ナイラ
訂正しました。
”私”はその日、金髪の女子生徒と仲良く寮に戻ろうとしていた。
「恋の色に染まった瞳のレディ。君はなんて美しいんだ」
ストロー君だ。
口説き文句がワンパターン。総評0点。
「瞳の色は元からです。名は……わざわざ教える必要はありません」
金髪少女は不快そうに眉を寄せた。ストロー君は笑顔を崩さず私のほうを向いた。
「この子を紹介してくれたら君のこと見逃してやってもいいよ」
それを聞いた”私”は腕を組んで笑ってやった。
「ばっかじゃないの。刑法第何条だったけ、まあいいや。に基づき痴漢を私人逮捕します」
「貴族にそんなこと……」
「学園内なら秘密の花園ですから、警察権が及びにくいですが、外ならそんなの関係ありませんのよ。 それに、”私”に声をかけて無事というわけにはいかないのはあなたが一番良く知っているでしょう?」
私の隣の女の子が鬘を取り払うと銀の髪がさらさらとこぼれた。
アズライト・ベリルシュタインの婚約者。アルミナ・コランダム。
ここ、アニメや漫画なら『でん』って効果音が付くところね。
「なっ?」
かわいそうにわら頭君は驚いた顔のまま、固まってしまった。
ベリルシュタイン伯爵領は宝石加工業に力を入れている。加工で出た宝石クズは長い歴史で培われたベリルシュタインの技術でさらに研磨・ビーズに加工される。
宝石ビーズの最大手取引先はグラス家だけれど、現在そういった宝石は手芸などで、結構人気が出ている。
最初に宝石クズを利用する取引を持ちかけてきたのがグラス家というだけであって、領主の息子の婚約者に手を出されてまで、グラス家に拘る必要はない。
グラス家が一番手を出してはいけない少女が『アルミナ・コランダム』だ。
「そんな」
「私、新聞社の素敵な殿方と知り合いですの。これ」
私がわら頭君に渡したのは被害履歴だ。名前は匿名だが、
『令嬢A 付きまとい八回 脅し五回(内壁ドン三回) 手紙十五回
令嬢B 付きまとい…………』
なんて内容が数枚の紙に書かれている。
わら頭君のせこいところは、伯爵家でも没落していたり、羽振りが悪かったりするーーつまり立場が弱い女生徒を狙って声をかけているところだ。
「壁ドンがなぜ悪いのだ」
はあー。そこからか。
「好きでもないやつにリアルで壁ドンされても怖いだけよ。むしろ大っ嫌いになるわね」
「貴族としても、商売人としてもスキャンダルですわね」
さらさらの銀髪の美少女―アルミナ・コランダムが鬘をもて遊びながらくすくす笑った。
それを合図にライラ(・・・)と一緒に隠れていた、もしく人ごみにまぎれていた警吏……とすごい形相のアズライト様が同時に姿を現した。
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
アズライト様がわら頭君の肩にぽんと手を置いた。
「こ、こんなのでっち上げだ。この女達は勘違いしているんだ。俺に振られた腹いせに俺を陥れようとしているんだ。こいつら呼べよ!」
わら頭君が紙を掲げて怒鳴っているが、重要な取引相手の婚約者に粉をかけた過去は変えられない。
頭が痛くなってきた。
寮の前で無様に叫ぶわら頭くんは明日には学園中の噂になっていることだろう。
「これからはお姉ちゃんがついているわけじゃないんだからこれくらい自分で解決しなさいよ」
茶色の目立たない鬘かつらをはずした妹に私が忠告すると、妹は素直に頷いた。
「……ナイラ、ありがとう」
本当にいつまでたっても変わらないんだから。
と、ため息をこぼすと、別方向からぱちぱちと拍手の音が聞こえた。
「学園のゴミを掃除してくれて助かったよ。でも、本当にそっくりだね」
いつかの夜会で見かけたディアス・ゴーシュだ。
彼は私とライラを交互に見比べた。
学園に在籍している間に第二王子に平民というものを知る機会を与えたいのも、第二王子の味方を増やしたいのもわかるが、このディアス・ゴーシュが変な策をめぐらせなければ、妹への返信に時間がとられることも無かったのだ。
ついつい、いつもの口げんかの調子で手紙を書いてしまう。家だと多少言い過ぎても、翌日には互いにどうでも良くなって普通におしゃべりしているのだが、妹が寮にいる今、翌日には自然に仲直りというわけにはいかない。 おまけに手紙は残そうと思えば、いつまでも残るものだ。
厳しく指摘するところは指摘しつつ、(私に比べて)気弱な妹を傷つけないように言葉を選ぶのは、結構面倒くさい。
「こんな愚図な子と一緒にしないでくれる?」
確かに父は同じだが、双子ではない。
私は、ディアス・ゴーシュを睨んだ。
「それと、人の一番大切なものを傷つけるのでしたら、自分の一番大切なものを傷つけられることも覚悟しておきなさい。ディアス・ゴーシュ様」
作戦を考えた頭でっかちなバカガキにも、一言申したけれど、すでに誰かに説教をかまされた後か、結構凹んでいた。
「ただの歯車に大切なものなどないよ」
ゴーシュ様はただ感情の読めない笑みを返しただけだった。
「あなたはかわいそうね」
表情は変わらないけれど、私の一言でほんの少し瞳の奥がゆれた。
妹から送られてくるしょうもない手紙の端に書かれていたロミジュリ的な恋に一片の同情もしない。
欲しければ手を掴めばいいのだ。
まだ言い足りないけれど、これ以上時間をかけると遅刻してしまう。
「夜会の準備があるからもう帰るわね。制服は後で寮に届けさせるから」
妹にそれだけ告げると、私―ナイラ・タルジュはさっさと家に戻ーろうとして。
「私の大事な妹のピュアハートと身体に傷をつけたら許さないからね」
まだ、隠れているルチル・ベリルシュタインに言い放った。
「お姉ちゃんっ!?」
「ちょっと好みって言っていたでしょ」
「声が、よ! こんな腹黒さん要りません」
妹が真っ赤になって猛抗議するが遅い。
「本人を目の前にして言わなくてもいいじゃないか」
ルチル・ベリルシュタインが頭をかきながら笑い、ディアス・ゴーシュがぷっと吹き出した。
まあ、目の付け所としてはいい方だろう。
婚約者はまだ決まっていないはずだし、ベリルシュタイン家との繋がりを強固にできれば我がタルジュ家は潤うけれど、後一年で彼は卒業してしまう。
恋の戦いに勝つにするにしても、負けるにしても今すぐ舞台に放り込まないと間に合わないのだ。
ナイラ・タルジュ……こっちは妹が「アレ」を追い払った世界ですので。乗っ取ろうとしていた女子高生の知識は残っていますが、精神の主導権は『本来の』ナイラ。
基本の性能ほぼ同じはずなんですが、妹ラブに全振りしたら、こんなんになりました。
ライラ・・・ナイラの妹。『楽勝で~』と基本の性能はほぼ同じ。四歳の熱病事件の時、家族を呼びに行くのではなく、姉の手を握り続けながら、大声で家族を呼んだ。向こうの世界では抑圧されて言いたいことも言えない子だった。
こちらの世界では、姉の影響か、心の中の声は身分の高い人に対しても結構毒舌。たまにぽろっと本音が漏れる。