5章 16話 衝き穿つ雷閃
それはもはや雷撃と評するのが正しいのかさえ分からない。
光の柱といってもいい攻撃が蓮華の指先から射出される。
人間を丸ごと飲み込むような一撃。
あれを受けたとしたら全身が消し飛ぶことだろう。
そう思われる一撃を前にして月読は――
「うふふ……」
――何もしなかった。
蒼雷の中に月読が消えてゆく。
攻撃を躱す努力も、軽減する素振りも見えなかった。
雷撃が壁を貫く。
鼓膜が破れそうなほどの轟音。
そのあとに残るのは、痛いほどの静寂。
床は余波で焦げ、壁には大穴が開いている。
そんな凄惨な光景の中――
「……はぁ……はぁ」
月読は立っていた。
腕で顔だけを守り。
破れたゴスロリ服の下には火傷があった。
彼女は裸足でガレキを踏む。
満身創痍。
それでも彼女は微笑む。
「殺し損ねて、しまいましたね……?」
「蓮華ッ!」
天は蓮華を抱き寄せる。
直後、さっきまで蓮華がいた場所に亀裂が走る。
見えない斬撃が彼女を狙っていたのだ。
「逃がしませんよ」
次々に床へと亀裂が走る。
目には見えない。
だが無数の斬撃が天たちを襲っているのだ。
「っと……!」
天は蓮華を抱いたまま斬撃を避ける。
彼女はそのままバックステップで距離をとる。
――斬撃の密度が濃い。
おそらく月読も限界が近い。
ゆえに彼女にとっても勝負なのだ。
ここで天たちを倒さねば、月読の負けが決定づけられるから。
「っ……」
天の目から血涙が流れた。
見えない斬撃の嵐。
数えきれないそれを漏らすことなく察知し、安全地帯を導き出す。
そのための演算が天へと大きな負担を与えているのだ。
天の脳が壊れるのが先か。
月読の能力が使用限界を迎えるのが先か。
そんな削りあいの泥仕合。
「一秒だけ止まって」
しかし蓮華はそれを拒絶する。
彼女は指先に紫電を纏い、天にそう言った。
「足を止めたら死ぬぞ?」
「タイミングと場所は天に任せるわ」
とだけ蓮華は言う。
一秒でいい。
斬撃の中に生じる安全地帯を演算する。
「俺がミスったら、今度こそ二人ともあの世逝きだな」
「構わないわ」
蓮華は微笑む。
「もし何かあっても、それはリーダーの――――いいえ」
リーダーの責任だから。
そう言いかけて、蓮華は首を振った。
そして――
「アタシは……天を信じているから」
「――任せろ……!」
天は笑う。
そして演算する。
見えない斬撃のすべてを掌握する。
予測するだけではない。
自分の体の動きで、次に来る攻撃を誘導する。
そうして、攻撃のエアポケットを能動的に作ってゆく。
隙を待つのではない、隙を作り出す。
「ッ……!」
月読の表情が一瞬だけ動く。
無数の斬撃。
そのいくつかが衝突し、打ち消しあってしまったのだ。
(見えない斬撃の弱点は――)
(――月読自身にも見えていないことだッ……!)
見えていないから、とっさの事態でミスをする。
天を追うことに集中するあまり、斬撃同士の軌道が交わっていることを見落とした。
斬撃同士がぶつかり、消えた。
ほんの一秒。
この場所だけが、斬撃が届かない空白地帯となった。
「ここだッ……!」
「分かったわ!」
天の声に、蓮華は迷いなく応える。
蓮華の指先が月読へと照準を合わせる。
雷閃が放たれた。
先程の一撃をも上回る一閃。
それは月読へと襲いかかる。
当たれば死は避けられない。
そして雷撃は――月読を穿った。
☆
「……どうだ?」
「手応えは……あったわ」
天たちは雷撃に焼かれた場所へと視線を向けている。
焦げた臭いと、煙が月読のいた場所を隠している。
間違いなく致命の一撃。
それを受けた月読は――いなかった。
そこには跡形もなく、誰もいない。
「――月読……」
天の口から彼女の名前が漏れた。
彼女が攻撃を躱した様子はなかった。
あの雷撃だ。体が原形を保っていなかったとしてもおかしくない。
これまでの敵とは違う、友人と呼ぶべき相手。
彼女を手にかけたという事実に胸が疼く。
「うふふ……。わたくしが死んだと思いましたか?」
「「ッ!?」」
背後から聞こえた月読の声。
天たちが反射的に振り向くも――
「……どういうこと」
何も見えないのだ。
月読の姿はそこにない。
聞こえてくるのは彼女の声だけだ。
「お忘れですか? わたくしの能力を」
月読の声だけが聞こえてくる。
想像の具現化。
他人が月読に対して想像したことが、彼女の能力となる。
それをどう利用したとして――
「最初の雷撃を当てた時、思いませんでしたか?」
「わたくしが消し飛ぶのではないかと」
――想像、しましたよね?
(そういうことかよ……)
月読の言葉で、天は彼女の能力を悟る。
「最初の雷撃を受けた時点で『雷に触れると消える能力』を手に入れてたってわけか」
(一発目を躱さなかったのはそれが理由か)
不自然に避けなかった一撃。
その時点で『雷を受けて消える月読』を天たちに想像させた。
月読はここで『透明化』の能力を身につける。
そして次の一手は、吹き荒れる見えない斬撃。
天たちの接近を妨げ、蓮華の雷撃で勝負をつけなければならない状況を作った。
そして最後の詰め。
蓮華が放った雷撃を、最初の一撃と同じようにそのまま一身に受けた。
――雷を受けるという条件を満たすため。
条件を満たした月読は今、透明化の能力を行使しているというわけだ。
「ちっ……!」
天は蓮華をゆっくりと下ろし、襲撃に備える。
現在、月読の姿は誰にも見えない。
つまり、彼女は奇襲し放題というわけで――
「ご安心を。わたくしはもう帰りますので」
そう月読は切り出した。
床に落ちていた小石が転がった。
おそらく、あそこに月読がいたのだろう。
「今回は痛み分けになりましたが。次はもっと上手にやらせていただきます」
そんな言葉を最後に月読の気配が消えた。
「……蓮華」
「本当に帰ったみたいね」
蓮華は薄く周囲へと雷撃を飛ばす。
静電気程度の出力なので攻撃性能はないが、広範囲に出せるため月読がどこかに隠れている可能性を排除するには有効だろう。
それでも月読が見つからなかったということは、本当に彼女は去ったということ。
(なんのために戻ってきたんだ――?)
月読が元々箱庭に所属していたことは蓮華から聞いている。
そして、3年近く姿を見せなかったことも。
そんな彼女が天へと接触した。
ALICEが出払っているタイミングを狙い、箱庭に侵入した。
その意図を彼女に問いただすことは結局できなかった。
「月読……。お前は一体、何をしようっていうんだ……?」
月読「わたくしは電気を受ければ透明になれる……!」
月読「でも、ダメージを受けないとは言ってない……!」ボロボロ
5章はあとエピローグを残すのみとなりました。
そして6章からは第2部となります。
第1部はキャラ紹介であり、天たちALICEがより強い絆で結ばれる物語。
対して第2部は本当の意味で世界の危機と戦う物語となります。
第2部の序章となる6章『闇色の聖母』ではついに《ファージ》の王との戦いが始まります。
それでは次回は『新しい先導者』です。