6章 3話 華麗な華には筋がある
「スッ、スッ、ハッ、ハッ……!」
二回吸って二回吐く。
そんな呼吸のリズムが規則正しく刻まれてゆく。
現在、天とアンジェリカは並んで走っていた。
訓練室を応用して作り出したグラウンドを二人は駆けてゆく。
「……にしても……さ。今さら、走るとか意味あるのか……?」
天はアンジェリカにそう問いかける。
ALICEは人並外れた筋力と体力を持つ。
なのでフルマラソンであろうとも容易く走り抜けるだけのスペックがある。
だからこその質問なのだが――
「半分は趣味ですわね」
アンジェリカはそう言った。
以前、彼女の趣味が筋トレであることは聞いていた。
実際に彼女が箱庭内のトレーニングジムを利用している姿を何回も見たことがある。
「ですけれど、トレーニングになるのも事実ですわ」
「でも俺たちが筋肉つけても意味なくないか?」
ゼロとまではいわない。
しかし筋力増強によって得られる恩恵は微量だ。
ほとんど誤差といってもいい。
「筋トレではなく、走り方の練習ですわね」
「――なるほど」
天は彼女の言葉に納得した。
「自分の体の動かし方を覚えるってわけか」
「そうですわ」
天の言葉が的を射ていたからだろう。
アンジェリカは嬉しそうに頷く。
「例えるのならばALICEの体はレースカーですわ。素人でもそれなりには動けますわ。ですが、素人の運転技術ではその力の大半を活かせない」
レースカーは速いが、それゆえに操作が難しい。
だからこそ、上達すれば途方もない力を発揮する。
「こうやって自分の体とじっくりと向き合うことで、わたくしたちの戦闘力は上がりますわ」
確かにそれは地道な努力だろう。
しかし、アンジェリカはそれを体現している。
彼女はALICEの中でも近接戦に特化し、自分の体を駆使する。
日々の訓練は、そんな彼女の戦闘スキルに反映されているのだろう。
「力任せに跳ぶだけなら技術は必要ありませんわ。ですが、わたくしや天さんはクロスレンジで戦うことも多くなりますわよね。無駄のない細かいステップには、相応の熟練度が必要になりますわ」
自分自身の体への慣れ。
それは案外と難しい。
生前の肉体とはスペックが違うのだ。
そのズレはわずかでも、確実に存在する。
特に、天の場合には如実に現れている。
《象牙色の悪魔》。
高度な演算能力で、未来予知に近い領域の推測をする力。
演算に集中すればするほど、その発揮する効力は上がる。
逆に言えば、体の制御に意識を割けば割くほど、演算の効率も落ちてしまう。
自分の身体能力に振り回されているようでは全力を出せないのだ。
(自分の体――か)
天は視線を落とした。
以前とは筋力も、身長も違う。
この体を生前と同じように扱えたのなら、きっと天はさらに強く――
「……………………」
強く――揺れていた。
ある意味それは、生前とは一番違う場所だった。
走ることによって、二つの果実が震えていた。
下着で押さえていることを忘れさせるかのような自由な振動である。
「…………」
天は無言になり、両腕で自分を抱くようにして胸を押さえた。
「天さん? ちゃんとしたフォームで走らないと意味がありませんわよ?」
「ん……分かってるけど」
戦闘中は必死で気が付かなかった。
しかしこんなに揺れていたとは……。
自分の胸が憎かった。
「ひゃっ……!?」
そんなことを思いながら走っていると、アンジェリカが唐突に悲鳴を上げた。
そして彼女は立ち止まる。
「? どうしたんだ?」
何かあったのかと気になり、天も走るのをやめた。
「……………………」
アンジェリカは動揺した様子で胸元を手で隠している。
さっきまでの天がそうだったように。
「ほ――」
彼女は戸惑いをにじませながら口を開いた。
「ほ?」
「ホックが……外れましたわ」
一瞬、天の思考が止まった。
ホック。
それはきっと、ブラの留め具であるアレで間違いないだろう。
どうやら走る際の上下運動が奇跡的に作用し、ホックが外れてしまったらしい。
天の視線がわずかに落ちる。
アンジェリカの胸元がわずかながら歪な曲線を描いている。
留め具が外れたことで、ブラから――こぼれてしまっているのだろう。
「――すぐ直しますわ」
そう言うとアンジェリカは体を反らす。
そして腕を背中に回して、外れた留め具の位置を探っている。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
(ぅ……わ)
背中側にあるホックを止めるため、自然と身を反らしているアンジェリカ。
狙っているわけではないのは分かっているがそのせいで――胸が強調されている。
「ん……どこですの……?」
しかもホックを見つけるのに苦戦しているようで、アンジェリカはさらに身を反らしてゆく。
そのたびに弾力のある果実がたゆたゆと震える。
下着が外れているせいかその動きは躍動的の一言。
「あ……ありましたわっ」
天が悶々としている間に、アンジェリカはホックを嵌めなおしていた。
そして――
「~~~~~!?」
アンジェリカが自身の胸元に腕を突っ込んだ。
不自然に胸のあたりがうごめく。
――天もすでに半年とはいえ少女と過ごしてきたのだ。
だからその動作の意味が分かってしまう。
端的に言えば……ブラの中に胸を詰めているのだ。
脇のあたりに手を入れ、そこに存在する肉を寄せ上げ――
同性だからこそ見せる無防備。
しかし豊かな膨らみが寄せ上げられる光景はあまりに艶やかで――
「にゅわぁッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「!? ど、どうなさいましたのっ……!?」
天は戸惑うアンジェリカを置き去りにして駆けだした。
アンジェリカは日頃から、蓮華や美裂とも筋トレをしていたりします。
彩芽はあまり筋トレはしません。体重が増え始めた時だけです。
それでは次回は『彩芽ママとキッチン』です。