1. 右も左も分からないまま一日を過ごすが、もらったお菓子がとてもおいしかった一日目
初出勤の朝はトラブルから始まった。
出勤すると数枚の紙を渡され、「この指示書通りにパソコンの環境を整えて」と言われ、おれはパソコンの前に座り、電源を入れ、渡された紙に書いてあるIDとパスワードでログインを試みるも、はじかれる。エラー文に「ドメインがうんぬんかぬん」と出てきているが意味がわからなさすぎて、出勤から五分でホームシックになった。
隣の席の上司(アパレル業界で働いていそうなオシャンティーな女性)に報告すると、他の社員さんに連絡がいき、その社員さんがエラー対応をしてくれるが一向に治らないまま三時間が経つ。そのあいだおれは上司に指示されたデバック作業を意味も分からないままこなす。ボタンを押して画面を推移させていくが、そもそもなにが正常で何が異常な動作なのかおれはなにもわかっていないため、とりあえず「動作OK!」とだけ書いて、今日のお昼ご飯は何を食べようかなということを考え始める。とはいえなにか作業をしている風は装うべきだろうと思い、渡されていた仕様書みたいなものに目を通すが15文字目くらいで強烈な眠気に襲われて、部屋の布団が恋しくなる。
そうしているうちにも数人のスタッフが、おれのパソコンにログインできない問題に対応してくれているが一生治らないまま昼ご飯の時間になる。おれは弁当を持ってきていたので、「休憩行ってきます」と言い残し、社外に出て、コインパーキングの隅っこに停めた自分の車のなかで弁当を食べることにする。
ひとりの時間というものの尊さと、おいしいからあげをかみしめながら一時間休憩を終え、会社に戻ると、おれのパソコンがログインできるようになっている。ようやく自分のパソコンの前に座ると、さっそく隣の席の上司から指示が飛んでくる。「このファイルをこのサイトにアップロードしておいて」「おす」。
サイトを開くも、ログインを求められる。おれはIDもパスワードも持っていない。どうすればいいのかもわからないし、さっき食べたからあげが奥歯に挟まっているのがとても気になる。しかし隣の上司は忙しそうで声をかけるのには勇気が必要である。
とはいえこのまま作業を止めていても暇なので、勇気を振り絞って上司に声を掛け、IDとパスワードの入手に成功する。特定の村人に話しかけるとゲーム攻略に必要なアイテムをくれるRPG方式を採用している会社なのだろうかと思いながらも、ログイン。サイトの全体像を把握するために、いろんなページを見て回るも、見て回ったところでおれの脳みそは、昼食後の血糖値低下による眠気のせいでほとんど働いていないので、とりあえずアップロードだけを済ませてページを閉じ、上司に報告する。
「じゃあ次はこのファイルをこの端末に入れてデバックして」と上司から次の指示が飛んでくる。おれはデバックを開始するも、結局なにが正しい動作でなにが不良な動作なのかまったく理解していないため、開始三十秒で「動作OK!」と書いて、夜ご飯のことを考え始める。
そのあともアップロード、ダウンロード、デバック作業を指示通りにこなしていき、なんとか一日を終えた。結局、今日自分がなにをしたのかぜんぜんわかっていなかった。どんなファイルをアップロードして、どんなファイルをダウンロードしたのか、デバックはどこを見ればよかったのか。わからないことがあればその都度、上司に訊ねるのが正しいのは分かっているが、上司も常にカタカタとタイピングしていて忙しそうであるし、そもそもどういう質問をすればいいのかもよくわからない。とにもかくにも云われたことをこなすだけで精いっぱいで、質問する余裕がなかったのだ。
そんな右も左も分からないままだった仕事は、ほんとうにどっと疲れた。
仕事辞めたいと思った。
退社して、コインパーキングに停めている車に乗り込むと、肩の力が抜けた。
車の中サイコーだと思った。
ニートになりたいと思った。
ずっとひとりでいたいと思った。
そして自分が空腹であることに気づき、朝、上司からもらっていたお菓子が鞄の中に入っていることを思い出し、それを食べることにしたのだが、このお菓子が死ぬほどおいしかったので明日もがんばろうと思った。が、二日目は一日目より仕事を辞めたくなることになるとはこのときのおれは思っていなかった。
《この時点でのおれのITスキル一覧》
・ドットインストールの動画の口癖がちょっとうつっている。
(変化なし)以上。