5章 5話 近づく破綻
「ってわけで、しばらくレッスンはなしってことで」
天は蓮華にそう宣告した。
彼女たちがいるのは蓮華の私室。
そこで蓮華はベッドに横たわっていた。
すでに医務室で彼女の容態は診断されている。
――そもそも彼女が口止めをしていただけで、かなりの頻度で薬を処方してもらっていたそうだが。
「妃さんにも秘密にしてたんだな。あの目は絶対キレてたぞ」
……ついでに、司令官である妃氷雨にも報告が行ってしまっていた。
報告を受けた際の彼女はまさに鬼神のようだった。
近くにいただけの天が粗相をしそうになるくらいに。
「でしょうね。リーダーが体調不良だなんて失態もいいところだもの」
そう呟いた蓮華は憔悴していた。
体調のせいというよりも、そのことを知られてしまったことを気にしているようにも思える。
「そうじゃなくて。ちゃんと報告しろってさ。『不調なら、それなりの対応をしたというのに』だってよ」
「………………」
「そういうわけで、しばらく出撃もなしだ」
「………………………………え?」
一瞬、蓮華が硬直した。
彼女の口から漏れた声は、普段からは考えられないほど力のないものだった。
「出撃もって……どういう意味よ」
蓮華が身を起こす。
彼女の表情には明らかに怒りが滲んでいた。
「いつ動けなくなるか分からない奴を戦場には立たせられないという意味だ」
気が付くと、部屋の入り口には氷雨が立っていた。
どうやら彼女も蓮華の様子を見に来ていたらしい。
「単純に治癒するだけなら生天目を頼ればいいだろう。だが、お前の場合は一度どうにかすればそれで終わりというわけにはいかない」
氷雨はそう言った。
彩芽の《不可思技》なら蓮華の痛んだ内臓を治すことはできるだろう。
しかし、一時しのぎだ。
また時が経てば、同じように彼女の体は蝕まれてゆく。
蓮華の体を苛んでいるものは、肉体ではなく精神なのだから。
「根本の解決ができないかぎり、お前を出撃させるわけにはいかない」
「お前は少し休め。代わりに、しばらくは生天目に現場の指揮をとらせる」
確かに、蓮華はこれまで不調を抱えたまま《ファージ》と戦ってきたのだろう。
しかしそれは本来あってはならないことだ。
何が起こるか分からない戦場だから、不安要素となる蓮華を連れてはいけない。
それは至極、当然と言える判断だった。
「……代わり?」
蓮華の表情から感情は抜け落ちる。
「ああ。生天目も経験がない以上、しばらくは不手際もあるだろうが、そこは私がカバーすれば問題ない」
――お前も構わんな。
氷雨が天を見る。
「……大丈夫だ。まずは瑠璃宮の回復が先だからな」
蓮華の負担を増やすわけにはいかない。
ずっとリーダーという重荷を背負ってきたのだ。
今度は、天たちがフォローする番だろう。
そんな意図の発言だったのだが――
「ふざけないでッ!」
蓮華が声を荒げた。
今にも氷雨へと飛びかかりそうな勢いで。
「……蓮華?」
見たこともない彼女の姿に天は戸惑う。
蓮華は比較的、上下関係を重んじている。
神楽坂助広に関しては、本人の気質もあってか遠慮がない。
しかし一方で、氷雨や他の幹部たちに対しては丁寧な言動をしている。
そんな彼女たちに対し、感情的に噛みつくところなど初めて見る。
――そこまで、譲れない何かがあったのだろうか。
「アタシはリーダーなのッ……! アタシは、戦場に立ち続けるッ!」
「なるほど。仲間に不安を感じさせる奴がリーダーか。頼りがいがあるな」
鬼気迫る様子で凄む蓮華
しかし氷雨はそれを皮肉混じりに一笑した。
そして彼女は真剣な表情で。
「このまま戦い続ければ――潰れるぞ?」
そう告げた。
潰れる。
その意味は、天にも分かる。
それが、取り返しのつかないことであると。
「構わないわッ……!」
しかしそれを蓮華は否定する。
いや。
受け入れたうえで拒絶した。
「世界を救うまで動けば……いくら体が壊れても構わないわッ……!」
世界を救う。
そのことに蓮華は執着を見せる。
そこにあるのは責任感――とは少し違う気がした。
その延長線上にある、もっと執念に近い感情。
(瑠璃宮……お前は)
「部下の意見を聞き入れない上司は無能だが、部下の言いなりになる上司はもっと無能だ」
氷雨は蓮華へと背を向ける。
「お前の言葉で私は意見を変えるつもりはない」
――合理的な理由があるならまだしも、子供の駄々には付き合えない。
そう言い残し、氷雨は部屋を出た。
ちなみに彩芽の《黒色の血潮》は病気の転移も可能です。そのあと、近くに落ちている石に押し付けるだけでいいので万能病院だったりします。
それでは次回は『療養』です。