5章 8話 月読2
「月読……先輩」
蓮華は少女の名を呼んだ。
月読。
蓮華の先輩にあたる人物。
プロトタイプのALICEである氷雨とは違い、現世代のALICE。
しかし他のALICEには、現世代ALICEは蓮華が一人目だと説明している。
だが、実際は蓮華よりも先に月読はALICEとして覚醒している。
蓮華以外のメンバーは知らない、0人目。
いわば、真の『始まりのALICE』だ。
そして――箱庭を抜け出した裏切りのALICE。
「どこに……いたんですか?」
「色々なところにいましたよ」
のらりくらりと月読は微笑む。
真意が見えない。
昔からそうだった。
大事なことは何も言わず、何も悟らせないままに消えてしまった。
水に映った月のように掴みどころのない少女。
「今更ここに来てどうしたのかしら」
蓮華は問う。
それでも月読は変わらず微笑んでいた。
「少し探し物をしに来たんですよ」
「……月読先輩の私物はもう全部処分されていますよ」
月読が箱庭から消えたのは2年以上前のことだ。
彼女に関するものなどここには残っていない。
「そうでしょうね」
月読は口元に指を当てた。
「わたくしが欲しいのは、もっと違うものですから」
そう言うと、月読は袖口に仕込んでいたのであろうナイフを取り出した。
蓮華は――構えない。
「短い期間だったけど、アタシは先輩と戦ってきたんですよ」
――だから、貴女の《不可思技》も知ってる。
「貴女の《無色の運命》の能力は――遠隔斬撃」
一ヶ月くらいだったが、蓮華は月読とペアで《ファージ》を討伐していた。
だから彼女が《不可思技》を使用するところも見ている。
「振るった刃の延長線上に見えない斬撃を発生させる。そこには距離も強度も関係がない。――だったわよね」
刃物でさえあればナイフでなくてもいい。
刀でも、カッターでも構わない。
そして斬撃の延長線上にある物体であれば、どんな大きさでも強度でも切り裂ける絶対切断としての側面も持つ《不可思技》。
「でも結局は斬撃の延長線上にさえ立たなければ、絶対に当たらない」
それが《無色の運命》の弱点。
不意打ちをされると恐ろしいが、彼女の手元が見えてさえいれば問題ない。
「あらあら。よく覚えていましたね」
月読はナイフを持ったまま拍手する。
そして、わずかに手首を振った。
「ッ!」
蓮華は身をその場で屈めた。
反射的な行動。
しかし、正解だった。
彼女の背後にあった建物の壁に横一線の傷が生まれる。
――遠隔斬撃が建物を抉ったのだ。
もしも蓮華が避けていなければ、頭が上半分から斬り落とされていただろう。
「あら」
月読の手からナイフがこぼれる。
落ちるナイフ。
それを彼女は蹴り上げた。
あのブーツのつま先には金属が仕込まれているのだろう。
硬質な音が鳴る。
だが問題はそこではない。
「ッ……!」
蹴り上げられたナイフが乱回転する。
不規則な角度で回るナイフ。
そこから遠隔斬撃が放たれる。
(見えてるわよ……!)
意識を極限まで研ぎ澄まし、ナイフの軌道を見る。
そしてこれからの回転を推測し、その延長線上から逃れる。
乱雑かつ複数の斬撃が周囲を刻む。
だが蓮華はそのすべてをかいくぐった。
「へぇ……」
月読が関心の声を漏らした。
さっきの無差別斬撃は彼女の技の一つだったのだろう。
彼女の能力を見切った相手に見せる、切り札。
それを蓮華がやり過ごしたことが意外だったのだろう。
「見くびらないでほしいわ。月読先輩――いえ、月読」
蓮華はそう宣言する。
もう目の前の少女は先輩ではない。
《不可思技》を使って攻撃してきた以上――敵だ。
「あれから2年。アタシは最前線で戦い続けてきたの」
蓮華はそう主張する。
それは彼女にとっての誇りであり、最後の砦だから。
世界を救うために戦った。
それだけが彼女の価値を保証してくれるから。
「箱庭から逃げ出した貴女との実力差は歴然よ」
そもそも蓮華の能力は《無色の運命》と相性が良い。
《無色の運命》の長所はリーチと殺傷力。
しかし《紫色の姫君》ならば雷速で躱せる。
そのはずなのに――――
「くすくす……」
依然として月読は微笑んでいる。
余裕が崩れない。
「蓮華ちゃんは昔からピュアで……思い込みが強かったですからね」
そして月読の唇が妖しく弧を描き、
「最初から裏切る予定の相手に、本当の能力を教えると思っていたんですか?」
「な……!」
月読がコインを取り出す。
そして指で――弾いた。
コインは空中で回転し、月読の手の甲へと落ちる。
唐突なコイントスの結果は――
「――表、ですね」
「がッ……!?」
(なん……で?)
激痛に蓮華は両膝をつく。
見えなかった。
そもそも、月読は何も動いていない。
(なんでアタシが……斬られてるの?)
それなのに、蓮華の背中は深々と斬撃で引き裂かれていた。
月読の能力は遠隔斬撃……ではないです。
結構難解な能力なのではたして作者は活かせるのか……!
それでは次回は『見えざる運命の斬撃』です。