1章 10話 初めての実戦
「? なんだ……?」
美裂との模擬戦を終えた後、部屋にサイレン音が響いた。
不安を煽るような音に、天は周囲を見回す。
一方で美裂やアンジェリカには焦りがない。
「敵、ですわね」
「ああ」
二人は見つめ合って頷く。
だが天は話に追いつけない。
「敵って――」
「《ファージ》ですわ。すでにお聞きになっているのではなくて?」
「お、おう……」
ほんの概要程度。
だが《ファージ》という名前は聞いている。
――ALICEが倒すべき敵として。
「こいつは、《ファージ》が現れたって合図なんだよ」
美裂の言葉で得心が行く。
箱庭はかなりの広さだ。
いくら施設内にいても、連絡には時間がかかる。
だからこその警告音なのだ。
「じゃ――行くか」
「ええ」
二人は駆けだす。
――天を連れずに。
「……!」
気が付くと、天はアンジェリカの手を掴んでいた。
理由は、分かりきっていた。
「俺も……ALICEなんだよな?」
天宮天は託されたのだ。
彼女をこの世界に送り込んだ女神から。
――世界を救ってほしいと。
「俺も連れて行ってくれ」
「「…………」」
無言でアンジェリカたちは顔を見合わせる。
仕方のないことだろう。
まだロクな訓練も積んでいない新人を実戦に駆り出すなどリスクが高い。
それを理解したうえで、天は申し出たのだ。
「良いんじゃねぇの。センスはありそうだしな」
「……さっきの戦いを見る限り、それほど問題はないように思えますけれど」
「多少ミスっても、こっちでどうにか出来るだろ」
「そうですわね……」
二人とも完全な同意ではない。
だが、頭ごなしに否定もしていない。
むしろ――
「じゃ――」
「さっさと行きますわよっ」
そう言って、二人は駆けだした。
「おう……!」
天はそう応えると、彼女たちの背中を追うのだった。
☆
アンジェリカたちを追った天がたどり着いたのはヘリコプターだった。
敵が出現する位置はランダム。
被害が広がる前に急行する必要がある。
敵が現れたのなら交通網が麻痺する可能性がある。
それらを総合すれば空路は合理的だが、元一般人としては戸惑いを隠せない代物だった。
初めての経験に緊張しながらヘリに乗り込む天だったが――
「なに考えてるのよ」
そこには先客がいた。
青髪が特徴的な少女――瑠璃宮蓮華は天を見るなりそう言った。
腕を組み、足を組み、不遜にも思える振る舞いと共に。
「勝手に来たならともかく、わざわざド新人を連れてくるなんてどういうつもりよ?」
蓮華はアンジェリカと美裂を見た。
もはや睨むという表現が適切なほど強い眼光で。
「――あ、足手まといにはなりませんわ。実力のほうはわたくしが――」
「フォーメーションの確認もしてない奴が役に立つのかしら?」
「う……」
蓮華の追及にアンジェリカは言葉を詰まらせる。
とはいえ、蓮華の言い分は正論だった。
集団で戦うのだ。
あらかじめ決められている陣形があったとしてもおかしくはない。
そうなれば天の存在は不純物となるわけで――
「――――アンタ」
「お……おう」
蓮華の視線が天へと向けられる。
「目的地に着くまでにフォーメーションを覚えられなかったから強制待機だから」
「……おう!」
――これは、許可が出たと思って良いのだろう。
瑠璃宮蓮華はALICEにおいてセンターを務めているといっていた。
それはあくまでアイドル――表側の話。
だが、分かる。
この場の空気から理解できる。
裏側のALICEにおいても、瑠璃宮蓮華がリーダーなのだと。
実際、彼女はアンジェリカと美裂に指示を出している。
(っと……! 俺も聞いとかねぇとな)
蓮華が話しているのは今回のフォーメーションについてだ。
聞き漏らそうものなら、天は確実に待機を命じられる。
蓮華はやると言ったらやる女だ。二度しか会っていないがそれくらい分かる。
「すみません……!」
そんな時、黒髪の女性――生天目彩芽がヘリに搭乗した。
彼女はわずかに肩を弾ませている。
ここまで走って来たのだろう。
「遅いわよ。おかげで、余計な奴がついてきたじゃないの」
「余計って俺のことか――?」
「当たり前でしょ」
――蓮華はオブラートという言葉を知らないのだろうか。
(難儀な戦いになりそうだな……)
心の中で天はため息をついた。
☆
「あれが《ファージ》――!」
ヘリに乗って上空を飛ぶ天たち。
天は開いた入り口から身を乗り出し、眼下に広がる街を見つめる。
(俺が生きていた世界と何も変わらないのか)
普通に人が生活している。
技術レベルは天が生きていた時代と変わらない。
強いて言うのなら、天が生きていた町よりもビルが多い都会ということくらいしか違いがない。
そんな世界が、今は災厄に襲われていた。
町で暴れる化物。
戦闘訓練で見た個体や、姿の違う化物。
それらは例外なく破壊を繰り返している。
あれは間違いなく人間の脅威だ。
「この世界には――こんな化物がいるのか……」
前世ではいなかった化物の存在。
これまで積み上げてきた常識を覆す生物に、天は汗が流れるのを感じた。
「それはアンタが知らなかっただけよ」
気が付くと、天の背後には蓮華がいた。
彼女は腕を組み、町を見下ろしている。
「《ファージ》によって捕食された人間は、誰の記憶にも残らない」
蓮華はそう言った。
「《ファージ》の姿は普通の人間には見えない」
食われた人間は忘れ去られ、捕食者の姿を見る者はいない。
残るものは壊れた建物と、行方不明という曖昧な結末。
つまり――
「《ファージ》による被害はすべて災害として認識されるのよ」
原因不明の現象。
それに伴う行方不明者。
《ファージ》という存在を知らず、知る術もない人間が便宜的に用意した原因として『災害』という言葉は適していたのだろう。
「アタシたちが戦えば、この災害は止められる」
蓮華はそう言うと「どきなさい」と天を横に押す。
そして彼女は身を乗り出して――
「これは遊びじゃないんだから、覚悟がないなら残ってなさい」
そう言って、蓮華は跳んだ。
生身で。空中に身を投げ出した。
「はぁ……!?」
突拍子もない蓮華の行動に天は目を剥く。
しかし――
「それでは行きますわよ!」
続いてアンジェリカが跳ぶ。
美裂も、彩芽も町へと降りてゆく。
そうして、ヘリの中にいるのは天とパイロットだけになった。
「マジか……」
どうやら、あれは一般的な降下方法らしい。
「……ここで怖気づいたら、男がすたるよな」
少女たちが躊躇いなく飛んだのだ。
ここで逃げるなど男として許せない。
――たとえ今、美少女となっていたとしても。
(……そういえば)
跳び出す覚悟を決めた時、ふと天は思い出した。
それは先程、蓮華が口にした言葉だ。
――アンタが知らなかっただけ。
天が前世と現状を比較した言葉に対する蓮華の発言だ。
(俺は、ALICEは全員転生者なんだと思っていた)
最初、天は『ALICE=転生者』だと思っていた。
だが、あの蓮華の言葉を聞く限り違う。
天が『前の世界にはいなかった』という趣旨でした発言を『元より《ファージ》はいたが存在を知らなかっただけ』と解釈した蓮華。
つまり、彼女は異世界の存在を認識していない。
蓮華が――ALICEが全員転生者であるのなら、天が発した言葉の意味を正確に汲み取れたはずなのだから。
そこから導き出されたのは――
(転生者なのは――俺だけなのか?)
ALICEという特殊な存在。
その中でも、天宮天という存在は異端である。
そんな事実だった。
天の予想通り、「ALICE全員」が転生者というわけではありません。
それでは次回は「ALICEの裏側」です。