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第2話 新しい姉妹達

喜瀬川はしゆきに名をやった後、馴染みを迎えに花魁道中をしに行った。その頃しゆきは昼餉を食べろと女将に指示され、小さい個室へと向かった。

真ん中には小さな丸い机があり、

その上には湯気をあげる真っ白なご飯、味の染みたお漬物、綺麗に盛り付けられた野菜。脂の滴る焼き魚。さらに、今にも崩れそうに柔らかい白身の煮付け。

見たこともないような豪華な食事が用意されていた。


「うわぁ…こんなに食べていいんですか?」


「言葉!!」


「た、食べていいでありんすか?」


「あぁ、たんと食べるんだ。あたしは仕事に戻るからね。全部食べ終わったら呼びにおいで。いいかい、全部だよ。」


「わかりま…わかりんした。」


返事をすると女将さんは部屋を出て行った。


改めて用意されていた食事を見ると、本当に凄い。

うちは武士といえど下級武士だったし、ここまで豪華な食事は出ては来なかった。こんな貴族が食べるような食事は食べたことがない。麦が入っていない米だけのご飯を食べるのも初めてだ。


狭い部屋で、食事の音だけが響く中、黙々とご飯を食べている。

そんな時ふと、しゆきの目から1粒の涙が落ちた。

涙はとどめなく溢れ、手に持っていた白いご飯を濡らしていく。

最初は、この華やかな街に来れたことを喜びに感じていた。

でも今は、武士の家とは思えぬ家で、貧しい暮らしをしていた時が恋しい。家を離れて2日程しかたっていないが、すごく懐かしく感じる。


(おとうさま…おかあさま…。そうすけ…さくらこ…!私は今、どこにいるの?どうしたらいいの?天女さまにならなくていいから、おうちに帰りたい…!)


しゆきは声を押し殺して泣いた。最初は何もわからなかったが、両親と弟、妹にはもう会えないかもしれないと悟った。

見知らぬ地で自分はどうしたらいいのか。何をすればいいのかも、まだはっきり分からない。ただ、不安で、帰りたくて、仕方がなかった。

しばらくご飯が進まず泣いていると、襖がゆっくりと開いた。

1人の女の子が入ってきた。自分よりは5つ程年上だろうか。喜瀬川姐さん程の年齢には見えない。


「えっ!!ど、どうしたのでありんすか?」


「なんでも…ないです。どうかしましたか。」

出ない声で冷たくそう言った。


「わっちはおかさんに、しゆきの様子を見てこいと頼まれたのでありんす。しゆきは喜瀬川姐さんの禿でありんしょう?」


「…そうです。」

赤くなった目に暗い表情でしゆきは答えた。


「わっちは喜瀬川姐さん付きの新造、八重でありんすぇ! つまりはしゆきの姉。なんでも頼ってくんなんし。今日からわっちらは姉妹でありんす!」


無表情のしゆきに、優しく笑顔で話しかけてくれる八重。家族と離れたことを悲しんでいたしゆきは、無表情に無言のままだったが、凄く嬉しく思っていた。


「しゆきはなんでここに来んしたの?」


「…わか、わかりません。」

そう答えるとしゆきの目からは涙がこぼれ落ちた。


「わぁぁ!ごめんなんし!そっかぁ!わかりんせんのか!」



八重は慌てて謝った。こちらから聞かない限り喋らないしゆき。女将さんは受け答えがはっきりしていると言っていたが…よっぽど落ち込んでいるのだなと八重は思った。


(落ち込んでいたって、ここでは励ましてくれる人も少ない。このままではこの子は上手くいかないだろう。妹になったのだ。励ましてあげたい。)


「……しゆき!あんたの姉妹となる人達に会いに行きんしょう!」


「えっ?」

あまりに突然の話にしゆきは戸惑った。


「い、いえ、私はこの昼餉を食べ切って女将さんを呼びにいかないと……」


「そんなのわっちが説明しといてあげんす!それとも姉妹達に会いには行かんとおっせえすか?」


「え、そういういみじゃな…「はい、行くでありんすよ!!」


強引だが優しい八重を見て、しゆきは自然と笑顔になっていた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


しばらく長い長い廊下を八重と話しながら歩いていると、椿の花が催された大きい襖があった。他の部屋とは違い、大きく、立派な襖を前にしゆきが口を開いていると、八重が勢い良く襖を開いた。


「夕霧姐さん!花里姐さん!あかね、もみじ、みすず!新入りの禿ちゃんを連れてきんしたよ!」


「可愛らしい子でありんすね」

「ウワサのしゆきでありんすか?」

「わーあ!よろしゅう!」

八重としゆきが部屋に入ると、八重が言っていた姉妹らしきその人達は次々に口を開いた。


「しゆき、この人たちは全員喜瀬川姐さん付きの新造と禿でありんす!喜瀬川姐さんのとこに付けたのだから将来は約束されてるでありんすぇ。左から夕霧姐さん、花里姐さん、みすず、もみじ、あかねといいんす!なんでも頼りいし!」


八重の言葉にどうすればいいのか戸惑い、前にいた5人に目をやると、5人ともが優しく微笑んでくれた。まるで自分が受け入れられているようで、しゆきは凄く嬉しかった。

しゆきが嬉しくて笑顔になると、それはまるで花が咲いたようで、部屋の雰囲気がぱっと明るくなるような感じだった。

6人がしゆきに見とれた後、夕霧が美しい声でしゆきに話しかけた。


「八重が言っているように、これからしゆきはわっちらの姉妹でやんす。家族は助け合うものでありんしょう?たとえ本当の家族と離れても、しゆきの居場所はここにありんす。だから、気を落とさずに前向きにやりなんし。」


しゆきははっとした。自分の腫れた目から泣いたことがバレたのだろう。それをわかった上での気遣ったことばに、心が温かくなった。


「ありがとう…ございます。」


しゆきがそういうと、禿3人が近づいてきた。


「しゆきちゃん、なんさいでありんすか?」

もみじが最初に口を開いた。


「9つになります。」


「なら、わたしと同い年だね!もみじは7歳で、あかね姐さんは12歳になるんだよ!」


「こら、みすず、言葉を直しなんし。」


「あっ!ごめんなんし、花里姐さん…。」


「ふふ、気をつけなんし。」


仲睦まじい会話に、しゆきは笑顔になった。

さっきまでは家に帰りたいとばかり思っていたが、今ではここも悪くないなと感じている。それに、もみじは自分より2つもしたの7つで、もっと辛く感じるはずなのだ。自分だけくよくよしていられない。


ここで、上手くやっていこう。まだ仕組みは分からないし、不安もあるけど、優しい喜瀬川姐さんとこの人達がいればきっと大丈夫だ。しゆきはそう強く思った。


「姐さんたち、みすずちゃんにもみじちゃん。これからどうぞよろしゅうお願いします。何もわからないのでいろいろおしえてください。」


「もちろんでありんす!なんでも頼ってくんなんし。」


そう声を揃えて、6人は返してくれた。それも、とびきりの優しい笑顔で。







こうして、家族の元を離れたしゆきには、自分が信頼出来る新しい姉妹が出来た。

これから何が起こるかなんて誰にも分からない。けれど、自分は1人じゃないのだ。





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