情報提供者
07 情報提供者
ロジェ伯爵領の中心都市、サンロジに到着したルーエイとフィンク。
サンロジは城壁で囲まれた城塞都市なのだが、その入城は意外なほど簡単で、荷物の手短なチェックだけですんなり
許可された。
城門には守衛の武装番兵がいるにも関わらずである。
一体、お前等は何を任務としているのかと聞きたくなるくらい、なおざりな対応だった。
「なんか、いい加減な門番だな」
「もっと厳重なのかと思ってたのに、あっさり過ぎて拍子抜けだったね」
「真面目にやる気あんのか、あいつ等」
「あんたが言うか」
「ずーっとイカの干物かじってるヤツに言われたかねえや」
「フォーシュのお土産、美味しいよ」
サンロジは、少し内陸部にあるため直接海には接していない。
町の中心部にシンボリックな広場があり、そこを起点にして放射状に大通りが走り、同心円状の環状路が繋ぐという、
古い都市によく見られる基本構造を持っている。
中央広場の前には、巨大な庭園と共に領主ロジェ伯爵の居城が聳え、広場を挟んで対面に大聖堂が建つ。
二人は、城門付近の旅籠に部屋を取った後、少し街中をぶらついてみた。
大きな町ゆえ、一見して華やいで活気に満ちているようではあるが、一歩裏道に入ると、陽が当たらぬそこは空気が
澱み、湿っぽくて人気も疎らになる。
ただし、今は以前フィンクに入城を断念させた異様な雰囲気は全く感じない。
「実際入ってみると案外広いんだな。
城塞って言うから、俺はもっとこぢんまりしてんのかと思ってた」
「昔は小さかったんでしょ。
その後、人口が増えたから新たに城壁を作った。
このまま中心へ進んで行けば、以前の古い城壁にぶつかるはずだよ、きっと」
「で、これからどうすんだ?
観光なんてまどろっこしい事する気なんかねえぞ。
それに、昼間っから悪魔探したって見つかりっこねえだろうしな」
「へえー、あんたの目でも探せないの?」
「疲れるからやだ。
奴等がギラつくのは夜だからな、そしたらお前でもすぐ分かるだろ」
「まあ、悪魔なんか探さないけどね。
まずは、この町の実体がどうなってるのか知らないと」
「実体ねぇ〜・・、どうやって調べんだよ。
一軒一軒回って景気はどうでっか〜って聞くのか?」
「やってみてよ」
「嫌だね、面倒臭え。
そういうのはお前がやれ」
「面倒臭いのは同感、時間がかかり過ぎるもん。
情報提供者がいるから、コンタクトしてみましょ」
「なんだ、そんな便利な奴がいるんならもっと早く言えよ。
どこにいるんだ、そいつは」
「分かんない。
あたしだってこの町に入るの初めてなのよ。
住所は分かってるから、探してみよう」
「そんな面倒臭いの悪魔に探させろ」
「ダメみたい。
ここでエイルニルスが動くと、すぐ敵に知られちゃうから」
「なんだ役立たずだな、口先だけは一丁前なくせに」
☆
街の石畳の上をとぼとぼと歩く二人。
「その、情報提供者って誰なんだ」
「名前はメグルール。
中央政府財務局から派遣された臨時駐在員なんだって」
「役人か・・。
だったら、その役所行けばいいじゃねえか」
「それはまずいかも。
役所に直接顔を出したら周囲から怪しまれちゃうよ。
向こうの立場も考えなくちゃ」
およそ一時間後、とある街区の林立するアパート群の中に、メグルールが住むと思われる一棟を見つけた。
今の時間は仕事中で留守なんだろうと思いつつ、部屋のドアをノックしてみると、少し開いて、一人の小柄な少年が
チラリと顔を覗かせた。
ちょっと薄汚れた着衣で、そこそこ立派なこのアパートの住人と見るには無理がある。
まさか、これが情報提供者なのか?
いやいや、政府の役人が子供であるはずがない。
フィンクが声をかけてみる。
「あれ?、ここはメグルールって人の部屋だと思ったんだけど」
少年は、ボソッと答える。
「もういないよ」
「いない?
なんで?、引っ越したの?」
「死んだんだ」
「死んだ?、いつ?」
「今日でちょうど20日になる」
20日前といえば、フィンクがサンロジの周辺の町や村を調査していた頃であり、ルーエイがロジェ伯爵領の対岸の
町ボーデに到着した前後に当たる。
唯一の手がかりの消滅に落胆する気持ちを隠し、フィンクは続けて質問する。
「その死んだ人の部屋で何やってんのよ、あんたは」
「あんた達こそ誰だ」
怪訝そうな顔で二人を交互に見返す少年。
前触れもなく突然訪ねてきた見知らぬ男女を怪しむのはむべなるも、いるはずの人がおらず、いないはずの人がいる
というのもまた不可思議だ。
この少年は一体何者か。
そこで、フィンクは一思案した。
「シトルーユ・・・、バストラング・・・」
彼女が口にした聞き慣れない単語は、横で聞くルーエイには全く理解出来ないものだった。
何かのまじないか暗号だろうか。
ところが、少年がそれに追随した。
「エスブルフューズ・・・、ド・サンソワン」
シトルーユ・バストラング・エスブルフューズ・ド・サンソワン。
それこそが、サンソワン侯爵のフルネームであり、地方都市の、それもこんな見てくれの悪い一少年如きが知る由の
ない、超高貴なお方の名前なのである。
これで、お互いに無関係ではないのだと理解する。
少年はドアを開け、フィンク達を招き入れた。
「あたしはフィンク、この男はルーエイよ」
「俺はフリーケ」
「ねえフリーケ、なんであんたはメグルールさんの部屋にいるの?」
「だって、俺はメグルールさんの下で働いてたんだ。
今日は部屋の後片付けに来た」
「働いてた?
何やってたの?」
「職場で、手紙や書類を運んだり・・、調べ物の手伝いをしたり」
「歳はいくつ?」
「13」
「手伝いをしてたってわりには、この辺りに住んでるようには見えないけど」
「俺の家は外側にある」
思った通り、フリーケはサンロジ市民ではなく、市民権を持たない城壁の外のスラムの住人だった。
城壁外の人がその内側で職業に就くのは、大人でもなかなか難しい。
せいぜい、建物や城壁、道路の補修といった土木作業や、商人の荷物運びのような日雇い労働が関の山だ。
彼は、メグルールから与えられたという、城門をチェックなしで通れるフリーパスを持っていた。
これは、スラムの住人としては格別の優遇措置と言っていいだろう。
「どうやってメグルールさんと知り合ったの?」
「仲間と、城門の前にいる時に出会った。
いつもみたいに、商人が荷物運びの仕事をくれるのを待ってたら声をかけられた。
子供なのに大変だなって。
だから、子供だからってバカにすんなって言ってやったよ。
何度か会ってるうちに、手紙を届ける仕事をさせてくれるようになった。
それからは、毎日決まった時間に役所に来るようにって言われて、色々な仕事を手伝うようになった」
「メグルールさんって、どんな人だったの?」
「あんた達、知り合いじゃないのか?
王都から来たんだろ」
「王都の住人がみんな友達な訳ないでしょ。
この町の何倍も人が住んでんのよ
善人も悪人も引っくるめてね」
「メグルールさんは、市民じゃない俺みたいな子供にも仕事をくれて、給料の他に時々小遣いもくれたんだ。
悪い人のはずがない。
役所でも、若いのによく気が付くしよく働くってみんな褒めてた」
「そうね、きっといい人だったのね。
じゃあ、そんないい人がなんで死んだの?」
「分からない。
前の日まで元気だった」
「ふーん、突然死か・・・」
フィンクは、メグルールの死について、自分がサンロジの周辺調査で得た情報と何か類似する点はないかと考えた。
その思案に暮れる姿を見て、フリーケは、メグルールの死亡当日の様子を語り始めた。
「いつもみたいに役所に顔を出したら、職場のみんながメグルールさんが来ないって話してて。
で、家に行って見てこいって役所の人が俺に言って・・・、で、俺が見つけたんだ。
ベッドで・・・寝てるのかと思ったら、息してなかった」
「メグルールさんは一人で住んでたの?」
「うん」
「なら、ドアには鍵がかかってたはずだよね」
「窓から入った。
窓は開いてたから」
「第一発見者か・・・、疑われなかったの?」
「疑われたさ。
でも、メグルールさんには傷一つ付いてなかったし、部屋の中の物も金も残ってたから、俺が殺す理由がないって
誰でもすぐ分かる。
他の誰よりも俺の事を信用してくれた恩人なんだ。
殺すなんて誰が考える。
なんで、自分から進んで無職に戻る道を選ぶんだ」
「刺し傷も斬り傷もなし?」
「なんにもない。
検分した医者がそう言った」
フィンクの得ていた情報では、メグルールはまだ二十代の若さだったので、自然死はあり得ない。
長期出張が可能な健康状態でもあったはずで、それに加えて外傷がないとなれば、疑われるのは突発性の疾患か。
もしくは毒殺、呪殺という、より物騒な言葉が脳裏を過ぎるが、遺体が王都へ帰還の後、埋葬されてしまった今では、
それを確認するのは不可能だ。
フリーケは、知人でもないフィンクがメグルールを訪ねてきた事に疑問を抱いた。
「あんた達は何しにきたのさ。
メグルールさんの荷物を取りにきた人かと思ったら、そうでもなさそうだし」
「ちょっと聞きたい事があったんだけど・・・、まさか死んでたとはね。
これじゃ、情報どころじゃないな」
「仕事関係の書類は、職場の人達が持って行ったよ。
俺は、残った中から家族に返す物を選ばなきゃならない。
週明けにはこの部屋を大家に明け渡すから、それまでに済ませろって言われてる」
「財務局の仕事とはちょっと関係ないかな。
でもまあ、これも何かの縁だからあたし達も手伝うよ。
ルーエイも・・、ちょっとそんな所でつっ立ってないで、さっさと始める」
「え〜、面倒臭えな〜。
もう死んじまった奴なんか放っとこうぜ。
死人に口無しだ、今更何も分かりっこねえさ」
「文句言わない」
☆
メグルールの部屋は、死亡当時のまま残されているようで、財務局の職員達が書類を物色したであろう痕跡を除けば、
比較的整然と整理されている。
臨時派遣された彼の私物は元から少なかった。
衣服など全てを詰め込んでも、旅行鞄一つ分程度だろうか。
フリーケは、遺族に渡す物として日記や愛用の筆記用具などをそこに入れつつ、出来れば自分も記念に何かを手元に
残しておきたいと考え、テーブルの上にあったマグカップを手に取った。
「これ、もらってもいいかな・・」
その様子を見ていたルーエイは、床に座ったままで、やる気なさげに手の届く範囲に散らばる紙片を拾い集めながら、
ぞんざいに言葉を投げた。
「持ってけ持ってけ。
そんなもん遺品だって渡されても家族が困るだけだ」
そこに、先程フィンクと交わした奇妙な、彼は奇妙と思った、遣り取りについてつけ加えた。
「それよりお前、なんでさっきの暗号が分かった」
「暗号じゃない。
あれは侯爵の名前だ、あんたは知らないのか?」
「知るか。
貴族の長ったらしい名前なんかどうだっていいだろ」
「メグルールさんが教えてくれた。
きっと何かの役に立つから、名前くらいは憶えておいて損はないって。
メグルールさんは役所の仕事の他に、侯爵から頼まれた別の用事もあるんだって言ってたよ」
「良かったわね、憶えておいて。
ちゃんと役に立った」
フィンクは、設えの机の引き出しを順次開け、遺留物がないか確認していく中で、数枚のメモを見つけた。
「あ、あった・・・、これだ」
彼女が手にしたメモには、日付と土地、人物の名前が、十数行に渡って箇条書きに列挙されていた。
これが探し物だったのか。
彼女は、それが自分達の任務と関係ありそうだと漠然と見込んだに過ぎず、どの程度重要なのかまでは考えていない。
「それ、俺が調べてメグルールさんに教えたやつだ」
メモを覗いたフリーケが言う。
彼によれば、メモに記載のリストは、この近隣でここ一年以内に死亡した聖職者達の名前なのだと言う。
フィンクの独自調査とも合致しているが、その数はリストの方が見るからに多い。
しかも、中には司祭が4人に加え、司教の名まである。
さすがに、地元民の調査は、余所者よりも不審がられないからか、充実していて正確だ。
リストを見てフィンクが驚く。
「え?、これ、司教も死んでるって・・、司教ってここら辺の教会で一番偉い人だよね」
サンロジには、この地方一帯の全ての教会を統括する司教座大聖堂がある。
そこの司教が、およそ半年前に病死した。
それも急死だったせいで、教会側も対応に手間取っているようで、後任はまだ決まっておらず、司教座は空席のまま
なのだそうだ。
メグルールがサンロジに赴任するより少し前の話になる。
「死亡者リストって割りには、肝心の死因が書いてないわね」
「書く必要なんかない。
自殺した一人以外は全員病死だから」
「みんな病死って、なんか変だと思わない?
メグルールさんはなんでこれをあんたに調べさせたのか、聞いてる?」
「メグルールさんは、この町の風紀が乱れてるって気にしてた。
酒場は儲かって笑いが止まらないだろうが、犯罪の横行は目に余るって話してたよ。
酔っ払いの喧嘩はいつもの事だけど、泥棒なんかは確かに増えてたから。
だから、司教が死んだせいじゃないかって俺が言ったんだ。
町の人達もそう噂してるって。
そしたら、調べてくれないかって頼まれて。
その結果がその紙さ。
それを教えて何日かした後、メグルールさんは、もうすぐ決定的な情報が手に入るって言ってたっけな。
なんの事か俺には分からなかったけど、原因が分かれば治安が良くなる日も遠くないから心配しなくていいぞって
話してくれたよ」
「あんたも治安が悪いと思う?」
「まあ・・・。
俺も、夜中に森の中で騒いでる輩がいるから、絶対に関わっちゃいけないって親に言われた事がある」
死亡したのは聖職者だけではない。
二枚目のメモにも、同様に人物名のリストがあった。
伯爵領内の政務に携わる役人の死亡者達だそうで、数はそれほど多くない。
ここで注目すべきは、その末行にロジェ伯爵の親戚筋に当たる人物の名が記載されている事だ。
半島の南端部、岬地方の郷士との事だが、病死と発表されたという。
これらリストの死者達が、全て何某かに関連しているという確証はない。
しかしながら、こうも短期間に立場ある者達が連続して世を去るというのは、偶然と呼ぶには不自然過ぎる。
更には、そのほとんど全てが、一様に病死として処理されているのも腑に落ちない。
悪魔の呪いか、誰かが邪教を持ち込んだ可能性が濃厚になる。
というより、フィンクは少しの間違いもなくそのように考えている。
では、なぜ領主のロジェ伯爵は何も対策を取ろうとしていないのか。
その連続死の中に身内までが含まれているというのに、何も知らぬはずはない。
「ロジェ伯爵ってどんな人なのかな?」
「伯爵様はもう随分な爺さんだ。
放っといても葬儀屋の世話になるのはそう遠い話じゃない」
「自分の領主に言いたい放題ね、嫌われてるの?」
「嫌いだっていう人の話はあまり聞かない。
町でもみんないい人だって言ってるし、外側の農民達も、作物の出来が悪い年でも年貢の量を融通して貰えるのは、
領主様が許してくれるからなんだってさ。
俺は会った事はないけど」
老翁に対する領民の評判はすこぶるいいようだ。
フリーケが皮肉めかして茶化すのも、それだけ民衆から慕われている事の証しだろう。
クルトワーズ伯爵家のパラス嬢も類似する評を述べていた事からも、ロジェ老人の人柄に特段の問題は見られない。
「伯爵ってけっこういい人なんだね。
だったら、なんで何もしないのかな?
何か問題でもあるのかな、やっぱり歳のせい?」
「さあね。
興味がないのかも」
「そんなはずはないよ。
教会と役所は領地を治めるには絶対欠かせないから、どこの領主だって常に気を配ってなきゃいけない所だよ。
そこの人達がこれだけ死んでるのに興味がないなんて言ったら、それは領主としては失格だね。
歳なんだったら早く隠居して、領主の座を息子に譲るべきだよ」
領民からも他の貴族からも聞こえのいいロジェ伯爵が、なぜ足元の事件を放置したままでいるのか解せぬフィンクは、
わざと辛辣に伯爵を批判してみせた。
あたかも、それこそが全ての元凶だと言わんばかりに。
フリーケは、フィンクの話を不思議に思いながら聞いた。
どうして、この人はこんなにも熱心に町の事を知りたがるんだろう。
不審な連続死にこうも関心を示すのは、ただの野次馬根性からだけではなさそうだし、何の動機もなしに見せかけの
正義感をひけらかすタイプの人という気もしない。
サンソワン侯爵の関係者ではありそうなので、何か、自分の知り得ぬ情報を握っているのかも知れない。
ふと思った。
「もしかして、メグルールさんが死んだのと関係あんの?」
「あたしはそう思ってるよ」
あっさりと憶測を認めたフィンク。
やはり、何か知っている。
「なんで?、病気じゃないの?」
「違うよ、このリストの人達も全部ね」
「病気じゃないんなら・・・」
「そう、殺された」
「殺された?」
初めて聞くこの意見に、フリーケは目を円くして驚いた。
「メグルールさんは人から恨まれるような事は何もしてないよ。
なんで殺されなきゃならないんだよ。
一体誰が殺すんだよ。
まさか、あんたは犯人が分かってんのか?」
「犯人は悪魔だよ」
「あ、悪魔?」
更に飛び出す衝撃発言。
フリーケは、すぐにはその言葉を信じられない。
連続不審死が実は連続殺人であり、更にその犯人が悪魔なのだと言われても、普通の人なら話が飛躍し過ぎていると
感じて当然だ。
「悪魔って・・、誰かの例えか?」
「違う違う、本物の悪魔そのものよ。
まだ証拠はないけど、十中八九間違いない。
殺された人達は皆、悪魔にとって邪魔者だったからだよ。
悪魔が犯人なら、相手が誰であろうと傷一つ付けずに殺す事が出来るでしょ。
周りからは病死にしか見えない。
その悪魔がどうしてこの町に来たのか、あたし達はそれを調べてんの」
この言葉から、外見上とてもそうは見えないが、この二人は宗教関係者なのかと思った。
「・・・・、あんた等、エクソシストか?」
「あんなゲスなのと一緒にされるなんて心外ね、最低だわ。
あたし達はただ調べるだけ、お祓いなんか出来ないしする気もない」
「調べてどうすんのさ」
「さあね、決めるのはあたし達じゃないから」
「誰?」
「あんたも知ってる偉い人だよ」
ルーエイとフィンク、そしてメグルールの三人は、それぞれがサンソワン侯爵という共通項で繋がっている。
ただし、その密接の度合には差違がある。
メグルールは政府の役人ではあっても数いる若手の一人に過ぎず、サンソワン侯爵ほどの最高級の政府要人と直接の
面識があろうはずもなく、全く無関係な立場でただ自分の仕事に従事していただけだった。
彼が出張先から上司宛てに送付した手紙の内容が、巡り廻って侯爵の目に留まった事が発端となっている。
そこで、本来の仕事とは別に、侯爵から領内の事情をもっと詳しく調べて報告するようにと内密に依頼されたのだ。
その結果としてルーエイとフィンクが調査に乗り出す事になった訳だが、とすれば、二人は侯爵とより緊密な関係に
あるという事になる。
フィンクの読みが正しいとするならば、領内の教会や行政にほとんど関与していないメグルールまでが悪魔の犠牲に
なってしまったという事は、悪魔はメグルールが自分の行動の障害になると判断した事になる。
メグルールが外部と連絡を取り合っていた事も知っているであろうし、領外から何かしらの反応がある事も想定して
いるものとの推測も成り立つ。
一体、どこから悪魔などという突飛な言葉が飛び出すのか、そして、なぜメグルールが死なねばならなかったのか。
フィンクに協力する事でその理由が明らかになるのならばと、フリーケは決心した。
「俺も、手伝うよ」
「やめといた方がいいよ、悪魔に殺されたくないんならね。
情報提供だけしてちょうだい」
「お姉ちゃん達は平気なのか?」
「たぶんね。
いざとなったらルーエイがいるから」
☆
フィンクの思考は、ロジェ伯爵の方へ向かっている。
伯爵自身がこの一連の不審死、つまりは悪魔の暗躍の鍵を握っていると確信しているからだ。
「問題は伯爵ね。
一体何考えてんだろう。
状況から考えて、伯爵自身が悪魔に呪われてるって捉えるのが一番分かり易いんだけど、理由は何だろう。
誰かその辺の事情知らないかなあ」
「こそっと城に乗り込んじまえばいいだろ、そんなの簡単だ」
ルーエイが事もなげに言う。
「それはまだ早いって、相手は悪魔なんだよ。
今こっちの動きを覚られるのは得策じゃない」
フィンクが諭すと、それにフリーケが続いた。
「それに、今お城に行っても伯爵はいないし」
「え?、いないの?、なんで?」
「もう歳だから。
町の外の別荘に引き籠もってるって聞いた」
「誰から?」
「先週、お城の出入り業者の下請けの家具屋でもらった仕事をしてる時、そこの職人達が言ってたんだ。
伯爵は少し前から体調が良くないらしくて、だから治療を兼ねた静養のために別荘の方で暮らしてるらしいって」
「じゃあ、政務は誰が?」
「孫だってさ」
「孫?、息子じゃないの?」
「息子はもう5年も前に死んでるよ。
たしか41歳だったはず。
馬に乗ってた時に落っこちて頭を打ったとか聞いた。
大々的な葬式だったから俺も少し憶えてる」
「へぇ〜、そうなんだ・・・」
孫が領の政務全般を取り仕切っているというのは予想外の情報だ。
フィンクはそこに関心を寄せた。
「少し前っていつから?」
「もう一ヶ月以上になるって言ってたっけな」
「体調が良くないって、どう悪いのかな」
「年寄りなんだから、あちこちガタがきてて当然だろ」
フリーケの言うように、加齢による体力減退は否定出来ないにしろ、フィンクの予想した伯爵自身も呪われていると
いう説も現実味を帯びてきた。
一方で、ルーエイは別のところに着目する。
「一ヶ月くらい前っていうと、隣りの伯爵を呼んでパーティーかなんかやった頃じゃねえのかな」
「ああ、あんたの仲間達の旅の原点ね」
「仲間じゃねえ。
俺が直接お前と接触すると怪しまれるから、お嬢様の里帰りに便乗しろって言われただけだ」
「なるほど、それであんなまどろっこしい事してた訳か」
「そういうこった。
好き好んでやってたんじゃねえよ」
ルーエイがパラス嬢の旅に同行したのは、自分の行動を素性の知れぬ敵に覚られないための偽装工作だった。
納得したフィンクは、続けてロジェ伯爵家の内情をフリーケに聞いた。
「その孫が跡取りになるのかな?
伯爵の奥さんとか、息子の奥さんとかいるでしょ」
「伯爵夫人はだいぶ前に病気で死んだらしいし、息子の方は・・離縁したんだっけかな、よく知らないけど」
「で、世継ぎは孫一人・・・」
「孫のヴァレフォールは22歳で、これがとんだ道楽者なんだってさ。
相当な遊び好きで酒好きで女好きだとかって。
俺でも知ってるくらい有名な事なんだから、町の人はみんな知ってるんだろ。
その孫が後を継いだらこの領地はどうなるんだって、みんな噂してるよ。
とてもじゃないけど、今まで通りって訳にはいかないだろうなって。
そんなのを跡取りにしなきゃならないのが分かってたら、誰だって頭を抱えちゃうだろ」
「じゃあ、ちゃんと仕事出来てないの?」
「どうだろう、そんなの分かんないよ、俺には」
「他の候補はいないの?、親戚とか」
「さあね」
話に飽きてきたルーエイが、フィンクの意思を確認する。
「他にいたところで、その孫は絶対に譲らねえだろな。
道楽者ってのはそんなもんだ、せっかく楽して暮らせるのに誰がその権利を放棄するかよ」
「そっか、継承順位とかもあるんだろうしね」
「で、その孫が事件に関係してるとでも思ってんのか、お前。
まだ一ヶ月そこそこじゃ、時期的にずれがあるんだが」
「それはまだ分かんない。
どっちにしても、今すぐには手は出せないかな。
もっと情報収集しなきゃいけないし・・・、少し様子見ね」
☆
フリーケと別れて宿へ帰る道すがら、フィンクは、一連の事象を総合して、調査の対象は伯爵とその孫に絞られると
考えた。
二人のうちのどちらか、あるいは両者が悪魔に取り憑かれているかどうかを確認せねばならない。
「ロジェ伯爵領内で不穏な動きがあるから調査するようにって言われて来たんだけど、伯爵が疑惑の中心になるとは
思ってなかったな」
「そうだな、ただのバカ貴族に天誅するなら俺達の出番はねえはずだしな。
そういうのを専門にする影の組織もあるらしいって言うし」
「物騒な話ね」
「で、このまま黙って様子見って、それでいいのかお前。
俺はちっとも構わんけど、呑気にしてたらまた死人が出るぜ」
「まさか、そんな訳ないでしょ。
あそこでどうこうするって言うのを聞いたら、フリーケがじっとしてないと思ったからよ。
あの子を巻き込む訳にはいかないもん」
「じゃ、どっちにする?」
「あんたは?」
「俺は孫がいい。
そっちの方が焦臭い気がする」
「分かった。
じゃあ、あたしは伯爵の方ね。
いい?、勝手な真似はしないでよね。
とにかく情報収集が優先だから、余計な手出しは無用だよ。
明日になったら始めましょ」
こうして、フィンクは伯爵を、そしてルーエイは孫を、それぞれ潜入して偵察する事を決めた。
続