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6章  6話 ホワイトアリス

 クリスマスの朝。

 街並みは白に染まっていた。

 清純なそれを少女は黒いブーツで踏みしめる。

 夜色の髪。

 月のような赤い瞳。

 少女――月読は街を緩やかに歩いてゆく。

 はらはらと降る雪がゴスロリ服の肩に乗る。

 月読はその場でくるりと回る。

 遠心力で服についていた雪がふわりと飛んだ。

「ついに、《ファージ》の王が目覚めたようですね」

 クルーエル・リリエンタール。

 最古の《ファージ》であり、神に等しい存在。

 彼女の覚醒を月読は察知していた。

 そして、それが及ぼす影響も。

「せっかくお友達になれたのに残念ですね。天さん」

 月読は微笑みながら町を歩いてゆく。

 道を曲がり、路地に入る。

 身軽な動作で不安定な足場を次々に飛び移り、身長よりも高いフェンスを飛び越える。

「本当に、残念です」

 

「今回ばかりは、箱庭も壊滅してしまうのでしょうね」


 天たちでは勝てない。

 クルーエルという王を討つことは叶わない。

 ALICE全員が万全の状態で揃っていたとしても敵わない。


「一緒に世界を救えたら良かったのに」


 しかしそれも難しいだろう。

 クルーエルと対峙してしまえばALICEに勝ち目はない。

「ですが仕方がありませんね」

 月読がたどり着いたのは袋小路だった。

 前方にも左右にもコンクリートの壁だけ。

 そんな行き止まりを――月読は撫でた。

 灰色の壁を指先でなぞる。


「一人でも、わたくしは世界を救う」


 月読の指先を起点にして、コンクリートが波だった。

 波紋が広がってゆく。

 そして――彼女の指先が沈み込んだ。

 そのまま月読は揺らぐコンクリートに身をゆだねた。

 数秒後。

 もう彼女の姿はこの世界になかった。



「「「「「メリークリスマス!」」」」」


 クラッカーの音が響いた。

 クリスマスの夜。

 天たちはクリスマスパーティを催していた。

 豪勢な食事に大きなケーキ。

 絵に描いたようなパーティだ。

 ――生前の天はお世辞にも交友関係が広いとは言えなかった。

 だからこそ、家族以外と祝い事をするというのは新鮮だ。

「これはマジですごいな」

 ナイフとフォークを手に握り、美裂は料理を見つめている。

 その中には、彩芽が試作していたローストチキンも並んでいた。

「去年も思いましたけれど、彩芽さんの料理はすばらしいですわ」

「いつものお袋の味もいいけど、やっぱパーティはこうだよなっ」

 アンジェリカと美裂もこの料理を前にしては興奮を隠せないようだった。

 天もこれまで何度か彩芽の料理を食べたことがある。

 イメージに漏れず、彩芽が作る料理は絶品だ。

 しかし彼女が作る料理のレパートリーは和食が多い。

 スイーツこそ多国籍だが、食事として作る料理は美裂の言う通りお袋の味ばかりだ。

 こういったパーティ向けの料理は珍しい。

「……いつもクリスマスになると、最初のパーティを思い出すわね」

 ふと蓮華がそんなことを呟いた。

 彼女の口は少しだけ笑っていた。

「? どんな感じだったんだ?」

「ちょ、やめてください……!」

 天が気になって問うと、彩芽が慌て始める。

 少し顔が赤い。

 何か聞かれたくないことがあったのだろうか。

「どうなさいましたの?」

「彩芽がまさかの料理大失敗とかか?」

「……想像つきませんわね」

 最初のパーティということは、まだアンジェリカと美裂もいない頃。

 ALICEが蓮華と二人きりだった時期の話だろう。

 そのせいか、他の面々も興味津々な様子だった。


「――煮物パーティだったわ」


「……運動会の弁当かよ」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 美裂の言葉に、彩芽は顔を覆って羞恥していた。

「でも美味しかったわよ」

 蓮華の言葉に天たちは内心でうなずく。

 彩芽が作る煮物が美味しいことは天も体験済みだった。

「一応言っておくと、唐揚げとタコさんウインナーもあったわよ」

「だからメニューがほぼ運動会のお弁当じゃんか」

「……昔は、そういう時に作るオシャレな料理を知らなかったんですよ」

 わずかに頬に赤みを残した彩芽はそう弁解した。

「確かに、シャレた料理は時間も材料費もかかりますし、家庭料理には不向きですものね」

「アンジェリカが言うとすげぇ違和感だな」

 とはいえ、天はアンジェリカが生前貧乏暮らしをしていた時期があることを知っているため、そのころの経験則なのだろうとは思うのだが。

 それでも金髪ドリルなお嬢様から出た発言とは思いがたい。

「それにしても、最初のパーティとは随分変わったわね」

「うふふ……そうですね。メンバーも増えましたから」

 蓮華の言葉に彩芽は同意する。

 二人きりから、五人へ。

 その変化は、天が思っているよりも二人の間では大きいのかもしれない。

「ぁの……」

 その時、声が聞こえた。

 天たちが視線を向けると、扉がわずかに開いていた。

 そこから顔を覗かせていたのは小学生くらいの少女だった。

「どうしたんだ?」

 天が少女――莉子に声をかけた。

「? あっちのパーティってもう終わったのか?」

 莉子は現在、箱庭のスタッフとして生活している。

 一度、《ファージ》に捕食された彼女はもうこの世界に一切の記録も記憶も残されていなかったから。

 しかし彼女は、今日スタッフたちのクリスマスパーティに参加していたはずで――

「えっと……皆さんお酒が入り始めて……」

「…………ああ」

 天はやっと得心が言った。

 莉子は例外として、箱庭のスタッフは全員成人だ。

 学生のアルバイトを雇っているわけでもないので当然ともいえる。

 となれば、パーティで酒を飲むのは必然の流れだろう。

 そして飲めば酔うわけで、未成年である莉子には居心地の良くない空間となったのだろう。

「ほら、そんなところ立ってたら寒ぃだろ。入れよ。彩芽ママの料理食い放題だぞ?」

「……はいっ」

 美裂の言葉に従い、莉子は部屋に入ってきた。

 五人から六人。

 数としては大した変化ではない。

 しかし、確実に部屋の雰囲気は変わった。

 当たり前のことだ。

 人はそれぞれに違う。

 だから、一人加わるだけで新しい発見や発展がある。

 天たちが当然のように知っていることで驚かれたり。

 天たちが知らないようなスタッフの苦労話を聞いて驚かされたり。

 そうやって時間が過ぎてゆく。

 ――仲間が増えてゆくたび、蓮華たちも同じ気持ちだったのだろうか。

 ずっと一緒にいたいと。

 また来年も、誰も欠けずに。

 笑い合いたいと思っていたのだろうか。

 だとしたら、それを叶えられるのは天たち自身なわけで。

 勝たなければならない。

 守らなければならない。

 生きなければならない。

 やらなければならないことだらけだ。

 それでもきっと、こんな幸せな時間が続くのなら頑張れるだろう。


 たとえこの先――何が起こったとしても。


 アリス1年生、彩芽ママの発想。

 クリスマス=イベント=運動会

 つまり、クリスマス料理=運動会のお弁当……!

 ちなみに普段から、彩芽は他のメンバーやスタッフに煮物のおすそ分けをしています。


 それでは次回は『クリスマスと絶対遵守のティアラ』です。



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