5章 12話 残酷な運命の中で二人
「――――行かないと」
蓮華が立ち上がる。
だが、彼女の出血はまだ止まっていない。
失血のせいか、顔色が悪い。
「瑠璃宮。無理したら――」
「するわよ。しないと、後悔するもの」
天が止めようとするも、蓮華がそれを跳ねのける。
一人ですべてを背負い、戦い続ける。
その気持ちは揺らがなかったのか。
そう思いかけるも――
「ねえ天」
「なんだ?」
「これから先、貴女に……リーダーを任せたいの」
「は……?」
蓮華から出たとは思えない言葉に、天は耳を疑った。
だが蓮華は笑みを浮かべる。
「勘違いしないでよね。アイドルとしてのほうは、アタシがセンターのままよ。やれって言われでもできないでしょうし」
「……うっせぇ」
「天に任せたいのは、戦うALICEとしてのリーダー」
蓮華はそう言った。
彼女はリーダーという役割に執着する。
自分の手で世界を救わねばならないと思っているから。
それだけが償いになると信じているから。
そんな彼女が、天にリーダーの座を譲ると言ったのだ。
「それって――」
「ごめんなさい。アタシじゃ……重くて全部は背負えないから。一緒に……背負ってください」
憑き物が落ちた様子の蓮華。
彼女は照れ臭そうに微笑んでいる。
「そんなの……」
「駄目、かしら……?」
蓮華の瞳が不安に揺れる。
瑠璃宮蓮華が、初めて誰かを頼った。
誰かと重荷を共有すると決意したのだ。
ならば天の答えは決まっている。
「そんなの――当たり前だろうが」
天は指で蓮華の額を小突く。
「言うのが遅いんだよ」
天は笑いかける。
やっと蓮華が頼ってくれた。
そのことが嬉しくて。
「ずっと前から、支える準備はできてるんだよ」
「一緒に世界を救おうぜ。――――蓮華」
☆
「…………あら」
月読は足を止める。
箱庭にある建物――その中でも、《ファージ》を知る者しか立ち入れないエリアに彼女はいた。
今の月読がいるのは、そんなエリアの中心部。
大きなホールの壁には四つの扉がある。
寮や指令室から伸びた通路が合流する場所ということもあり、かなり広いスペースが確保されている。
そんな空間の中央で、月読は振り返る。
「いらっしゃったんですね」
月読は――二人に問いかけた。
赤髪ツインテールの少女と、青髪ポニーテールの少女に。
「当たり前だろ。お前を野放しにしておけないからな」
少女――天宮天は大剣を構えた。
きっと彼女はここに現れるだろうと予想していた。
「悪いけど。ここからは2対1よ」
意外だとするのなら、もう一人の少女――瑠璃宮蓮華だ。
傷の深さではない。
彼女の心が折れていることを月読は感じていた。
だからもう、彼女はここに立てないと思っていた。
なのになぜだろうか――
戦場に立つ蓮華の瞳には、これまで以上に強い力が宿っていた。
彼女がここに現れるまでの短い時間。
それだけの間に、彼女の中で革命でも起こったかのように思えてしまう。
(さすが天さんですね)
微笑みの中に心を隠し、月読は賛辞を贈る。
(女神に選ばれた貴女なら、本当に世界を救ってしまうのかもしれませんね)
――天宮天の正体を知っているからこそ、月読はそう思った。
(それとも、買い被りでしょうか)
だとしたら、見極めねばならない。
天宮天が、この残酷な運命に抗いうる存在であるのかどうか。
ここから本格的にVS月読です。
それでは次回は『月は太陽の輝きを借りて』です。