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モグラ男

 「お前はここに残ってもいいんだぞ」私の父さんは皆の前でそう言った。それは自分に親権が行き渡らないことに対する父親としてのプライドから来る発言では決してない。教団のメンバーに自らの権威を誇示するための発言であり、子供の母親に対する露骨な怒りだ。怒りと言っても差し支えないのは、発言の中に、すでに私だけしか含まれていないからだ。つまり私の母さんは、母親であるどころか、人として、また教団のメンバーの構成員にすら含まれていないのだ。これがどれほどの屈辱と悲しみと怒りをもたらすか、それをしっかりと理解できている人間が私の母以外ここにいないこと、私にすら今でも理解出来ないことでそれが証明出来るだろう。

 「だからやっぱりさ、あなたの父さんがモグラ男だったんじゃない」友達のかえるちゃんはそう言う。

 「わかっていたら、もっと早く出来ていたかもしれない」

 「何が?」

 「何かだよ。話すとかさ」

 「通じないよ。何もね。だって考えてもみて。教団は今のところ、何一つ、法令違反はしていないんでしょ」

 「そうだよ。少なくとも見て分かる範囲では」

 「じゃあ何も出来ないじゃない。あなたのママだって、訴えないって言っていたでしょ」

 「訴えないのは、ほら、優しさとかじゃない」

 「駄目。全然駄目。杏は。お人よしじゃない、それじゃあ。訴えるだけの証拠がないから、訴えないの。たとえば信者に暴力を振るったとか性的な暴力をしたとか記録出来るものじゃないと警察も弁護士さんも動けないの」

 「言われてみればそうだけどさ。私、見たことあるよ。その瞬間」

 「私は信じるよ。今までのことから振り返ると全部そうね。ところで、これ、不味くない」かえるちゃんは私の父さんの部屋にあったクッキーを評価する。

 「やっぱお菓子はメーカーものでいいかも」コンビニから買ってきたポテチを開けて、二人で頬張る。

 「もしかしたらさ、中学になったら離れ離れになるかもしれないね」

 「なっても会いにくればいいんじゃない。うちの親は反対するだろうけど、少女探偵が秘密のクローゼットを通じて会うことの出来ない人たちに会うのと同じように、会えばいいんじゃない。アニメのキャラクターとかだって、いつかちゃんと合流するでしょ? 何日経っても、何年経っても」

 「そりゃそうだね」

 彼らが離婚を決めた、といっても双葉さんや母方の親族たちが別れると決めてから過ごした家族としての最後の日々をどうしたら気づけただろうか。私が父さんだったら、あるいはそれは予期出来たのかもしれない。それはある意味ではあらかじめ私の父さんによって決められたことだったからだ。

 そんなのは昔あった話だろう。今じゃそんなこと誰も信じないと笑うだろう。そう思える人たちは関わり合うことなく生きてきたし、そもそもそうしたことに出会うことなくいたのだから、それは否定するつもりはない。

しかし実際に、私の父さんはモグラ男だった。カルトと呼ばれうる要件を満たした教団のリーダーだった。また私の母が離婚するに値する理由をいくつも挙げれば、同時にその全てを言葉で看過する余裕と支配的な行動姿勢を取ることが出来る相手だった。

 だから私たちは何も言わずに出て行ったのだ。少なくとも双葉さんは、何か言葉を選ぶことが最適な選択ではないと判断していた。彼女は機が熟すまでは言葉にしない人なのだ。それが今回は上手く転んだと私が大人になる前にそう話してくれた。

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