5章 13話 月は太陽の輝きを借りて
「多分、月読の能力は遠隔斬撃じゃない」
月読への再選に臨むより前に、天はそう言った。
蓮華から聞いた月読の能力。
偽られた能力。
そして、今回見せたという真の能力。
そこに違和感を覚えたのだ。
「どういうこと?」
蓮華が怪訝な表情になる。
二人は並走しながら月読の居場所を探す。
彼女に追いつくまでの間、天は月読の能力を推理していた。
蓮華からの話を整理し、《象牙色の悪魔》で真実を解き明かす。
その結果が、月読のブラフだ。
「最初はナイフを使った遠隔斬撃。次はコイントスによる無作為斬撃。最後はノーモーションでの斬撃。少しずつ能力を開示していってる」
――思い出してみてくれ。
「コイントスの斬撃以外は、全部『蓮華が指摘してから使った能力』なんだよ」
「……?」
「本来なら、蓮華が『月読の斬撃には予備動作がある』と勘違いしている時点で、予備動作のない遠隔斬撃を使っていれば一瞬で勝負がついたはず。それでも、月読はそうしなかった」
順々に、少しずつ能力を開示していった。
「蓮華。初めて月読とペアを組む前に《無色の運命》について説明されなかったか?」
「……されたわ」
「おそらく月読の能力は――『他人の想像を具現化する』能力だ」
「あらかじめ能力を説明することで蓮華に思い込ませた。その瞬間、月読の能力は遠隔斬撃になったんだ」
遠隔斬撃は月読の能力の結果にすぎない。
その本質は、想像の具現化なのだ。
「コイントスだってそうだ。表は良いことが起こり、裏は悪いことが起こる。そんなイメージを見た相手に与える。それと『月読の能力は遠隔斬撃』、『月読は本当の能力を隠していた』っていう要素が補完することで『コイントスの結果によって斬られる対象が決まる能力』という想像が具現化してしまった」
いや。厳密には斬撃である必要さえない。
「月読のあの振る舞いは《無色の運命》を活かすための演技なんだと思う。なんていうか……『何が起こってもおかしくない』って思わせる仕草。それが、相手の想像力をかき立てて……月読の能力を強化してしまう」
底知れない、妖しい雰囲気。
ゆえに周囲の人間は月読の虚像を見て、彼女を際限なく強化してしまう。
「コイントスのミスリードで蓮華に能力を誤解させた。そして、蓮華は『コイントスで標的が決まるなんてありえない』と思ったんだろ? その結果『そもそも予備動作なんてないんじゃないか』って想像してしまった」
「その瞬間、月読の遠隔斬撃には予備動作が必要なくなったのね」
「ああ」
――月読も言っていたんだろ?
「『蓮華ちゃんは思い込みが強い』、『自分を追い込むのが好きですね』ってさ」
「あいつの能力の本質は、思わせぶりな行動で相手に誤った能力を思い込ませることなんだ」
巧みな話術で相手の思考を誘導し、自らを強化する。
「でも、同時にあいつの弱点もそこにある」
そう天は断言した。
相手の想像を具現化する能力。
確かに強力な能力だ。
巧みな話術があってこそだが、上手く使えたのなら猛威を振るうだろう。
「あいつの能力は手品と同じだ」
「能力を知られたら――力を失ってしまう」
月読が本来、遠隔斬撃なんて使えないことを天たちは知ってしまっているから。
☆
「?」
月読はきょとんとした様子で首を傾けた。
――何か意外なことが起きたかのように。
「ああ……」
得心が言ったように月読は微笑む。
「気づいちゃったんですね。わたくしの本当の《不可思技》に」
(やっぱり、想像の具現化で間違いないみたいだな)
天は月読の能力が遠隔斬撃でないと知っている。
だから、天へと向けられた攻撃は実現しなかったのだ。
「仕方ありませんね」
しかし、月読は動じない。
底知れない微笑みを浮かべ天たちと対峙し続けている。
「予備動作のない攻撃は、初見の相手に想像させるのが難しいですからね」
前兆のない攻撃は厄介だ。
攻撃の気配が読めないから。
――言い換えれば、攻撃が来ることを想像できない。
月読は指で天を示す。
そして艶のある唇を開き――
「今から天さんを斬りますよぉ」
甘くささやいた。
月読が虚空を腕で薙いだ。
「もしかして――想像しちゃいましたか?」
一瞬、悪魔の姿を幻視した。
それほどに妖しく、不可解で、不可思議だ。
「ちっ――」
天の口から舌打ちが漏れる。
ほんのわずかだが、彼女の肩が裂けたのだ。
小さな傷。
しかし、月読の能力が発動したという確かな証拠だった。
「うふふ。天さんは妄想力豊かなんですね」
(相手をハメるのには慣れてるってわけか)
ほんの少し言葉を交わしただけ。
なのに月読は、天に想像させた。
自分が斬られてしまう光景を。
(大丈夫だッ……! 俺が想像さえしなければ、俺が斬られることは――)
「無駄ですよ?」
「っく――!」
自己暗示もむなしく、天の体に切り傷が生まれた。
「一度でもわたくしの能力を受けてしまえば、どんなに言い聞かせても『もしかしたら』って思ってしまいますよね? 一度でも体験してしまえば、わたくしの能力から逃げられない」
「わたくしは月。自分で輝くのではなく、太陽の力を借りて輝く」
――天さん。
「貴女は、わたくしの太陽になってくださいますか?」
月読の能力は『想像の具現化』です。
伝聞でも想像してしまえば発動するので割と厄介です。
それでは次回は『天に咲く華』です。