陛下ってやつか?」

 天は問うた。

 陛下。

 以前会った《上級ファージ》がそう言っていた。

 詳細は分からない。

 しかしその称号は、目の前にいる圧倒的な存在には驚くほど見合っているように思えた。

「《影魔王》。反転世界の主。闇色の聖母。呼び方は様々だが――確かに、そう呼ばれることもあるな」

「……なるほどな」

 どうやら『陛下』で合っているらしい。

 そもそも、こんな化物が何人もいてはたまったものではないが。

「なんかラスボスが来ちまったっぽいな」

「ですわね」

 敵の正体が分かったことで、美裂とアンジェリカが身構える。

「天」

 蓮華が天の耳元でささやいた。

 ――現在、戦いにおいてALICEのリーダーは天だ。

 ゆえに、戦闘方針を定めるのも彼女の役目となる。

(どうする……?)

 天はクルーエルを観察する。

 彼女には迎撃どころか動く気配さえない。

 だが、不用意に仕掛ければ殺されるという予感があった。

 すべては未知数の敵。

 分かっていることといえば、これまで戦ったどの《ファージ》よりも強いであろうということだけ。

「まず、俺が一人で行く」

 天は一歩前に出た。

 ――彼女の瞳が幾何学に輝く。

 《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》。

 それは天宮天が有する《不可思技(ワンダー)》。

 その力は、莫大な演算能力を駆使した未来予測。

 彼女ならば大概の事態には対応できる。

 そんな天が突っ込んで、クルーエルの手札を開示させる。

 まずは、戦略を組み上げるための情報を引き出すのだ。

「ま。ヤバそうだったら適当にフォローしてくれ、ってことで」

「ええ」「はい」「おう」「分かりましたわ」

 天の指示に、他のメンバーは同意する。

 それを確認し、天はさらに踏み出した。

 二人の間合いは約20メートル。

 近くはない。

 しかし、ALICEの身体能力ならすぐさま消える距離だ。

 動けば、一瞬で戦いが始まる。

 そして戦いの起爆スイッチを押すのは――天だ。

「行くぞッ!」

 天はステージの床を蹴った。


 VSクルーエルが始まります。


 それでは次回は『闇色の聖母』です。



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