人形を愛する者
どんっとぶつかったのは、偶然だった。
「あっ、ゴメンなさい」
マカは素直にすぐに詫びた。
「いえ、こちらこそすみません。マカ先輩」
名前を呼ばれ、改めて相手の顔を見た。
「アラ、あなたは確かミナと同じ部活の…」
「はい。手芸部の現在の副部長をしています」
高校三年になった今、引退はしたものの、ミナはかつて手芸部の副部長を務めていた。
そして引退間際、後輩の彼女に副部長の座を譲り渡したのだ。
「ぶつかってゴメンね。ちょっと受験のことで頭悩ませていたの」
「わたしの方こそ、気が散っていたんです。今度、手作りのアンティークドールを競う大会がありまして、そのことでぼ~っとしていたんです」
そう言って彼女は持っていた本をマカに見せた。
アンティークドールの作り方を載せた特集本で、思わずマカの表情が強張った。
「しゅっ手芸部ってそこまでやるの?」
「流石にここまでやっているのは、わたしぐらいなものですよ」
アハハと彼女は苦笑した。
「わたし、元から人形作りが趣味だったんです。綿をつめた人形から、木彫りとかまで。それで一応手芸部に」
手芸部は布を使った人形作りをしていた。
マカはミナに、二人の姿を模した小さな人形を貰った記憶があったので、覚えていたのだ。
「そっそう。じゃあお互い様ってことで」
「はい、これから気を付けることにします」
あまり譲り合っているのもおかしいので、区切りをつけることにした。
「あっ、マカ先輩は人形に興味ありますか?」
「うっう~ん。古い人形は昔から見ているけどね」
しかしマカの見てきた人形は、大抵動いたりしゃべったりする、普通の人形ではまずない。
そのことを思い出し、マカの笑みが僅かに引きつる。
「そうなんですか。実はミナ先輩にご相談したいことがありまして…」
「ミナに?」
それと自分と何が関係あるのだろうかと、マカは首を傾げる。
「はい。さっき言った大会に出す人形について、ミナ先輩のご意見を聞いておきたくて…。それにマカ先輩は審美眼が素晴らしいと評判なので、ぜひともお二人にわたしの人形を見てもらいたくて」
「審美眼ってほどじゃないけど…」
昔から良い物を見て育ってきているせいか、マカは見る目が自然と養われていたのだ。
そのおかげか美術のセンスも良く、評判も良かった。
「どうでしょう? 今度のお休みの日に、お二人でウチに来てもらえませんか?」
「う~ん…。とりあえずミナに相談してから、答えるわ」
「そうですか。じゃあお返事、待っていますね」
「って言われたんだけど…」
「お人形かぁ。あのコの作る人形って、本格的なんだよねぇ」
2人は向かい合いながら、問題集にシャープペンを走らせていた。
「コンクールとかでかなり入賞しているみたい。入部当時は大人しいコだったんだけど、入賞が自信につながったみたいで、今は結構積極的になったんだよねぇ」
「ふ~ん。それでどうする? 行く?」
「マカは行っても良いと思う?」
「まあ別に人形は嫌いじゃないしね。女子高校生がどういう人形を作るのか、興味はあるけど」
「じゃあ行こうか。あのコの家、何度か行ったことあるし」
「そだね。じゃあお土産を帰りに物色しに行こうか」
「じゃあ駅前のデパートに行こうよ。スイーツ祭りやっているからさ♪」
「はいはい。っと、時間よ、ミナ」
「はーい」
問題集に向かい続けて十分後、二人は手を止めた。
「あ~。あたしは最後の二問解けなかったぁ」
「私は一応全部埋められたわ。…けど二問間違えた。やっぱりしゃべりながらは気が散るわね」
マカは頭をボリボリかき、問題集を閉じた。
「とりあえず、あのコへの返事は任せていい?」
「良いよぉ。ケータイの電話番号もメルアドも知ってるから」
ミナは笑顔で自分のケータイ電話を取り出した。
そして早速メールを打ち始めるミナを見ながら、マカはふと眼を細めた。
「アンティークドール、か…」




