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6章  8話 年末ライブ

 12月31日。

 それは一年が終わる日。

 だがALICEにとってはそれだけに終わらない。

 なにせ今日は――年末ライブの日なのだから。

「分かっていると思うけれど、今日のライブはいつもよりも段取りに気を付けてちょうだい」

 蓮華はメンバーにそう告げる。

 当然、普段からライブでは進行のペースも意識している。

 しかし今回は、いつも以上の注意が要求される。

「ライブの最後に新年のカウントダウンをするわ。進行が遅れたら、カウントダウンが間に合わなくなる可能性もある。場合によっては曲のカットもあり得るから覚えておいてちょうだい」

 年末ライブ。

 それは午後10時から0時にかけて行われる。

 その目玉といえるのは、すべての楽曲が終わってからのカウントダウン。

 巨大なデジタル時計を前に、ALICEとファンが声をそろえて新年を迎えるまでの時間を数えるのだ。

 もしも進行が遅れてしまえばカウントダウンに間に合わない。

 もしも進行が速すぎればカウントダウンまで不自然な間が生まれてしまう。

 曲と曲のつなぎにかける時間などを意識していなければ、わずかな誤差がライブ終盤には大きな差となって現れる。

 とはいえ実際のライブとなればあらかじめ決めていた通りに進まないこともある。

 それ自体は悪いことではない。

 観客のテンションをその身で感じ、それに合った対応をすることもまたアイドルの技術だから。

 しかしそれもバランスを考えなければならない。

 これまでのライブは予定よりも終了時刻が多少前後しても問題なかった。

 だが今回はそうはいかないのだ。

「まあでも、結局はファン第一よ。それさえ忘れなければ問題ないわ」

 そう蓮華は笑う。

 それにつられ、天たちも笑う。

 ほどよい緊張感。

 気は緩まず、しかし突然切れてしまうほど張り詰めてはいない。

 今年最後のライブは、最高のコンディションで迎えられそうだった。



『真っ白な雪に残る足跡

 なぞり直したら、最初に戻れるのかな?

 幸せな今、何度でもループしたいよ

 雪跡が続いているの

 戻ったなら、消えちゃうのかな?

 ならやっぱり、君と歩いていきたいよ

 もし明日消える雪跡だとしても

 消えない昨日が降り積もってゆくから』


 ――『雪跡』

 ALICEがファンへと送るウィンターソング。

 雪に残る足跡を振り返り、幸せな思い出へと想いをはせてゆく。

 何千何万回でも繰り返したくなるような日々。

 永遠にしてしまいたいほど幸福な時間。

 それが終わってしまうことを寂しく思う心。

 同時に、これから先に待っているであろう幸せな未来へと抱く希望を歌い上げる楽曲だ。

(それにしても、最初からは想像もつかないな)

 天はふとそんなことを思っていた。

 今、客席にはあふれんばかりのファンがいる。

 視線を走らせると、天のグッズを持っているファンもいた。

 以前ならきっと、素直に喜べなかっただろう。

 だが今の天は、純粋に嬉しい。

 自分のことを応援してくれる人がいる。

 自分のことを楽しみに待ってくれている人がいる。

 それをきっと――生きがいと呼ぶのだろう。

(これじゃあもう、身も心もアイドルだな)

 天は内心で苦笑する。

 アイドル活動に拒否反応を示していた昔が懐かしくさえ思えてきた。

 現在着ている衣装だってそうだ。

 白を基調とし、アクセントとして青を加えた衣装。

 冬――しかも野外ライブということもあって、露出は少ない。

 しかしデザインそのものは正統派で、フリルの多いまさにアイドルというべき可愛らしい衣装だ。

 だが初めてそれを見た天が考えたのは――

(俺の姿が、誰かの幸せにつながる)

 ――ファンのことだった。

 いつの間にか、アイドルとしての自分を受け入れている自分がいた。

 そして今は、積極的に誰かを幸せにできるアイドルになりたいと思っている。

 ALICEは戦い、世界を救う。

 だがそれだけが戦いではない。救済ではない。

(俺が頑張った姿を見て、頑張ろうと思う人がいる)

 天は歌う。踊る。

 それに合わせ、ファンが声を上げる、腕を振り上げる。

 会場全体が一つになったような感覚。

(俺が進む姿を見て、踏み出そうと思う人がいる)

 今きっと、天は誰かの力になれている。

 それは泡沫の、ほんの一時のことかもしれない。

 それでも――

(そうだとしたら――嬉しい)

 その一瞬のために、天はステージに立っているのだ。


(ぁ――)

 スポットライトが何かを照らした。

 それはまるで宙を舞う宝石だった。

 ――雪だ。

 はらはらと粉雪が降り始めていた。

 風花はきらきらと輝き、天たちのステージをさらに華やかなものへと演出する。

「それじゃあみんな! 一緒にカウントダウンしてちょうだいっ!」

 すべての歌を終え、蓮華の声が響く。

 ライブもいよいよ大詰め。

 スクリーンには現在時刻が記されていた。

 23:58から23:59へと変わった。

 どうやら大きな誤差なくライブは進んでいたらしい。

「10秒前から始めるわよっ!」

 蓮華はファンにそう語りかけた。

 2時間続いたライブ。

 火照った体に降る雪が心地よい。

新年まであと――20秒。

 天は息を整える。

 ALICEのメンバーはステージの端に広がり、それぞれファンへと視線を送る。

 あと――

「「「「「「「「「「10ッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「9ッ!」」」」」」」」」」」

 天たちは叫ぶ。

 彼女たちはファンへとマイクを向ける。

 すると観客たちも声を張り上げ、カウントを進めてゆく。

「「「「「「「「「「8ッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「7ッ!」」」」」」」」」」

 ファンに負けないよう、天たちも声を上げた。

「「「「「「「「「「6ッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「5ッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「4ッ!」」」」」」」」」」

 ――様々なことがあった一年だった。

 死んで、生き返り、戦った。

 だがこの一年に思い入れがあるのは天だけじゃないだろう。

 ここにいるファンたちにも、それぞれの一年があったはずだ。

 平坦な一年だった人も、険しい一年だった人もいただろう。

 天にも、彼らにもそれぞれのストーリーがあったのだろう。

「「「「「「「「「「3ッ!」」」」」」」」」」

 一つとして同じものなどない一年。

「「「「「「「「「「2ッ!」」」」」」」」」」

 もしも同じことがあるとするのなら――

「「「「「「「「「「1ッ!」」」」」」」」」」

 ――今ここで、新たな未来を共に祝福していること。

「「「「「ハッピーニューイヤーッ!」」」」」


 この瞬間、新しい一年が始まった。


 歌詞はオリジナルなのでセーフです。

 ……ラストライブの歌詞も考えねば。


 それでは次回は『宴は終わり日は沈む』です。



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