アンリの話(6月)
『アンリの話』
アンリはどうしても母の役に立ちたかった。
故国は荒れてしまっている。
母は、この国で同士を集めて、ゆくゆくはアンリとともに帰るつもりだ。
(そのためには僕も少しでも)
義理で、主催者の娘の一人である自分のクラスメイトと躍った。
大人に囲まれはするけれど、彼らは遠巻きにアンリを観察するだけだ。
「あれが・・・」
「フランポワーズ夫人の」
フランポワーズは母の偽名だ。
「ああ、あの」
「小さいのにお可哀想に」
処刑されたロセウムの国王(父)のことだ。
ほとんど会ったことのない父のことを悔やまれても遠い他人事だ。
さざめきの中には嘲笑も含まれているような気がする。
気にしたら負けだ。
そう心ではわかっていても、逃げるように菓子が並べられているテーブルにたどり着いた。
「こんな夜遅く大変ね。眠くない?」
もう十三歳だ。子供扱いしないでほしい。
そう思って、にらみあげたら、夜の女神がいた。
黄昏時の闇に変わった一瞬の空を切り取ったかのような髪と、紫水晶の瞳。鮮やかな蒼のドレス。
十六、七際くらいの女性だ。
「このお菓子おいしかったわよ。おつまみのほうがいいかしら」
「子供扱いするな」
「別に子供扱いしているのではないですよ。私がおいしいと思ったものをおすすめしているだけです」
改まった口調でそう言われるが、
「毒かもしれないだろう」
これでもロセウム王族の一員だ。革命から三年たった今でも、アンリは命を狙われている。
「では、そのクッキーを半分こにしましょう。お好きなように割って、あなたが差し出した方を私が食べるということでよろしいでしょうか。 もし毒でしたら、一緒に死んで差し上げましょう」
女は先に、半分を咀嚼した。
「甘い」
「クッキーばかりでは、喉が乾きましょう。こちらも私が毒味して差し上げましょう」
紅茶は喉が乾きますし、と呟くと彼女はレモン水を一口飲んで、僕に渡した。
「は、破廉恥な。大体お前みたいなおばさんにそんなことされたものを飲むわけないだろう」
「じゃあ、あと五年したら、あなたもおじさんね」
彼女は楽しそうにコロコロと笑った。
彼女が渡した水をからからの喉で飲み干すと、急に眠気に襲われた。
「眠い」
呟くと、女性は母よりずっと優しい手でいざなってくれた。
◆
「少し、仮眠を取っただけです」
目覚めたアンリはライラを睨み付けた。油断した。連れ去られても文句は言えない。
「エントランスのさんさんと輝いたシャンデリアの真下で何をすると言うのです」
最もだ。今も微笑ましそうに老夫婦がこちらを見ている。
「大丈夫です。姉が弟を介抱しているようにしか見えないですよ」
「全然似ていないだろう!」
また他の招待客が微笑ましそうに目を細めているのを見てしまい、咳払いをする。
「まあ、いい。私はアンリだ。一曲踊らないか」
「起きたばかりですし、私、ダンス下手ですよ?」
「私の誘いを断るとはー」
「私は、ライラです」
最後まで言わせずに、彼女は一礼する。なるほどお辞儀さえ、品位に欠ける。さほど身分は高くないのだろう。
カーティーシーのあと、躍りながら彼女が尋ねる。
「あなたも、レペンス学園?」
「中等部」
「じゃあ、また会えるかもね」
ライラの笑みはシャンデリアの光にまばゆく輝いた。
ーこの後、私とライラの運命は交わることはなかった。
この一年後、天涯孤独の身となった私には多くの縁談が舞い込む。
◆
ライラは姉と約束をしていた。とりあえず、エスコート役以外とは別に一人は相手を見つけて踊ること。
かわいい男の子なら、少々失敗しても見逃してくれる・・・かも。
少年の顔色が悪かった。子供が起きているような時間ではない。
ちょっとごねたが、とりあえず、甘いもの、ついで水を飲ませてみた。
頬はうっすら赤みを取り戻していた。
今度はなんだか眠たそうだったので、手を引いてホールのソファーに寝かせた。
申し込みがあったのはびっくりしたが、とりあえず一度だけ踊って別れた。
「ミッションクリアしたし、満喫はできたし、さっさと帰って寝よ」
両手をグーにして掲げ思いっきり背を伸ばしてから私は宣言通りさっさと出口へ向かった。
一応、ルチル様にお礼を言ってから帰ろうかとも思ったけれど、とても人だかりのなかでは見つけられそうになかった。
アンリ・・・隣国の王子さま(庶子)。留学の名目こちらではお母さんの役に立ちたい男の子。
アンリ(楽勝)・・・レペンス王国のウエストレペンスへ母とともに逃亡。難民たちの状況を目の当たりにし、母と考えが離れていく。ロセウム語教師兼ウエストレペンス伯爵の秘書補を務め、難民区と伯爵との架け橋となる。
一瞬で消えたアンリルート。
ベリー夫人はこっちの世界でも、ロセウムに戻ってしまうだろうと。




