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九−2 オープン・ザ・ドア

書き直し+ストーリーを付け加え、長くなりすぎたのでふたつに分けました。

「なんだこれ? いきなり切り替わったんだけど」


「あ。俺のも俺のも。なんの映像だ、これ?」


 地図アプリを立ち上げていたはずのスマートフォンの画面に、突如とつじょとして操作した覚えのないウィンドウが立ち上がり、画像を流し始めた。

 街なかを歩いていた大学生が互いの画面を見合う。


「あれ? てか、俺たちのだけじゃなくね。なんか周り同じ映像流れてんだけど」


「ほんとだ。なんだこれ? なんかの宣伝?」


 きょろきょろと見回すと、街なかにあるあらゆる映像を映す媒体ばいたいが、同じ画像を流している。

 それは異常な光景だった。

 電波ジャックを利用した新手の映画広告かなんかだろうかと、呑気のんきにも大学生は首をひねる。


 密かに蔓延まんえんしつつあるウィルスはアドレスを辿たどり一気に世界のモニターの映像を切り替えはじめていた。

 個人のスマートフォンも、テレビ画面も、街角のモニターも、映画のスクリーンも、会社のパソコンさえも。


 映しだされたのは廃工場の一室だ。

 巨大なタンクが三つそびえ、淡く輝く瑠璃るり色の中身から、察しがいいものはそれが大量のミセリコルディアだと気づく。


 そして、映像を横切る黒い点の群れ。

 映像が乱れているかせいとも思ったが、よく見るとそれは違った。


「おいおい、なんだ、この映像! よくみたら、この黒いやつ、はえじゃん」


「うそだろ。うわっ、マジだ! なにこの大群。気持ち悪」


 食い入るように映像に見入ると、一匹の蝿が画面に突進してくる。

 その蝿はそのまま画面にぶつかるかと思いきや、スマートフォンの画面は不意に盛り上がったように見えた。

 見間違いかと思った学生は思わず画面に顔を近づける。

 蝿は薄い被膜ひまくに覆われたように見え、次の瞬間、その被膜を突破し目前に出現した。


「は? 嘘だろ」


 あまりのことに頭がついてこない学生は、呆気あっけにとられそれを見つめる。

 蝿は飛びながら、赤黒い複眼であざ笑うかのようにこっちを見つめ返してくる。


 だが、それは見間違いではない。


 その一匹の蝿を皮切りに、スマートフォンからも別のモニターからも大量の蝿があふれだした。






鹿妻かづま、貴様――!』


 くぬぎとの通信はそこで途絶えた。

 専用回線さえもが一時的に鹿妻の支配下に置かれたのだ。


 鹿妻は微笑むと、あかねの耳もとにささやく。

 茜の口からも耳からも鼻の穴からも閉じたまぶたの下からさえも虫は溢れだす。

 さっきまでよりもずっと大量のアイテールだ。

 それらは津波となって十和とわとダブルに襲いかかる。


「ダブル!!」


 十和の呼びかけに答えてダブルの足もとから氷の柱がいくつも築かれる。

 だがその氷は物量の圧力を前にひびれ、粉々に砕けてしまう。

 蛆虫うじむしが襲いかかってくる。


 ダブルは方向転換し、頭で十和をすくい上げるようにして、背なかに乗せる。

 十和がしがみつくと同時に、鹿妻に向かって走りだす。


 だがその行く手を蛆虫の津波が襲いかかる。

 ダブルは跳ね、器用にも何度もそれを避ける。

 だが、そのせいで鹿妻には一向に近づけない。

 それどころか徐々に壁際に追いこまれていく。


 追い詰めたとばかりに蛆虫の大波が押し寄せる。

 つぎの瞬間、波に向かってダブルは突っこむ。

 波が地面に散る直前のウェーブのなかを駆け抜ける。


 そして、抜けでると同時に大きく跳躍ちょうやくした。

 もちろん、工場の端と端に位置する鹿妻の場所まではその一回の跳躍では届かない。

 このままでは蛆虫の大群のなかに落下し呑みこまれるのが落ちだった。


 だがダブルは蛆虫に呑みこまれることなく再び跳躍する。

 足元だけを瞬間的に凍らせることによって、それを可能にしていた。

 跳躍を繰り返し、鹿妻は目前に迫っていた。


「甘いよ」


 鹿妻が呟く。


 その瞬間、まるで眼前に黒いとばりが下りたようだった。


 はえの大群だ。


 跳躍しながらダブルは迫りくる蝿に向かって炎を吐く。

 蝿は焼かれつぎつぎに灰となって落下する。


 だが蝿は一方向からやってくるのではない。


 いつの間にか左右には黒いてのひらができていた。

 大量の蝿でできた手だ。

 それらが柏手かしわでを打つように迫ってくる。


 空中では方向転換できず、十和とダブルは細かいつぶてに身体を何度も打ちつけられるような衝撃を受け、気付くと床に投げだされていた。

 待ち構えていたように蛆虫の波がふたりをさらう。


 ダブルの呼吸は荒く、身体がいままでにないほど激しく起伏していることに十和は気づいていた。

 消耗が激しい。

 もともとスタミナがあるほうではない。

 瞬発力に長けるかわり持久戦は苦手だった。

 それにさっきから全力をださなければ対応できないような戦闘が立てつづいている。


「ダブル……!」


 十和はおぼれるまいと手脚を必死に掻きながらダブルに手を伸ばす。

 ダブルは十和に触れることで若干でも回復するはずだった。

 だがその手が届く前に、大きな波となった蛆虫がダブルと十和を今度こそ呑みこもうと襲い掛かってきた。


 ダブルと十和の目が合う。

 その無垢むくな水色の目は戦いの最中にあっても静かで、十和は一瞬世界から音が消えたような錯覚におちいる。


 ウー、オウッ!!


 たける声に弾かれ、十和はそこから飛ばされていた。


 床に身体を何度も打ちつけ鈍い痛みを感じながらも、十和は焦っていた。

 このままではダブルは――。

 なんとか止まると同時に、慌てて身を起こし、駆け寄ろうとする。


 だが、眼前には炎の柱ができていた。

 火花が散り、熱さと虫を燃やす臭いが離された十和の場所まで届く。

 多くの蝿と蛆虫を呑みこみ、その炎は勢いよく燃え上がっていた。


「なんで……」


 十和は呆然と見つめる。

 寒くもないのに身体の震えが止まらない。


 火柱は轟々(ごうごう)と燃え上がり、茜のアイテールを巻きこむだけ巻きこんで、またたく間に消えた。

 だがそこにはダブルの姿はもうない。


「独立独歩か」


 鹿妻は呟いた。


「どうやらダブルが消えても十和自身に直接のダメージはないみたいだね。つくづく感心するよ。残念だな。十和のアイテールについてはもっと研究をしたかった」


 鹿妻の言うとおりだった。

 ダブルは一度消えてしまえばもう永遠に生まれない。


 一緒に生きたいと十和が望んだときから、ダブルにはいつか死が訪れることが決まっていた。

 生と死は表裏一体だ。

 その存在に生を望めば死が運命づけられる。

 ダブルは唯一無二の存在としてこの世界に生まれ十和とは別個の存在として生きていたのだ。


 悲しむ間もなく、茜のアイテールが波となって十和に襲いかかる。

 大量の蝿や蛆虫を燃やしたダブルの炎だったが、茜からは再び無尽蔵むじんぞうにそれ以上のアイテールが噴きだす。


「勝ち目はないよ。そうは思わないかい、十和」


 溺れまいとするように十和は必死に手脚を掻きながら蛆虫のなかを漂っていた。

 このままでは少しも鹿妻にも茜にも近づくことができないまま、鹿妻の思いどおりことが進んでしまいかねない。

 タンクのある台の上から鹿妻は十和を見下ろしている。


「きみにはもう止められないよ、十和。きみのアイテールだって茜ちゃんのこの圧倒的な量のアイテールの前では無力だ。この映像はいま、世界に配信されている。通信回線を介して、茜ちゃんのアイテールも人々に届くだろう。そして、世界は大きく変革する! 最初は戸惑うだろう。だがきっと気づくはずだ。俺たちの研究の偉大さに、素晴らしさに!」


 鹿妻は興奮しているようだった。いつにない大仰な動作で声を張って十和に語りかける。


「そこでなにもできずに、変革を見届けるといい! 十和には見届ける資格がある! なんて言ったって茉莉まつりさんの息子だからね!」


ゆうちゃんさ――……」


 十和は能面のような白い顔をしていた。


「前に言ってたよね。僕たちは似てるって。目的のためなら手段選ばないとことか、なにかのためになにかの犠牲をいとわないとことか」


 すっと十和は腕を鹿妻のほうに向けた。


 その手には銃が握られていた。

 慧が失神させた見張りが携帯していたものだ。

 飛ばされたときに偶然手に入れていた。


「それで俺や茜ちゃんを撃てるとでも?」


 脳の作用により、弾はきっとアイテールに守られる茜や鹿妻を避ける。


「そうだよね。それは無理だけど」



 ガンガンガンガンガンガン――ッ!



 十和は躊躇ちゅうちょなく引き金を引き、すべての弾を喰らわせた。


「それ以外への攻撃ならどうだろう。そっちが予想できない攻撃なら防ぎようがないでしょ」


 後方を鹿妻は振りあおぐ。

 そこには大量のミセリコルディアの入ったガラスタンクがあった。

 ガラスにはいくつかの弾が喰いこみ、ひびが入っている。

 そしてその罅は内側の圧力に負け、徐々に広がっていく。


 鹿妻は茜に刺した点滴の針を乱暴に抜くと、茜を抱え走りだす。


 それとほぼ同時にガラスタンクは弾けるように割れ、中身のミセリコルディアが溢れた。

 瑠璃色の波が蛆虫の大群を押しのけるように工場に広がる。


「世界のことなんて、もう知らない」


 小さく十和は呟いた。

 その言葉をかき消すように十和も波に呑みこまれる。


 それは破れかぶれの攻撃にも見えた。

 大量のミセリコルディアを解放してしまったのだ。

 茜のアイテールはいままで以上の勢いをもって、世界に溢れてしまいかねない。


 茜を抱えた鹿妻の背にもミセリコルディアは襲いかかる。

 鹿妻は転倒し、茜とともに蛆虫とミセリコルディアの波に呑まれた。

 瑠璃色のミセリコルディアのなかで茜がカッと目を見開く。

 意識を取り戻したのではない。

 半覚醒のなかで恐怖を刺激され、反応しているのだ。

 あらん限り口を開くと、黒いうずが吐きだされた。

 それはすでに成虫となった蝿だ。

 その渦はどんどんと大きくなっていく。とぐろを巻きながら竜巻のような様相をていしていく。


 蝿の羽音はすでに轟音ごうおんと化している。

 気づくと茜を抱えた鹿妻は、蝿の竜巻の渦中かちゅうにいた。

 周りからミセリコルディアは払いのけられ、頭上高くまで蝿の渦の壁がつづいている。


 大量の蝿によって周囲はきっと荒れ狂う嵐の最中さなかだろう。

 だが渦中にいる鹿妻と茜の周りだけは比較的穏やかだった。

 きっと無意識のなかでも茜は鹿妻を守ろうとしているのだ。

 なぜならば鹿妻はいま、茜の父親だからだ。

 病院に入りびたり、長い時間をかけ、そう茜に思いこませたからだ。


「これが増幅器アンプリファイア……」


 ガクガクと茜は鹿妻の腕のなかで震えていた。

 ミセリコルディアがつぎつぎと茜に吸収され、吸収した以上に大量のアイテールが噴出していた。

 制御不能となり暴発が起き始めているのだ。

 これだけの量のアイテールなら、前回の事故の比ではないほどたくさんの地域、いやそれどころか地球自体を巻きこんで、この映像を見ている人間の多くの脳に影響をおよぼすだろう。


 そして、この嵐に直接巻きこまれた十和はきっとただでは済まない。


 だが――。


 鹿妻は思う。

 十和がこの事態をただ黙って見ているはずがない。


 ズバンッ!


 振り向くと、茜の蝿の竜巻が真っ二つに切断されていた。

 はっと鹿妻は息を呑む。


 分断された黒い竜巻と竜巻の向こう、ミセリコルディアさえも分断して、波を割るモーセのごとく姿を現したのは、黄金色きんいろはさみを手にした慧だった。




     *




 ――大変だったんだからね。

   異例中の異例よ、わかってる?


 ――もちろんわかってるよ。

   だから全部じゃなくて一部で我慢したんだ。


 ――絶対誰にもバレたりしないでよ。

   あたしの首が飛ぶわ。

   ……で?

   そんなもの、どうするわけ?


 ――尊敬すべき先生だったからね、それに俺はもともと脳神経が専門だったろう。

   興味があるんだよ。


 ――ふーん。

   それで監察医のあたしを頼っちゃったんだ。


 ――もちろん、それだけじゃないからきみに声をかけたんだけどね。


 ――ふふ、相変わらず嫌な男ね。


 ――きみも変わらずきれいだよ。


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