5章 エピローグ1 新しい先導者
ALICEたちの共用スペース。
そこには多くの人物が一堂に会していた。
瑠璃宮蓮華。
生天目彩芽。
天条アンジェリカ。
太刀川美裂。
天宮天とともに戦うALICEメンバーはもちろんのこと。
妃氷雨。
神楽坂助広。
莉子。
その他、ALICEの戦いを支えてくれているスタッフたち。
箱庭において天たちを支えてくれている人物たちがそこにはいた。
――天を祝うために。
「それでは――天宮の新リーダー就任を祝って」
「乾杯」
年長者である氷雨が音頭を取った。
彼女に追従するように全員がグラスを掲げた。
グラス同士がぶつかり、カチンと透き通った音が鳴る。
「大出世ですわね」
そう天に言ったのはアンジェリカだった。
彼女は天の隣に座り、ジュースを口にした。
「なんていうか……みんな不満はないのか?」
天はそう問う。
現実として、天はALICEとなって半年と少ししか経っていない。
メンバー内で一番経験の浅い新人がトップに立つ。
そのことに不満や不安はないのだろうか。
天にはそれだけが気がかりだった。
「そんなことはありませんよ」
彩芽は天の言葉を否定する。
「天さんなら、きっと大丈夫です」
彩芽は微笑みかけてくる。
「それにしても、意外なのはこっちだな」
美裂はそう笑いながら蓮華の隣に座る。
そしてジュースを一口飲むと――
「どういう風の吹き回しだ? リーダーを譲るなんてさ」
「半分だけよ。アイドルとしては、これからもアタシがリーダーを続けるわ」
澄ました顔で蓮華はジュースを飲む。
「半分だけでも珍しいって話だよ」
「――――ちょっと、考え方が変わったのよ」
「へぇ……」
そう言ったあとは、美裂も特に追究はしなかった。
美裂なりに、察するところがあったのかもしれない。
「良かったな」
「ええ、良かったわ。本当に」
「――瑠璃宮」
そんな時、蓮華に声がかけられた。
氷雨だ。
彼女はビールを片手に立っていた。
そして蓮華の隣――美裂の反対側に座る。
「その様子なら、大丈夫そうだな」
氷雨はクールな態度を崩さない。
しかし、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「瑠璃宮。明日からはお前にも出撃してもらうぞ」
出撃命令。
本来なら祝いの席で言うような内容ではないだろう。
しかし、蓮華に対しては意味が変わる。
「っ……………」
「ほう。一皮剥けたのはいいが、上司への返事の仕方を忘れてしまったのか?」
「! ……いえっ」
蓮華は素早く立ち上がり、氷雨の正面で頭を下げる。
「ありがとうございますっ!」
蓮華は心からそう口にしているようだった。
天の目に映った彼女の横顔は涙を浮かべていて、幸せそうに見えたから。
瑠璃宮蓮華という少女にとって、キッカケは償いだった。
世界を救うことが、自分が生きて良い意味になるのだと思ったのだろう。
――ふと蓮華と目が合った。
ほんの一瞬の交錯。
なのに自然と天は微笑んでいた。
瑠璃宮蓮華。
かつて、天と同じ世界で生きていた少女。
救ったつもりで、本当にただの『救ったつもり』になっていただけの少女。
そんな少女と再び交わり、互いにあの日言えなかった言葉を交わした。
ALICEとして生まれ変わった以上、避けられない責務。
だけど蓮華にとってその意味がもしも変わっていてくれたら。
贖罪のためではない、もっと違う意味を持ってくれているのなら。
天にとってそれ以上に嬉しいことはない。
「――天」
気が付くと、蓮華は天の目の前に立っていた。
彼女は天に手を差し出している。
「そういえば、言っていたわね」
「?」
「よろしくするかは態度と能力次第だって」
――アンタとよろしくするかは態度と能力次第ね。
それは確か、蓮華が自己紹介をした際に言った言葉だ。
「……よく覚えてたな」
「自分の発言には責任を持つ主義だもの」
「そういうわけで――これからもよろしくお願いね。リーダー」
改めて、蓮華はそう言った。
彼女なりの言い回しで、天への信頼を示したのだ。
であれば天が断るはずもない。
「俺こそ、よろしくな」
「言っとくけど、あんまりヒドかったら他の人にリーダー代わってもらうから」
「……おい」
「元リーダーの責任よ」
「……そーかい」
本当に、蓮華は変わったと思う。
これまでの彼女なら『他の人にリーダーを代わってもらう』なんて発想はなかったはずだから。
また自分でリーダーを務めるしかない。
そう考えるはずだから。
だからこれは変化だ。
そして、良い変化なのだと信じている。
「勘違いしないでよね。アタシも全力でサポートするんだから」
「ああ。頼む」
天は蓮華の手を握った。
この日、ALICEのリーダーは天宮天へと代わった。
だがこれは、天がリーダーとなる物語ではない。
すべてを背負い込んできた少女が、少しだけ肩の荷を下ろせた。
そんな物語だ。
こうして天がALICEのリーダーとなりました。
でもそれが意味するのは、天が躍進するということではなく、蓮華が解放されるということ。
そんなところでしょうか。
それでは次回は『無月』です。
エピローグはまだ少し続きます。