5章 4話 箱庭の外で二人with蓮華3
激闘の後、天たちは近くのファミレスに立ち寄っていた。
のだが――
「それで足りるのか?」
天は卓上にある皿を見てそう言った。
蓮華が注文したのはシーザーサラダのみであった。
女性となったことで胃が小さくなった天だが、そんな彼女でもあの数倍は食べている。
「ダイエットでもしてるのか?」
ゆえに過度な食事制限を予想したのだが――
「してないわよ」
どうやらあれが普段通りらしい。
蓮華は小食なのだろう。
小柄であることを差し引いても少なすぎる気がするが。
「……ふぅん」
食べる量も人それぞれということか。
そう結論付け、天はフォークでパスタを巻き上げた。
だからだろう。
天は気付いていなかった。
時折、蓮華が口元を押さえたまま沈黙していることに。
☆
「もう帰るわ」
食事を終えた後、蓮華はそう切り出した。
「まだ昼だぞ?」
門限にはまだ時間がある。
ゆえに天はそう問いかけた。
「何か予定があるのかしら?」
「いや……別にないけど」
蓮華と親交を深めるための外出。
しかし、それほど細かいプランがあったわけではない。
適当に街を歩いてみようくらいにしか考えていなかった。
つまり、予定はない。
「なら、アタシは帰るわ」
「そっか……」
案外、蓮華にも用事があったのかもしれない。
天の提案のため、都合をつけたのだろうか。
そう思い、深くは追及しなかった。
「それじゃあ帰るか」
「別にアンタは帰らなくてもいいのよ?」
「いや……さっきので結構疲れたし、今日はもう良いかなって思ったんだよ」
一人で街を出歩いても仕方がない。
そう思い、事務所に戻ることを決めた天だった。
「勝手にしなさい」
一方で、蓮華に天を待つ気はないらしく、一人で歩き始めてしまった。
置いていかれかけた天は蓮華を追う。
「ちょっと待――」
天が蓮華に追いつきかけたその時、蓮華が立ち止まった。
勢い余って天は蓮華の背中にぶつかる。
「何を――」
「道を間違えたわ」
蓮華は道を引き返し始めた。
だが――
「いや。間違ってないと思うけど。ここからまっすぐ行けば事務所だろ」
天は蓮華の言葉を否定する。
「てか、もう事務所見えてるし」
もう事務所まで大した距離はない。
すでに事務所は目視できる場所にあった。
なのに道を間違えた?
蓮華の発言に違和感を覚える。
「うるさいわね。そう思うなら、まっすぐ行きなさいよ」
「いや。遠回りしてどうするんだよ」
天は蓮華の手を取った、そして直進するも――
「やめてッ……!」
蓮華は天の手を振り払う。
妙に切迫した声音だった。
だから腕を振り払われたことより、彼女の異変が気になってしまう。
(どういうことだ……?)
天は事務所へと続く道を見た。
なにも変わったところはない。
強いて言うなら――建設工事が行われていた。
重機が鉄骨を持ち上げ、作業をしている。
(まさか、な……)
工事現場の下を通ることを怖がっているのかと思ったが、すぐにありえないと一蹴する。
蓮華がそんなことを恐れるとはとても思えない。
「なあ。なんで――」
結局、本人に聞いてしまったほうが手っ取り早い。
そう判断し、天は蓮華へと向き直ったのだが――
「……蓮華?」
すでに蓮華の姿はそこになかった。
天は周囲に視線を走らせ、彼女の姿を探す。
「……あそこか」
ほんの一瞬。
青髪が路地裏に消えていくのが見えた。
天を無視して回り道をしようとしているのだろうか。
しかし――
「……仕方ないか」
天は肩をすくめる。
あんな路地裏を歩いていてもしものことがあったら最悪だ。
蓮華に限ってという気持ちはあるが、物事に絶対はない。
「俺も回り道するか……」
天は蓮華の後を追い始めた。
そして彼女は蓮華の入った路地裏に足を踏み入れ――
「っ……どうしたんだッ……!?」
道端で嘔吐している蓮華を見つけた。
ただの嘔吐ではない。
吐瀉物には血が混じっている。
あきらかに無視して良いものではない。
「蓮華ッ……!」
天は蓮華に駆けよる。
そして、彼女の肩を抱いた。
「どうした!? 怪我でもしてるのか……!?」
蓮華に持病があるなんて話は聞いたことがない。
――戦闘に支障があるような疾患を持っているのなら、最初の時点で周知されているはずだ。
病気じゃないとして、血反吐を吐く理由は内臓の損傷くらいしか考えられない。
「……《悪魔の眼》」
天は蓮華の体を解析する。
彼女の体に起きた異変を解き明かす。
(……重度の胃潰瘍?)
どうやら胃の中で出血が起き、それを吐いているようだった。
それだけではない。
長期間の睡眠不足。過度のストレス。
様々な要因によって、彼女の体は蝕まれていた。
大病はない。
しかし、体の中には健康と呼べる部分のほうが少なかった。
そして、それらほどんどの原因となっているのが睡眠障害とストレスだ。
(しかも……精神安定剤を服用している形跡もあるな)
蓮華の血中に薬効成分が混じっていることも解析できた。
――どれも天の知らなかった蓮華の姿だ。
彼女が体調不良を訴えているところを見たことがない。
彼女が不眠症だなんて知らなかった。
彼女が弱音を吐いたところなんて見たことがなかった。
彼女が精神を整えるために薬を飲んでいるだなんて知らなかった。
今日一日で、以前よりも親しくなれたと思っていた。
でも、違った。
思い違いで、思い上がりだった。
「…………蓮華」
天宮天は……瑠璃宮蓮華のことなど何も知らなかったのだ。
ついに蓮華のストレスが限界に。
はたして、天は彼女の心を救えるのか。
それでは次回は『近づく破綻』です。