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5章 10話 限界

「なんで月読が――」

 月読。

 天にとって彼女は箱庭の外で出会った友人だ。

 不思議な雰囲気を持つ少女だった。

 そんな彼女が今、箱庭にいる。

 ――敵として。

「ッ――!」

 気が付くと、天は跳びかかっていた。

 そのまま大剣を横薙ぎに振るう。

「――――」

 月読は軽々と跳躍して斬撃を躱す。

 そして彼女は悠々と着地すると、ドレスの裾をつまんで優雅なカーテシーを見せた。

「積もる話はあるでしょうけれど、今日は急いでいますので」

「待てッ――!」

 建物の中に消えてゆく月読。

 それを追いかけようとして、天は立ち止まった。

「……どうしたのよ。追いかけなさいよ」

 地面には蓮華が倒れていた。

 全身に刻まれているのは斬撃による傷だ。

 深い傷は二つ。

 どちらも致命傷とはいえないが、まともに動ける状態ではない。

 なにより――

(泣い、てる……?)

 蓮華が泣いていた。

 きっと天に悟らせたくなかったのだろう。

 声を震わせることもなく、蓮華は静かに泣いていた。

 彼女は痛みで泣いたりはしない。

 だとしたら――

「……何があった」

 月読に何かをされたのだろうか。

 涙の理由は分からない。

 ただ天は蓮華を抱き上げた。

「何、してるのよ……。早く月読を追って……!」

「……駄目だ」

 ほとんど無意識に、天は蓮華の言葉を否定していた。

「今の瑠璃宮を、放っとけないだろ」

 このまま立ち去ってしまえば、彼女が壊れてしまう気がしたから。

 分かっている。

 月読の目的が分からない以上、彼女を追わねばならない。

 でも、蓮華を優先した。

 彼女を守りたいと思った。

「馬鹿……さっさと行きなさいよ」

 ――なんで、行かないのよ。

 蓮華が声を絞り出す。

 涙は止まらない。

 拭っても拭っても、あふれてくる。

「さっさと行ってくれてたら……」


「……ちゃんと我慢できたのに」


 蓮華の声が震えていた。

 我慢が限界を越えたのだろう。

「なんで、何も上手くいかないのかしら……」

 打ちのめされた様子で、蓮華は呟いた。



「アタシはリーダーなのに」

 蓮華はそう口にした。

 リーダー。

 彼女はリーダーであることにこだわっている。

 いや。むしろ呪縛されているとでもいうべきなのかもしれない。

 それほどに彼女の執念はすさまじかった。

 達成感や優越感を求めているわけではない。

 むしろ何かに追われるかのように蓮華はリーダーを担い続けている。

 たとえ、自分が徐々に壊れていくことが分かっていても。

「なんで瑠璃宮は俺たちを頼らないんだ?」

「…………」

 無論、蓮華も周囲の力を借りることはある。

 だがそれはチームワークとして。

 適材適所としてだ。

 だが精神は違う。

 精神的に誰かを頼るということはない。

 すべて自分で背負い込んでしまうのだ。

「アタシがやらないと、意味がないのよ」

 蓮華の眼から力が失われてゆく。

 心を守っていた硬い殻が砕けてしまった。

 強がって、心を隠す余裕さえない。

 

「アタシは――大きな罪の上に生かされてきたんだから」



(何を……喋っているのかしら)

 蓮華はどこか他人事のようにそう思った。

 いまだ償いきれるとは思えないほど途方もなく大きな罪。

 リーダーとしての責務。

 そして、それを果たせずに壊れてゆく体と心。

 ――仲間だったはずの少女との敵対。

 きっと疲れてしまったのだろう。

 蓮華の心は潰れかけていた。

 こぼれだす弱さ。

 それは蓮華の口から漏れてゆく。

(なんでアタシ……アイツにこんなこと話しているのかしら)

 気が付くと、蓮華の口は己の根幹を吐露していた。

 彼女がALICEになる前。

 彼女が――この世界にいなかった頃の話だ。

 転生。

 それはALICEにおいても異例の事態だ。

 だから蓮華はそのことを誰にも話していない。

 なのに今、彼女は天にすべてを吐き出していた。

 墓まで隠し抜くはずだった秘密と罪。

 自分だけで背負うと誓った重み。

 それをなぜ、天にならばぶつけても良いと思ったのだろうか。

 まだ半年やそこらの付き合いだというのに。

 なぜ蓮華は、彼女を特別視しているのだろうか。

 分からないことだらけだった。

 しかし、決壊した弱さはどうにもならない。

 口からは蓮華の弱さがさらされている。

「――――――だからアタシは、世界を救わないといけないのよ」

 ついに蓮華はすべてを露見させた。

 罪深さを。弱さを。

(もう……駄目ね)

 分かってしまった。

 もう蓮華は戦えない。

 心が折れてしまった。

 無理やりに強くあろうとした。

 でも、もう繕えない。

 一度でも弱音を吐いてしまった以上、もう蓮華は強くなれない。

 本来の瑠璃宮蓮華は、どうしようもなく弱い存在だったのだから。

 もう強い自分を演じるだけの気力は――失われた。

(なんというか……疲れたわね)

 すべてが終わってしまった。

 そう思うと、不思議と肩から力が抜けた。

 そしてそのまま、立ち上がることはないのだろう。

「? アンタ……なんて顔してるのよ」

 そんなことを考えながら天を見ると――彼女の様子がおかしかった。

 別に期待していたわけではない。

 だが常識として、もっと痛ましい表情をするのではなかろうか。

 それとも嘲笑するか。

 そんなところだろう。

 しかし天は――困惑していた。

 唸り声を漏らし、時に頭を抱えていた。

 こんなことを言うべきではないかもしれないが、蓮華の話を聞いてする反応としてはかなりズレているように思う。

 別に同情をしてほしかったわけではないけれど。

「いや――」

 気まずそうな天。

 彼女は言葉を探しているように見えた。

「……人のことを言える立場じゃなかったわね。きっとアタシも、酷い顔をしてるんでしょうし」

 蓮華は空笑いを浮かべる。

 きっと天の反応も、蓮華にかけるべき言葉が見つからなかったといったところだろう。

 慰めようとしてくれたのだろう。

 でもそれは蓮華には届かない。

 だってもう、いろいろな人に慰められたから。

 そのたびに、彼女の罪悪感は膨らんでいったから。

 それが立ち上がるための力にはならないと、よく知っていたから。

「いや――あのさ」

 頭を掻きながら天は口を開いた。

 目は泳いでいて、挙動不審だ。

「何よ」

「……怒るなよ?」

「?」

 蓮華の様子をうかがう天。

 ますます意味が分からない。

 蓮華が想像していた反応とあまりに食い違う。

 そもそも、ここから蓮華が怒りうる言葉なんて――


「悪い……。多分、瑠璃宮を助けた男って――――――俺だ」


 ――――蓮華の世界が、止まった。


 区切りを考え、今日はあと1話投稿すると思います。


 それでは次回は『あの日の君へ言うべきだったこと』です。



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