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医療用 ロボット・プロジェクト

 無知の知を説いたのはギリシャの哲学者・ソクラテスだ。

人間はどこまで学び、考えたとしてもそんな物はごく僅かで、知らない事の方が多い。

己の無知を知る者は、自分を博学と吹聴する者よりずっと知識が深い。という意味だろう。


 だが、人間の世界では、少なくとも自分がプロであると宣言する分野においては、何でも知っていると相手に信じ込ませないといけない商売がある。

 宗教家や教師、医師などだ。

「私が言う以上、間違いがない」と断言する事は、それがプラシーボ効果を狙ったものなら良いが、時に浅学なるがゆえの思い込みで、人を誤った道に導く者が出るのは問題だ。


 東大阪で産業用ロボット部品を作る、吾妻加工(株)の社長・吾妻和豊(63)のかかりつけ医師もそんな人だった。

 数日前からカラオケに行っても痛くて歌えない等、喉の異常を感じていた吾妻は、もしや癌ではという恐れを抱いて、駅前のかかりつけ医に診察をしてもらった。


「こらあ、なんてことない風邪やな」

 医師はそう言って、うがい薬と解熱鎮痛薬を処方した。正直、吾妻はそれを聞いてホッとし、家に帰って薬を飲み、しばらく安静にしていたが二三日経っても症状は良くならなかった。


「◯X医院は、前からヤブや言うてますがな。悪い事は言えへんから評判のええ△◇医院に行きなはれ」

吾妻は妻に言わるまま、別の医師にかかったところ、今度は

「こらあ、急性喉頭蓋炎言うやっちゃ。要するに甲状腺に炎症が起きとるちゅうこっちゃ」と診断され、抗菌薬とステロイド薬を投与された。

「これできっとすぐに治るでえ」

妻は断言したが、痛みは増すばかりだった。


「こらあかん。俺の病気はもっと悪いに違いない。やっぱり、癌やなかろうか」

もはや大病院へ行って徹底的に診てもらうしか無いと考えた吾妻は覚悟を決め、紹介状を持たずに、名医と評判が高い和田医師のいる大学病院を尋ね、これまでの経緯を述べた後、生検等を依頼しようとしたが、和田医師は、

「これはもしかすると、原因が喉やのうて、心臓にあるんやないか?」と言い出した。


「そんなアホな・・・」

と思いつつも心電図を取ると明らかな異常が示された。

 和田医師は、「心臓の痛みは横隔神経を通じて脳に届く際に、脳が錯覚を起こして、喉の痛みやと思い込む事があるんや」と言った。

結局、吾妻はカテーテル手術を施されて回復。喉の痛みも嘘のように消えた。


「良かったですね。もうちょっと遅れとったら、心停止してたかもしれませんで」

「本当にまあ、お父ちゃん良かったねえ。先生、ありがとうございました」

 妻は何度も和田医師に頭を下げたが、吾妻には割り切れないものが残った。


 日本の医療制度では病気にかかった者はまず、規模の小さな病院か町の診療所で診察を受けることになっている。そこで治せないような重病が見つかると、初めて大病院を紹介される仕組みになっているのだ。

 何故、そうなっているのかと言えば、重篤な患者が速やかに大病院で治療を受けられるようにする為だ。



「それは俺にも分かるんや。けどなあ、今回みたいに専門外の知識が不足しとって、誤診をされたら、患者はたまったもんやないで」

 吾妻はいきつけのスナックでママを相手に愚痴を言った。

「どうしようもないがな。健康に気いつけたらええんや」

「ほな、酒も控えなアカンな。店にもあんまり来られへんようになるなあ」

「そんなん言わんといてえな。ちょっとお酒飲むんは逆にストレス解消にええねんで」

 ママは吾妻のコップにビールをついだ。


「テレビで言うとったんやけど、アメリでは、家庭医ていう制度が定着して、初診を担当する地域の医者は自分の専門分野だけやのうて、診療科をまたぐ知識を身に付けとるそうや」

「何の話やそら?」

「アメリカは大きいよって、専門医制度を取れんていう事情もあったんやろうけど、その方が良かったんやなあ。だいたい患者は素人やから、病気の原因がどこにあるんか分かれへん。ママかてこの間、大腸がんになったかもしれんて騒いどったけど、痔やいうて肛門科に回されたやろ」

「誰から聞いたんやそれは!」

「要するに、内科に行くべきか、循環器科か、それとも精神病院へ行ったらええんか、そんなもん、分からんちゅうこっちゃ。それやったら」

「諦めて死ぬんかいな」

「ちゃうわい! あらゆる知識を持った、スーパードクターが必要やて言うんや」

 吾妻は立ち上がってそう叫んだ。

「そんなもん、あんたが言うてもどうにもならんがな」

ママの言うとおり、それは厚労省の担当分野で、号令をかけるのは政治家だった。

「そらそやな」と、吾妻も椅子に座り直したが・・・、


考えてみると、吾妻の家業は産業用ロボットの部品メーカーだった。

「それやったら、スーパードクターを俺が作ったろうやんけ!」

吾妻は宣言し、「つけっ!」と言って自宅に戻ると、さっそく設計図を書き始めた


が、よくよく考えると吾妻がやろうとしているロボット医師で重要なのはAI(人工知能)であり、その入れ物であるロボット等はさほど重要ではないことに気づいた。

「あかん。AIはさっぱり分からん・・・」


 これがもし他の地域であれば、そこで諦めたかもしれない。しかし、吾妻のいる東大阪は中小企業の経営者が集まって、国家もしくは巨大企業でしか作れない人工衛星を自作してしまうという土地柄だった。

 吾妻は翌週の親睦会で、皆が酒に酔ったところでスーパー・ドクター・ロボット構想をぶち上げた。

「おもろい! やったろうやないか」

 ベロベロに酔った小松沢金属の社長が賛同した。

「ウチも混ぜんかい」「俺んとこも乗った!」

 殆どのメンバーが賛同し、帰ってから妻に報告して「アホかいな!」と怒られた。


 ともあれ、誰もが子供のように熱中し、ツテを頼って大学のAI研究室も巻きこみ、プロジェクトは動き出したが、そんな活動がテレビで流されると途端にストップがかかった。


 本来は一番協力して欲しかった、医師会と厚労省だった。


「そらまあ、考えてみたら当たり前やわな。最近は囲碁でも将棋でもプロがAIに勝たれへんのやから、そんなもんができたら連中は商売あがったりやで」

 と、大松電装機器の三代目が言えば、


「この間も駅前のヤブに行ったら、『アンタもくだらん物に首突っ込んどるらしいな。そんなやつはワシんとこへ来んな。塩でも飲んどれ!』て、言われてしもたわ」

と、園村産業の婿養子が力なく笑った。


「ウチの親会社は、『医療分野が売上の半分以上を占めとるから、お前とこと契約しとるとマズイ』て脅されてしもたわ。せやから悪いけどウチは降りるわ」

 メンバーの大部分が弱気になったが、


ここで戦略の変更を提案したのが、小松沢金属の社長だった。

「ロボットはアフリカ向けや言うたらええんや。アフリカは医師も足らんし、衛生環境も悪い。エボラなんかが流行っとる時は欧米のボランティアも現地に行きたないんやないか? そんな場所で活躍するロボットであって、優秀な日本の医療環境で使うもんやないて言うたらええやないけ」

「せやけど、それは最初の目的やないやないか!」

 吾妻が噛み付いた。


「なんでもええんや。このまま厚労省が協力してくれへんかったら、AI研究しとる大学も降りよる。アフリカが目的やて言うたら、人道上も反対されへんやんけ。それにな、連中も本当は分かっとるはずや。日本がこの研究を辞めたかて、よその国が先行するだけやてな。だいたい囲碁のAIかて、その最終目的が医療用やいうのは、誰でも知っとる事やないけ」

 小松沢金属・社長の意見はなかなか説得力があった。この発言によって、


「週間秋冬が医師会の圧力を取材しとったから、そんな風に説明するわ」

 大松電装機器の三代目が宣言した。

こうして吾妻達のプロジェクトは再び動き出し、NHKでも『面白い試み』と話題にされるようになった。

しかし、この話がアルジャジーラTVによって世界に配信されると、別の問題が持ち上がってきた。


「えらいこっちゃ。スェーデン・カロリンスカ大学の偉い先生が引き抜かれた!」

 日本がこの分野の研究を始めたことを知ると、中国の国営企業やイギリスの研究所が名医と呼ばれる人達の囲い込みを始めたのだ。

診察用のAIは、名だたる医師の診察手順をアーキテクチャー化してプログラムに組み込む事によって成り立っている。

だが、医療もビジネスである為、ライバル達は特殊な疾病の推察方法を持つ医師の手順に、特許のような形で指導費を支払う契約をしていたのだ。

 無論、東大阪の町工場の予算で対抗できるものではなかった。


 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。名医の引き抜きがネットで話題になると、

「私はもう現役は退いているが、多少なりともお役に立てるなら協力させてもらおう」

 と申し出てくれた医師がいた。かってNHKのドクターGに出演し、同業の視聴者をも唸らせた名医だった。

 これをきっかけに続々とこのプロジェクトに参加してくれる医師も増えた。

 駅前のヤブ医師までが、「こうなったらワシも協力したろうやないか!」と申し出てくれたが、これは小松沢金属の社長が丁重にお断りした。


 AIのプログラミングが順調に進む中、吾妻達のロボット本体の組み立ても佳境に入った。

 残念ながら今回は二足歩行は諦め、どこかの電話会社のペッ◯ー君のように車輪になったが、手は6本でそれぞれに注射やメスをもたせることもできる。吾妻は阿修羅みたいやなと思ったが、大松電装機器の三代目は「ノース2号かいな」と、マニアックな事を言った。


「診察手順のプログラミングはまだしばらくかかるんですが、駆動系のテストをお願いします」と研究所の学生が言ってきたので、β版ソフトをインストールすると、それまで首をうなだれていたロボットがシャキーンと胸を張り、「ドウ ナサイマシタカ?」と言うではないか。


 吾妻達は小躍りして、どこかに病人はいないかと探すと「今朝から、ちょっと鼻水が出るねんけど、あんたらの為に、ジュースの差し入れ持って来たったで」という、スナックのママを見つけ、ロボットの前に立たせた。

「おい、診察させたら医療法違反やで」

「診察ちゃうがな、駆動検査や」


 ロボットはセンサーのついた指をママの鼻に押し入れると、何やら計算をしだし、診察を下した。

「前立腺炎デスネ。セルニルトン ヲ ショホウ シマショウ」

「エ~、ママは男やったんかい!」

「ちゃうわい、このポンコツ・ロボット!」

 ママはロボットの頭を思いっきり叩いた。


 どうやら、開発の道はまだまだ遠そうだった。



   ( おしまい )


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