呼び出し
ちょきちょき。ちょきちょきちょき。
パパがママの髪を切っている。
「本当に無理に短くしなくて良いんだからな」
「髪が長いと私を見てくれないでしょ?」
「うっ」
パパにとってママは特別なんだ。もちろんママにとってもパパは特別だ。
「ちょっとズルをするぞ」
「えっ。自分で――」
ママは途端目を硬くつぶった。
水と風の妖精がパパの呼びかけに答えて、ママの髪を洗い乾かす。
くっくっとパパが笑う。ママは「もう」と怒った。
パパがママに金色のリボンを渡す。
ママはそのリボンで髪の片側だけ結んだ。
短い髪にズボン。男みたいだって陰口叩かれているママのたった一つのおしゃれだ。
「あら、××。もう起きちゃったの」
◇
人の声がする。
~~~
「最初に一言言っておくわ。私、カイ様のこと好きでも嫌いでもないわ」
「「「「は?」」」」
ほわい?
四人同時に目が点になりましたよ。
「……それ言っちゃあまずいことじゃないの?」
いち早く立ち直ったレイス様が尋ねる。
カイ様とはたぶん、今現在カルの偽名で学園に在籍されている第二王子カイル様のことだろう。
「嫌いではないのだからいいのよ。去年起こった事件のことは?」
「僕が説明した」
レイス様がマリー様に答えを返した。
呼び出しの相手をマリー様かその取り巻きと予想をつけたレイス様が昼休みに「切り札になるだろうから」って、去年校内で起きた自殺未遂事件を説明してくれた。
ちなみに王子様は休み時間になった途端どこかに出かけてしまった。
なんでも、第二王子の隣の席になった男爵令嬢が、気を利かせたマリー様の配下に精神的に追い詰められて自殺未遂をしてしまったそうだ。
幸い軽い擦り傷程度だったらしい。のだが、なぜか縁も所縁もないレイス様がその自殺未遂に参加したそうだ。それを聞いたプリムラは青い顔をして「……あの噂って本当だったんだ」って呟き、
「すっきりした思いで自殺して欲しかったから、相談に乗って、犯人の名と罵詈雑言をノートにひたすら書いてもらって、一緒に飛び――」
レイス様が笑顔でそこまで言ったところで、完全に怒ったアルミナが彼にアッパーカットを食らわせる騒ぎになったけれど。
さすがにアッパーカットまではいかないまでも私もどうも胸がムカついてきた。
そこは、止めようよ。何心中未遂しちゃってんの?
「ま、僕のほうが頭を切っちゃって大騒ぎだったんだけど」
当のレイス様は殴られても笑っていた。
レイス家って、あれだ。天才と馬鹿は紙一重ってのだ。
昼休みのアッパーカットをつかの間思い出していたら、マリー様の声で現実に引き戻された。
「別クラスのことですし、興味も関心もなかったで、気づくのが遅れてしまったのです。
ゴーシュ様が『自分の部下ぐらい管理しろ』と怒鳴り込んでくださって事態をやっと把握して……。
悔しくはありますが、他の学校をお勧めすることになってしまいましたの。
昨日は少し慌てていまして、高圧的な態度をとってしまいました」
片膝を曲げつつついでにスカートの両端を摘んで角度45度で頭を下げた。さすがプロ令嬢。お辞儀一つとってもため息が出るほど優雅だ。
私がやったら間違いなく顔面から地面に激突だ。
というか、他の学校をお勧めって……さっきプリムラはそんな大事件を噂でしか聞いていないって……
「いえ、その」
そこは「気にしてません」って明るく返すところでしょ、私。
ぶるぶる震えて言葉が出ない。
意図は勝手に解釈してくれたようだが。
「そう、良かった。ということで、私の配下になりなさい」
いや、もう二度と接触したくないんだけれど……。
慌ててなくてもその言葉遣いが標準装備なのですね。わかりました。
「休み時間の度にあの列に加わるのは……」
おしゃべりか、宿題の追い込みか、睡眠に充てたい。
「もしかしたら、ちょっとした工作活動を頼むかもしれませんが、一部の者たちが群がっているだけです。別に義務ではありません」
ちょっとした工作って、聞かないほうが身のためなのよね。
その工作って、事件のもみ消し工作とか含まれているんですよね?
全力で断らないと。
なんと断ろうかと答えに窮していたら、次は金髪碧眼の男子生徒が現れた。
この学校って無駄に金髪碧眼が多いよね。
人をカテゴライズするのはどうかと思うが、第一印象はあえて言うとさわやか系。
「すまなかった。俺がマリーに頼んだんだ」
人の警戒心を解く柔らかな笑顔と聞いているだけでどきどきする渋甘声。
もう、イエスしか言えません。
「ディアス・ゴーシュ様よ」
こそこそとプリムラが教えてくれる。 その名を聞いて正気に戻った。
二大公爵家、ゴーシュ家の長男。 このまま行けば宰相になるのではと言われている男だ。
もう、退学届出していいですか?
ディアス様はドリルの横に並んで立った。
「王太子のことはどう評価している?」
ディアス様の唐突な問いに私たち四人はそれぞれ顔を見合わせる。
「政務はそこそこおできになるようですが……」
プリムラが、言葉を濁しつつ……いや濁せていない。
社交界の花を次から次へと舞いまくってて個人的な感想は責任取れるならいいんじゃないのとは思うけれど。
……姉とは気が合いそうだが、まあ会うこともないだろう。
「先代王の再来?」
レイス様! そこすぱっと言っちゃあだめなこと。
「君達が、先代右・左の頃の王政をどう捉えているか知らないけれど、次同じことをやらかしたら民衆はだまされてくれない。
隣国では一応変な見本ができちゃったし、本当に革命とか起こってしまうかも。
後は第二王子を担ぎ上げてクーデターとか?」
でも、レイス様は口をつむぐどころか先王の共犯者の孫である二人にずけずけ言ってしまう。
先王の政権末期には、ロセウムより先に革命が起こっていてもおかしくないくらいに国が荒れていたそうだ。
(ちなみにロセウムというのは、三年前市民革命を起こした国だ)
結局、先王は死霊王子に呪われたってことで死霊王子の子孫の疑いのある数十人を殺して終わった。
呪われた王は生涯幽閉された。
その『リセット』の人柱とも言える犠牲者の中には赤ん坊も含まれていたそうだ。
と言っても、私たち一家がこのレペンス王国に来たのは先王が幽閉どころか薨去された後だったので詳しいことは知らないが。
ディアス様は怒るでもなく、レイス様の言葉にわずかに顎を動かした。
……頷いた?
このまま聞くのはまずい。動きたいけれど足に根っこが生えたように動けない。
「俺は愚王に仕えるつもりはないが、悪いがこのままだとスペアも使えない」
市民革命で王族の首をすぱっと共和政がどうのこうの。今周辺諸国では革命の気運が高まっているのだ。別にロセウムがすこぶる良くなったってわけじゃないのに。
「ルチル……会長とも意見は一致している。去年は一年生の生徒会メンバーが半数以上抜けたんだ。それを見かねたルチル会長が、自分でメンバーを見つけられなければ次期会長候補からはずすって」
レイス様が噴き出した。
「王族が生徒会長にすらなれないなんて赤っ恥だ」