5章 14話 天に咲く華
「くっ……!」
天は見えない斬撃を躱す。
すでに月読の能力を妨げる方法はない。
想像しなければ発動しないと思っていた。
だがそれは表層意識を取り繕っただけ。
《無色の運命》は深層心理を読み逃さない。
ゆえに自己暗示では《無色の運命》を無効化できない。
とはいえ打つ手がないわけではない――
(未来演算で攻撃が先読みできるのだけが救いだな……)
《象牙色の悪魔》で月読の攻撃を事前に察知する。
見えない斬撃の出現位置を予測する。
そうすることで天は斬撃をかいくぐっていた。
「《紫色の姫君》!」
紫電が背後から月読を襲う。
「いきなり攻撃されるとびっくりしてしまいますね」
しかし月読は涼しい顔で雷を避けてみせた。
とはいえ戦況としては、天たちが優位を保てている。
現時点において、見えない斬撃への対処法は二つ。
天のように見えない攻撃を認識する能力。
蓮華のように速力で翻弄して狙いを定めさせない能力。
幸いなことに、ここにいる二人は月読の急所を突ける力を持っていた。
「っと……!」
天はサイドステップで斬撃を躱す。
――現在、天は常に月読の正面を位置取っている。
一方で、蓮華は常に月読の死角に潜り込むように移動している。
未来を演算することで攻撃位置を予測できる天と違い、蓮華はスピード任せに斬撃を躱しているだけだ。
もしも月読の視界に入ってしまえば、攻撃のタイミングを合わせられる可能性がある。
ゆえに天が月読の標的となり、その隙を突いて蓮華が攻撃するのだ。
「このままだと……困ってしまいますね」
月読は微笑む。
そして、わずかに肘が動いた。
「蓮華! 後方全体に斬撃ッ!」
――斬撃の嵐が蓮華を八つ裂きにする未来が見えた。
天の警告が飛ぶ。
すでに蓮華は月読を攻撃する体勢に入っているが――
「分かったわ!」
体を動かすのは、脳から流れる電気信号だ。
そう。電気だ。
ゆえに蓮華は脳から発せられる信号を掌握し、加速させる。
そうして実現する超反射。
本来なら間に合わないタイミングからでも蓮華は回避行動を間に合わせる。
吹き荒れる斬撃の暴風。
しかしそこに蓮華はいない。
「あら。躱されてしまいましたね」
「――良いのか?」
そして、その空振りはあまりに致命的だった。
「俺のこと、忘れてないか?」
すでに天は、月読の懐に潜り込んでいた。
姿勢を低くして、腰の高さで大剣を構えた。
「はぁぁあああああああああああああああああああああああッ!」
天は体全体を使って大剣を振り抜いた。
月読が得意とする間合いは中距離以上。
武器を交えるこの距離は、彼女の領域ではない。
「っ――」
金属音。
彼女はナイフ一本で大剣を防いだのだ。
しかしそれはかなりの無理を強いた行為だったらしい。
ここに来て、初めて月読の表情が歪んだ。
大剣から伝わってきた感触で、月読が手首を痛めたことが分かる。
(ここから一気に――)
間合いを詰めた。
ここが攻める好機。
天はそう判断するも――
「………………」
(なんだ……?)
天は月読の些細な仕草に違和感を覚えた。
(今、どこを見て――)
月読の視線が泳いだ。
天を見ていない。
周辺を警戒したわけでもない。
何気ない視線の動き。
それは天が手にしている大剣へと向けられていて――
(まずい……!)
――月読は、天の大剣に映りこんだ蓮華を見ていた。
背後に巻き起こした斬撃の嵐――つまり背後に蓮華はいない。
視界の中に蓮華はいない――つまり前方に蓮華はいない。
であれば、彼女はどこにいるのか。
――月読の頭上だ。
そう候補を絞り込み、天の大剣を利用して蓮華の正確な位置を掴んだ。
「蓮華ッ!」
天の口から発せられた必死の叫び。
しかし間に合わない。
「はい。捕まえました」
斬撃がついに蓮華に追いついた。
「がッ……!?」
「蓮華ッ!」
弾ける血液。
それはまるで空中に咲く彼岸花。
鮮血が降る。
血の雨は――
「ッッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
血の雨は――帯電していた。
月読戦は続きます。
それでは次回は『天に轟く雷』です。