モグラ男
私はシェルターにある父さんの部屋から小さな箱を一つ持っていった。どうしてそうしたのか今ではよくわかるが、当時はわからなかった。とにかく私はその箱を持っていった。しかし開けてみて大層がっかりした。この箱の中身は和紙が一枚入っているだけで、他には何も入っていなかったのだから。和紙はかつて何かを包んでいたような形跡があったが、何を包んでいたかはわからない。箱自体それほど目を引くような代物ではなくただの小さな紙箱だった。本来なら捨てておくべき箱だったが、私の父さんはそれを捨てなかった。
しかしこの箱には本来入っているべきはずのものが入っていなかったのだ。私がずっと後になって、父さんにさよならを言うときにその箱は必要だったのだ。私の父さんがモグラ男になって、その箱の中身を抜き取ったのだ。いつかとか二年後とかはそんなのわからないけどここはまあ高校を卒業した私のために父さんが大人になるっていうことはねって話と一緒に渡されるプレゼントだったのだ。包み紙以外何も入っていなかったのは、そのせいだった。私はその箱に、私の父さんの面影を入れた。それ以外、その箱に収めるべきものはもうないのだから。あるいはモグラ男が何か入れるつもりで置いていたのかもしれない。
私は私の父さんから一番大事なものを持っていったのだ。家族に、友人に、恋人に、あるいは彼らと同じくらい大切な人にそう言ってもらえるひとときをその箱に入れた。私が父さんだったなら、きっとその瞬間をなくしたことを思うだろう。それ以外、その箱の中に入れるべきものなど何もないからだ。
そしてそれを開けた日は私たちが家を出て行った日であり、私と父さんがもう会わないことが運命づけられた日でもあるのだ。
私はこの箱を開ける。中身がないことにがっかりする。箱の蓋を閉じて飛行機から外を眺めて、これから父親がいないことを長い年月を掛けて受け入れなければいけない。