1章 9話 《象牙色の悪魔》
戦いは続く。
攻めるのは美裂。
それを天が防いでゆく。
防戦一方。
だが、実際の戦況は違っていた。
「んだよ――さっきから随分冴えてんじゃねぇか!」
「っと……!」
天は大剣でチェーンソーを受け流す。
大剣の腹を凶刃が滑ってゆく。
確かに天は守勢に回っている。
しかし美裂の攻撃を危なげなくさばいており不利を感じさせない。
むしろ対等に戦っている。
天はそれを肌で感じていた。
(とはいえ――あんまり時間をかけすぎると負けるな)
《象牙色の悪魔》による絶対正答。
それは脳にかなりの負荷をかける。
あまりに難解な答えを探ったり、長時間行使してしまえば最悪死に至る。
だからこそあまり長引かせるわけにはいかなかった。
(だけど……だからこそ焦るな)
《象牙色の悪魔》が導き出すのは『勝利』へのルート。
悪魔が囁く道筋に従えば、天は勝利に至れるはずなのだ。
だから焦らない。
冷静に、正確に正解のルートを選んでいく。
それだけに集中する。
ただただ、悪魔の解答をなぞってゆく。
「ここだっ!」
「!」
ほんの少しだけ美裂の体勢が崩れたタイミング。
そこで天は動いた。
大剣を握っていない左手を固く握り――チェーンソーを殴った。
刃ではなく、動力部に拳で衝撃を与える。
本来なら意味のない行為。
だが、悪魔が導き出した最高の瞬間・角度で衝撃を加えたのなら――
「なっ……!?」
響く金属音。
同時にチェーンソーが緊急停止する。
「さっきのでチェーンが外れたのかッ……!?」
少し焦ったように美裂が距離を取る。
天が与えた絶妙な一撃。
それはチェーンソーの内部に伝わり――チェーンを外したのだ。
ああ見えてチェーンソーは精密な道具だ。
きっちりと噛み合っていたチェーンが外れてしまったことで、チェーンソーは駆動を停止した。
突然の故障に動揺する美裂。
(今だ!)
悪魔が言った。
――攻めろ、と。
天は踏み出す。
美裂が退いた分の距離を――潰す。
「はぁぁぁ!」
「く、っそ……!」
突進の勢いを込めた斬撃。
美裂は――躱せなかった。
彼女はチェーンソーを盾にしてガードする。
天宮天と太刀川美裂。
二人の身体能力に開きはない。
そんな美裂の言葉に偽りはなかったのだろう。
「~~~~~~~~~~~~~~~!」
美裂が背中から壁に叩きつけられる。
タックル気味に攻撃した分、天が押し勝ったのだ。
そのまま天は美裂の体を壁に押し付ける。
万全な体勢で押し込む天。
姿勢が崩れている美裂。
どちらが有利かなど明白だった。
「く……そ……!」
大剣が美裂に迫る。
刃が彼女の首筋に迫った。
「あんまり格好がつかねぇけど仕方ねぇな」
絶体絶命の状況で美裂は笑う。
そして――
「出すわ。――――本気」
(やばいっ!)
悪魔が警告する。
逃げろ。逃げろ。逃げろ!
危険。危険。危険。危険!
そう叫ぶ。
慌てて天は後方に跳ぶ。
しかし――
「《石色の鮫》!」
地面が盛り上がり――天を襲った。
「ぅぐ……!」
石柱が天の腹を打ち据える。
衝撃で大剣が彼女の手から弾き飛ばされた。
「がぁっ!?」
天の体が石柱によって壁に縫い付けられる。
石柱と壁に挟まれて動けない。
それどころか、胴体を潰されるのも時間の問題だ。
「――こいつがアタシの《不可思技》だ」
詳細は分からない。
だがおそらく――地面を操る能力。
それによって天は身動きが取れなくなった。
もう、天に打てる手はない。
「ったく……《不可思技》まで使わされたんじゃ、実質アタシの負けだなこりゃ」
「――そんなことないっすよ」
天は呟く。
「いや。さすがに新人に使うのは大人げなさすぎ――」
「そうじゃなくて――」
天は美裂に指を向ける。
そして不敵な笑みと共に――
「俺の勝ちだ」
「なッ!?」
突然の勝利宣言。
それと同時に、美裂の首元に大剣が刺さった。
高く放られていたが大剣が自重で落下し、美裂を切り裂いたのだ。
先程の攻撃を受けた際、天は大剣を手放していた。
――ちょうど、美裂の上に落ちるように。
それに気付かず、美裂は落下する大剣を躱せなかったのだ。
《不可思技》を発動した時点で彼女は勝利を確信していたのだろう。
その油断が勝敗を分けた。
天宮天は勝ち、太刀川美裂は負けた。
「オイオイ……マジかよ」
大剣を首筋に突き立てられながら美裂は苦笑する。
明らかな致命傷だった。
それを示すようにブザーが鳴る。
『そ……天さんの勝ちですわ』
アンジェリカのアナウンスが静かに響いた。
ALICEの能力名は『〇〇色の××』で統一する予定です。
とりあえずメンバーは全員登場したので、1章が終わるまでは1日2話投稿のペースで進めていきたいと考えています。
それでは次回は『初めての実戦』です。