6章 プロローグ 撮影会・1月号
「そうだよ……! これが普通なんだよな……!」
天は拳を握っていた。
そして、喜びを噛みしめていた。
現在は12月。
本日は月刊ALICE1月号のための撮影が行われていた。
今日の天が身に着けているのは――晴れ着。
「寒いってのに露出が多い衣装ばっかりなのがおかしかったんだ……!」
先月のサンタ衣装でさえミニスカートだ。
「そうなんだ。冬くらい厚着して良いはずだったんだ!」
「えらく熱弁なさっていますわね」
露出の少ない衣装に喜びをあらわにしている天に少し呆れた様子でそう言ったのはアンジェリカだった。
彼女が纏っているのは黒い着物だ。
金髪と黒のコントラスト。そしてすらりとしたプロポーションの影響もあり、大人っぽい雰囲気を醸している。
「しかし、ちらりと見えるうなじがエロいことに気付かない天であった」
「――声に出してモノローグするな……!」
天の背後で悪戯っぽく笑う美裂をぎろりと睨む。
――手でうなじを隠しながら。
「そ、それにこういうのはエロじゃなくて色っぽいって言うんだよ……!」
天は強く抗議する。
「こういうのはエロとか性欲に直結した感じじゃなくて……もっと、奥ゆかしい感情なんだよ……!」
「お、おう……」
天の熱弁に美裂はわずかに引いていた。
元は男として生きてきたのだ。
そのあたりの線引きに関しては一家言ある。
ここばかりは譲れなかった。
「なんか妙に熱いな……」
「この早口な感じ……いわゆる童貞ですわねっ」
「ぐふっ……!?」
美裂とアンジェリカの言葉に大ダメージを負う天であった。
童貞。
悔しくも、確かに生前の天は『そう』だった。
悪意がないとはいえ、美女に童貞となじられダメージを受けないはずもない。
「大丈夫ですか?」
そんな天の顔をのぞき込んできたのは彩芽だった。
元より大和撫子を思わせる彩芽。
着物が似合わないはずもなく、恐ろしいほどに馴染んでいる。
濡れ羽色の長髪。白い肌。包容力を感じさせる肢体。
これはまさに――
「彩芽ママ……」
「――叩きますよ?」
「…………ごめんなさい」
最近、年齢関係の話には敏感になった彩芽であった。
☆
1月といえばお正月。
そしてお正月を象徴するイベントとして羽根つきは外せないだろう。
さらに羽根つきといえば――敗者への落書きだ。
「「――――」」
天は筆を持ったまま直立していた。
彼女の前に立っているのは蓮華。
さきほど、二人は羽根つきで一戦を交えていた。
戦闘で鍛えられた動体視力は伊達ではない。
かなり白熱した戦いとなったのだが、最後に勝負を制したのは天だった。
そうして蓮華の顔に落書きをすることとなったのだが――
(……可愛いな)
目を閉じて、筆が触れるのを待っている蓮華。
その姿は無防備。
しかし気配でわずかに彼女が警戒していることも分かる。
だからといってルール順守のために動けない。
そんな板挟みにあるせいか、蓮華がわずかに落ち着かない様子を見せている。
――その姿が愛らしい。
今、天たちには秘密がある。
共に戦う仲間にさえ話していない秘密が。
天と蓮華は――付き合っている。
いわゆる恋仲。
客観的に見てしまうと同性なのだが、本来の性別を知る天たちにはさほど大きな問題ではなかった。
メンバーたちの前ではいつも通りに過ごしつつも、密かに会うことも増えた。
別にALICEは恋愛御法度というわけではない。
しかしメンバー同士、しかも女同士というのは告白しづらいものであり――
結局、天たちは周囲に秘密にしたまま関係を深めてきたのだ。
(ん……これは――)
わずかに顎を持ち上げ、天の前で無防備な顔を見せる蓮華。
――天の中の電球がひらめいた。
(これはひょっとして……キスを待ってるのか?)
――恋愛は人間を馬鹿にするらしい。
そんなはずがないと分かってはいるのだが、蓮華の表情がキスを待っているようにしか見えなくなってきた。
(いやいやいやいやいや。ここでキスしたら大事件だろッ……!)
メンバーだけではない、スタッフも見ているのだ。
こんなところでキスをした日には、絶対に隠し通せない。
メンバー会議勃発だ。
――下手したら、本当に箱庭で緊急会議が催される可能性もあるけれど。
冗談抜きで、女アイドル同士が熱愛というのは事務所としても大問題だろう。
だから――
「ぅ……」
思わず声が漏れた。
目の前の少女が可愛くて仕方ない。
どうにか――どうにかキスがしたい――!
(これなら……!)
天は――自分の唇に墨を塗った。
そして――
「まぁ……!」「……大胆ですわね」「天にしては珍しくかなり攻めたなぁ」
「………………へ?」
天は蓮華の頬に口づけをした。
餅のように柔らかい頬に、天の唇が沈む。
吸いつきたくなるような感覚に名残惜しさを覚えるが、あまりに長くても不自然だろう。
天が顔を離すと――蓮華の頬には黒いキスマークが残っていた。
(――我慢できなかった……)
――ちなみに、今回の写真は雑誌に掲載されることとなった。
案外、スタッフたちからの評判も悪くなかったらしい。
天、性欲に負ける。
それでは次回は『朔月』です。