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真珠色の令嬢は暗殺者に恋をした

作者: さわしずく

俺は今、何をされた?

確か、暗殺対象者の首に紐をかけて、絞めようとしたところだったような気がする。

それが、なぜその標的に馬乗りにされているんだ?

月明りが部屋に差し込んでいて、彼女の顔がはっきりと見える。

尊大な表情で俺の上に跨っているのは、標的であるはずの令嬢。


彼女の名前は、ジギーリア・クルクレイル。


彼女は、クルクレイル辺境伯の四人の子供のうち、一番優秀だと言われている末子。

女性でありながら、次期辺境伯となることが決まっている。

辺境伯となる条件は、一族の血を引いていること、魔術に秀でていること、魔術を使う決闘で勝ち抜くこと、らしい。貴族にしては珍しい実力主義だ。

彼女はまだ学生だと言うのに、つい最近行われた次期辺境伯の地位を争う決闘で見事勝ち抜いた。


その途端、彼女を暗殺した際に得られる報奨金が跳ね上がったのだ。


今、この国は隣国との戦争が近い。そして、クルクレイル辺境伯領は隣国二国と接している緊迫した土地。もしも開戦したら一番に戦端が開ける場所である。

だから、隣国の貴族たちは、クルクレイル家の重要人物に向けて暗殺者を送っているのだ。


俺は最近、『欠け星』という組織に入り、彼女の暗殺を命じられた。

高額な報奨金は、俺にとって物凄く魅力的だったのだ。

初めて標的である彼女を見た時は驚いた。

真珠色の髪に、複雑な輝きを持つパールブルーの瞳。

彼女はとても美しい少女に見えたが、どことなく孤独感を醸し出していたのは気のせいだろうか。


「おい、起きろ」


そう、その華やかで美しい容姿に反して、彼女が男口調なのは知っていた。

実際にその声を聞いてみると、意外としっくりくる。


「目が覚めたか?お前、名前を教えろ」


…でも、何故こんな至近距離で声が聞こえるんだ?


はっと目を開けたら、俺を覗き込んでいる彼女と目が合った。

寝巻で馬乗りという煽情的な姿だが、それどころではない。

完全に想定外の事態に、俺は咄嗟に口を開いてしまった。


「な…真珠…!?」

「真珠?変わった名前だな」


彼女は不思議そうに首を傾げた。はらはらと肩から流れ落ちる真珠色の髪が夢のようだった。


「いや、それはあんたのことで…」

「私が真珠?なんでだ?」

「標的を、直接名前で呼ぶわけにはいかないだろ」

「お前のボスが名付けたのか?」

「いや…俺だけど…」

「ふうん?」


決闘の様子を見た時に、真珠色の髪がたなびいてすごく綺麗だと思ったからそう名付けたとは言えない。

彼女は、向かってくる対戦相手を舞う様な剣技一つで打ちのめしてしまったのだ。

年上の魔術師達を容赦なく撃破していく様は清々しかった。


いや、今はそんなことどうでもいい。とりあえず、この体勢はまずい。

乗っかられている部分が妙に熱い。


「ていうか、どいてくれ!!」


焦って彼女をどかし、立ち上がると頭がくらくらした。

そうだ。そういえば、俺は彼女に魔術で吹き飛ばされたのだ。


俺がひもを首にかけたあの一瞬で、彼女は魔法陣を構築して発動した。あんなことは並みの魔術師にはできない。彼女の魔術の腕は未熟なのだろうと思っていたのに、実はかなり優秀だったようだ。あの決闘の時、魔術を使っていると分からせないくらいの使い手だったのだ。


口に手を当てると、顔を隠していたはずの布も無くなっていた。彼女がとってしまったのだろう。

顔を知られてしまった。暗殺者としてこれほどの失敗もない。完全にやらかしてしまった。

手練れの魔術師と一対一。この状況はとてもまずい。

今、この場ですぐに殺されてもおかしくない。


慌てて逃げようとすると、彼女は予想外のことをした。

俺に、抱きついてきたのだ。

そして、やはり予想外のことを言った。


「…私はお前が気に入った。私のものにならないか?」


笑いを含んだ声だったが、それを聞いてぞっとした。

意味が、分からない。


普通の令嬢は、そもそも暗殺者が来た時点で泣き叫んでいるはずなのに。

彼女はにっこり笑っている。その笑顔がとても怖い。これは強者の笑みだ。

だめだ。危ない。これはだめだ。

一体、俺の何が気に入ったと言うんだ。

何かの生贄にするのか?それとも拷問でもするのか?

俺の危機管理センサーが、MAXで鳴り響いている!


「何を言ってんだ!?俺は、あんたを殺そうとしたんだぞ!」


この女は何かおかしい。早く逃げなければ!

そして、もう二度とこんなところに来るもんか!!

俺は彼女を押しのけて窓から出ようと枠に足をかけた。

すると、後ろから声をかけられた。


「私に会いに来ないと、お前は死ぬぞ」

「!?」


驚きのあまり振り返ると、心底楽しそうに彼女は笑っていた。

月明りにきらきらと真珠色が輝いて、まるで人外のごとき美しさだ。


「頻度は、最低でも一週間に一度くらいかな?そうしないと、お前は死ぬ」

「な…なんでだよ!!」

「そういう呪いをかけたから?」

「はぁ!?」


どんな呪いだそれは、と混乱していると彼女はふっと目を細めた。


「だから、きちんと会いに来いよ」

「…くそ!!」


呪い!?わけわかんねぇ!!

やっぱりこの女はやばい。

ひとまず逃げよう。逃げてから考えよう。そうしよう!!

俺は、人生最速で逃げ帰った。


彼女の屋敷から離れた場所についてから、俺は服をはだけて体をまさぐった。


「の、呪いってなんだ…!?」


あちこち確かめたが、どこを見ても何も印をつけられたりしていない。


「はったりか…?」


俺は少し安心した。魔術には詠唱や魔法陣が必要なのだ。それくらいは知っている。

それをせずに力を行使できるのは、よほどの使い手でしかあり得ない。


「そ…そんなことあるわけないよな。まだ学生だろ、あの女も」


俺は、大丈夫だと自分に言い聞かせて、家に戻った。

そして、己の浅はかさを思い知ることになる。


何事もなく二日たった。三日目から、不思議と食欲が湧かなくなった。

その次の日からは、食べ物を食べたら吐いてしまった。医者に診てもらったが、特に異常は無いと言われた。それからまったく食べ物を受け付けず、一週間たつとついに水も飲めなくなった。喉が渇いて仕方ないのに、どうしても飲めないのだ。

辛い。苦しい。こんなに飢えて渇いているのに。何も喉を通らない。


「なんだ、これ…病気じゃないのか?」


もう一度診てもらっても、やっぱり医者は体に問題はないと言う。


「なんでだよ!くそ!何かに呪われてんのか!?」


そこで、はたと思い出した。


『私に会いに来ないと、お前は死ぬ』


夜闇に浮かぶ、真珠色の笑み。

確かにあの時、何の詠唱もなく術式を刻んだ跡もないはずだったのに。

どうやら俺は、マジで彼女に呪われているらしい。


どうせ彼女に会うなら暗殺を成功させようと、とある森で待ち伏せすることにした。

彼女は時々馬で遠乗りするのだ。絶対に来るとは限らないが、俺は賭けた。

というより、弱りすぎて屋敷に潜り込むほど動けなかったのだ。


森で待つこと半日、彼女は来た。


俺は賭けには勝った。だが勝負には負けた。

俺が最後の力を振り絞って放った矢は、彼女に当たらなかった。


呪いについては、彼女に会うだけでまた食物や飲み物を受け付けるようになるのか半信半疑だったが、それは杞憂だった。あっさりと症状は改善したのだ。

栄養失調と脱水で瀕死の俺に、彼女は水を飲ませてくれた。

これほどの甘露はないと思うほど、彼女が飲ませてくれた水は美味しかった。


何が嬉しいのか分からないが、彼女は終始ご機嫌だった。

俺の機嫌は最悪だ。

やはり呪いは本物だったのだから。


「…絶対、殺す…」


そう呟くと、彼女は口元を押さえてこう言った。


「強情なところもいい…」


何言ってんだ、この女。

と思っていたら、額に口づけられてしまった。


「!?」


女から飛び上がって逃げたのは、それが初めてだったかもしれない。


それから、どうにか殺してやろうと狙い続けた。だが、彼女に返り討ちにされてしまう。

強い。

強すぎる。

どう考えてもおかしい。


いくら魔術師の家系だからって、令嬢がこんなに戦闘に長けているのは何故なんだ。

彼女が王都の魔術学校に復帰しても、俺はしつこく彼女を狙った。そうしないと呪いで身体がもたないからだ。

だが、ただ暗殺させてもらえるわけもない。彼女は隙を見せると俺を捕まえようとするので、攻撃したらすぐ逃げなければならなかった。

そうなのだ。俺が追うだけかと思いきや、逆に追い回されることもあったので足はむちゃくちゃに速くなった。そんな彼女に近寄るため、気配を消して動くのはかなり上手くなった。まったく、ありがたいやら悔しいやら。


彼女を殺せば大金が手に入る。そして、この呪いも解ける。


そう信じてあらゆるスキルを磨き続けた。だけど、やはり彼女を殺すことはできなかった。

それは、彼女があまりにも勘が良く優秀な魔術師だからだ。


俺が近くにいると気が付くと、彼女が嬉しそうに笑うからではない。

隠れていて見えないはずなのに、楽しそうに俺を見つめるからではない。

断じてそうではない。


彼女を狙う他の暗殺者を叩きのめしてしまったのは、俺の手柄が無くなるかもしれないからで、別に彼女を庇ったわけじゃない。勝手に手が動いてしまっただけなのだ。


その時、彼女はきょとんとした顔をしていた。


「お前、…それは、同僚じゃないのか?」

「え?」


俺は襟首をつかんでいる男の顔を見た。

確かに。よく見たら同じ組織の奴だ。しまった、良く見てから殴ればよかった。


屋敷の屋根にいたこの男を見た瞬間、手が出てしまった。

彼女の部屋に入り込もうとしていたから、なんだかむっとしてしまったのだ。

わたわたと慌てる俺に、彼女はくすくすと笑った。


「お前にしては珍しく物音を立てると思って来てみれば。仲間割れか?」

「いや、これは…」

「安心しろ。こいつはお前を見る前に意識を失ったから、誰が殴ったか分かってないさ」

「あ、あぁ」


同じ組織の奴を殴ったことが分かれば、何らかの処分をされてしまう。

大体、なかなか彼女を暗殺できない時点で増援が来ることは分かっていたはずだ。

カッとするなんて、どうかしていた。

俺はのびてしまった同僚を物陰に隠すと、彼女の元に戻った。もう今日は暗殺という雰囲気ではない。俺はげんなりと肩を落とした。


彼女は、夜風に当たって気持ちよさそうに髪を掻き上げた。白いうなじが惜しげもなくさらされる。

そうして黙っていれば、彼女は美しいご令嬢に見えるのに。

まぁ、ご令嬢は不審な音がしたからと言って屋根に出てこないと思うけどな。

いつの間にか、彼女は屋根の端にいた。

そんなところにいると落ちるぞ、と思っていると急に風が吹いた。案の定、ふわっと彼女の体が揺れた。


「おい…!何してるんだ!」


思わずとっさに抱き留めてしまったが、彼女は意外そうな顔で俺を見ていた。


「おぉ?」

「危ないだろうが!落ちたら無事じゃすまないぞ!」

「…私が落ちて死ねば、丁度いいんじゃないか?」

「!」


そういえばそうだ。俺は彼女を殺すためにここに来ているんだった。

ぽかんと呆けていると、腕の中でもぞもぞと体勢を変えて、彼女は俺を見上げた。

ち、近い。まずい。なんか柔らかいし、いい匂いがする。

それにその、上目遣いはやめて欲しい。なんか心臓がぎゅっとなる。

彼女は何かを取り出すと、ぽいっと俺の口に放り込んだ。


「!?」


吐き出そうとした俺の口を手でふさぐと、彼女はにっこりと笑った。


「飴玉だ。毒じゃない」


確かに、甘くて美味しい。呪いのせいで食べれていなかったので、とても身に染みる。


こ、これは一体どういう状況だ?

なぜ敵に塩を送る様なことをする?

餌付けか?餌付けなのか?

何も言えずに固まっていると、ねだるような声が耳に響いた。


「私は本当にお前が気に入ってるんだ。そろそろ私のものにならないか?」

「な、なるわけないだろ!?」


俺はまた飛び上がって逃げる羽目になった。

菓子で懐柔しようとするとは、油断も隙もない。


初対面で吹き飛ばされたうえに、呪われた怨みはまだ忘れていない。

だが命があっただけ良かったのかもしれない。今でも不思議だ。

本当に、彼女は何故あの時俺を殺さなかったのだろう。


悩んでも答えはでない。


彼女が本気を出せば俺などすぐ殺せるはずなのに。

過去、俺が投げた暗器を受け取って、そのまま投げ返してきた時の輝かんばかりの笑顔は忘れられない。


多分、彼女は俺で遊んでいるだけなのだ。

猫が鼠を弄ぶように、彼女は俺の暗殺を楽しんでいるように見える。

俺を欲しいと言ったのは、遊べる玩具が欲しいという意味だろう。

わざわざ暗殺者を玩具にする令嬢はどうかと思うが、実際そうなのだから仕方がない。


この呪いを解かない限り、俺は彼女から離れられない。

だから、俺はまた彼女の命を狙う。

俺がこの呪いを解ける日は、いつになるのだろうか?



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