1章 -1話 終わりの話
――鉄骨が降ってくる。
俺は上空に広がる景色をただ眺めていた。
いつも通りの街、いつも通りの日常。
いつも通りに建築現場を通り過ぎた時、事故が起きた。
重機の操作を誤ったのだろうか。
吊り上げられていた鉄骨が散らばりながら地面を目指す。
そんな落下地点に俺はいた。
避けられない悲劇に周囲の人々がざわめく。
それでも俺は、
「――――――《象牙色の悪魔》」
直後、視界でプラズマが弾けた。
頭の中で無数の数式が組みあがり、解けてゆく。
(演算しろ)
落下物の素材は鉄。体積から重量を推測。
形状から空気抵抗を仮定。
目に見える情報から、最も真実に近い憶測をしろ。
「これでよし……」
俺は右に一歩、前に二歩進む。
(ここに鉄骨は落ちない)
厳密にいえば、落ちた鉄骨同士が衝突するおかげでこの場所は奇跡的に空白地帯となる。
「さすがに驚いたな」
俺は鉄の雨をただ眺める。
ここに被害が及ばないことを知っているから。
しかし――
「……!」
声が聞こえた。
泣き声が。悲鳴が。
視界の端に映った――
(親子……?)
泣き喚く子供が。
子供を守ろうと庇う母親が。
(……そこは、鉄骨が落ちる場所なんだけどな)
そう俺の中の悪魔はそう解き明かしていた。
「はぁ」
そしてため息を一つ。
「こっちに来て」
俺は母親の襟首を掴んで引っ張る。
これでも高校生だ。華奢な女性を引きずるのはそう難しくない。
(演算に条件を追加入力)
より複雑な数式を組み上げる。
その結果に従い、俺は蛇行しながら歩いてゆく。
轟音。
鉄骨が落ちてきた。
――俺を避けるように。
俺はただ、鉄骨が落ちないエリアを歩き続ける。
「ほら。ここなら安全だ」
俺は母親を安全圏にまで引きずると、適当に放った。
母親と、彼女に抱かれていた子供は無傷なまま地面に転がる。
――女性と目が合った。
「ありがとう……ございます」
死を覚悟していたのだろう。
女性の口から出たのは涙声だった。
(初めて、だな)
初めてこの力を他人のために使った。
(案外――)
(――誰かを救えるって、悪くないのかもしれない)
人助けなんて、偽善か狂人の趣味だと思っていた。
誰かを救える。
その魅力が少し分かった気がした。
その時――
――ブツリ……。
「ッ……!?」
頭の中で何かが破裂した。
視界が赤く染まる。
俺は手を突くことさえできず、地面に倒れ伏す。
聞こえてくる悲鳴。
誰かが体を揺らしてくる。
だが体は重い。
周囲の声が遠くに聞こえる。
自身の体に致命的なエラーが起こったことを嫌でも自覚させられる。
(これは計算するまでもなく――死ぬんだろうな)
予想通り、俺の意識が浮上することはなかった。
二作目となります。
とりあえず、本日はある程度のところまで進めるため3話投稿します。
本作、そしてよろしければ前作『もう一度世界を救うなんて無理』も読んでいただけると幸いです。
~株式会社ALICEより~
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