1章 8話 太刀川美裂
「あ……」
天が訪れていたのは戦闘訓練室。
腹ごなしに再び《ファージ》との戦いを経験しておこうと思ったのだ。
アイドルとしての活動には拒否感がある。
だが女神との約束がある以上、救世主としての役割まで放棄するつもりはない。
少しでも早く戦力になれるようにと思ったのだが――
「あー……悪い。先客がいたのか」
訓練室の中心には少女がいた。
背丈から考えると中学生くらいの年頃。
腰まで伸びた黒髪。
だが大和撫子を思わせた彩芽とはまた違った雰囲気を持つ少女だった。
切れ長の目。
ギザギザの歯。
なにより――
(傍から見ると俺もあんな感じに見えてるのか?)
少女はチェーンソーを肩にかついでいた。
あまりにも物騒なものを携えた少女。
ここが訓練室である事を加味すれば、彼女の正体はおのずと分かる。
「あー……俺は天宮天。ALICEって奴なんだけど――ALICEの先輩ってことで良いのか?」
あの少女もALICEなのだろう。
そう推測し、天はそう問いかけた。
どうやら正解だったらしく、少女は笑う。
――獰猛な笑みだったが。
「ハッ……! 新人ってわけか。初日から訓練室にこもるなんて熱心じゃんか」
「そりゃどーも……」
「っと……自己紹介がまだだったか?」
少女は笑む。
正直、彼女の雰囲気からあまり話が通じないタイプである可能性も考えていたのだが、案外マトモらしい。
少なくとも名前を教えてくれる程度には。
「アタシの名前は太刀川美裂だ。見りゃ分かると思うけど、アタシもALICEだ。ま、戦場でよろしくって奴だな」
「……よろしくっす」
天は軽く会釈をすると踵を返した。
「? 訓練しねぇのか?」
「今から使うんじゃなかったのか?」
「使うつもりだったぜ?」
美裂はそう答える。
ここに彼女がいたということは、訓練室を利用しようとしていたということ。
だから時間をおいて訪れようと思っていたのだが――
「まあアレだ。アタシはいつも使ってるからな。後輩に譲ったほうが有意義ってもんだろ」
(意外に面倒見が良いのか……?)
実は彼女――美裂は見た目で損をするタイプなのではなかろうか。
そんな考えがよぎった。
少なくとも、こんな快く譲ってくれるようなキャラには見えない。
「それともさ――」
「――――アタシとやるか?」
「…………は?」
「いや。せっかくだし、他のALICEの戦いも見てみてぇかと思っただけだよ。アタシとしても、お前に興味があるしな」
――他のメンバーとの実戦訓練。
考えようによっては魅力的な提案かもしれない。
まだ一回しか実戦を経験していない以上、《ファージ》との戦いで感覚を慣らしたい気持ちはある。
しかしだ。
(やっぱ……断る理由はないよな)
「んじゃ……それで」
天は美裂の提案を受ける。
「じゃあ決まりだな」
美裂は笑みを深めた。
浮かべるのは好戦的な笑みだ。
――あまり救世主がする笑顔ではないと思う。
どちらかというと、暗殺者や殺し屋を彷彿とさせる。
(実はALICEって色物アイドルユニットだったりしないよな……?)
そんなことを思う天であった。
☆
『ちょっと無茶ではありませんこと……?』
訓練場――ガラスの向こう側からアンジェリカの声が聞こえてきた。
現在、彼女は訓練場の設定をしてくれている。
天と一緒に来ていたのだが美裂との邂逅により蚊帳の外となっていたアンジェリカ。
そんな彼女が審判役に抜擢されたのだ。
「さすがにマジでやったりしねぇよ。ちょっとしたスポーツだよスポーツ」
美裂は首を鳴らす。
彼女の瞳にはすでに戦意が宿っていた。
「先に言っとくけど、そっちは全力で来て良いんだからな?」
「なんか……手加減宣言されるのは不本意なんだけどな」
天は手中で大剣を顕現させる。
最初は集中しなければならなかった武器召喚だが、一度やってしまえば案外と簡単にできるものだ。
『……それでは、始めますわよ?』
「ああ」「おう」
アンジェリカの言葉と共に、部屋に数字が現れた。
5から始まるそれは1秒ごとに戦闘開始までの時を刻む。
「っし」
美裂がチェーンソーを駆動させる。
部屋に響くエンジン音。
耳を塞ぎたくなるような騒音があの武器の凶悪さを際立たせる。
「…………」
天は大剣を構える。
我流だが、自分なりにどんな攻撃にも対応できるよう。
そして意識を美裂へと集中させる。
カウントダウンが――終わった。
「っらぁ!」
「ッ……!?」
二人の距離が一瞬で縮まる。
――美裂が戦闘開始と同時に跳躍し、一気に距離を詰めたのだ。
すでに彼女はチェーンソーを振り上げている。
(速い……!)
さっき戦った《ファージ》とは数段違うスピードに天は目を見開く。
だが美裂は正面から小細工なしに武器を振り下ろしている。
ガードは難しくない。
「ぐ……!」
大剣でチェーンソーを防いだ時、腕に衝撃が走った。
打ち下ろされる威力に膝が砕けそうになる。
「おーらよっ!」
天が怯んだ一瞬。
美裂は着地し、腰をひねる。
彼女は独楽のような動きでチェーンソーを振り抜いた。
「っと……!」
それも大剣でガードする。
しかし衝撃に押され、天の体が後方に滑る。
「武器がそれだから予想はついてたけど、やっぱ近接型か。アタシと斬り合っても押し負けてねぇじゃん」
「後輩相手に……皮肉なんてどうかと思うけど」
天は痺れた左手を軽く振る。
さっきの攻防。
明らかに天は押し負けていた。
「今のはお前の受け方が下手だったからだろ? 潜在的なスペックとしては、アタシの攻撃を受けられるだけのパワーがあったって話だよ」
「そうか……よ!」
天は地を蹴る。
そして、突進の勢いを乗せた斬撃を美裂に放つ。
しかし――
「当たらねぇって」
美裂は身を屈めて大剣をやり過ごす。
そのまま――
「ぅぐ……!」
美裂の拳が天の腹に突き刺さる。
天が突っ込んだ勢いをも利用したカウンター。
その衝撃は内臓に響き、天の動きが止まる。
「ちゃんと鳩尾外して殴ったんだから、まだ動ける――だろッ!」
美裂がチェーンソーを突き出す。
高速回転する凶刃が天の顔面を狙う
「痛ぅ……!」
刃が頬を掠めた。
複雑な形をした刃に裂かれた頬は焼けるように熱い。
だが美裂は止まらない。
さらに連撃へとつなげてゆく。
「ま、新人としては合格ってことにしといてやるよ……!」
『美裂さん!? ストップですわぁぁ!』
危険を感じたのだろう。
アンジェリカが叫ぶ。
だが美裂は止まらない。
チェーンソーが天へと横薙ぎに迫る。
それは1秒と待たずに彼女の腰を両断することだろう。
いくら死なない訓練室とはいえ、その痛みは想像もしたくない。
だから――
(こうなったら――)
「《象牙色の悪魔》!」
天宮天の瞳に幾何学模様が浮かび上がる。
「ッ!?」
美裂の目が驚愕に見開かれた。
それも仕方がないことだろう。
なぜなら――
「新人の肝の座り方じゃねーだろ――そいつはさ」
天は、チェーンソーを大剣の柄で防いでいた。
ほんの数センチでも受ける場所を見誤れば指が斬り飛ばされる曲芸。
確かに、新人がやる行動ではない。
だが、天宮天なら話は別だ。
彼女が持つ異能を駆使したのならば話が別だ。
(《象牙色の悪魔》で美裂先輩の動きを読み切った)
天が持つ《不可思技》。
それは未来演算。
あらゆる情報を集積して作られた世界の真実――悪魔の公式に天が望む解を当てはめる。
そうして、どういう行動をすればその解に至れるのかを逆算する。
いわばそれは『絶対正答』と呼ぶべき能力。
それを利用し、天は最善の対応策を導き出したのだ。
(イケる。《象牙色の悪魔》は――通用する)
「キハッ……!」
訪れた膠着状態。
美裂が笑う。
嬉しそうに、好戦的に。
「訂正――」
「ちゃんと一人のALICEとして合格って言っといてやるよ!」
それはきっと、彼女なりの最大の賛辞だった。
最後のメンバーは「悪役っぽいけど意外に姉御肌」な太刀川美裂です。
次話は、美裂との決闘後半戦です。
それでは次回は「≪象牙色の悪魔≫」となります。