もっと強く
恋愛小説楽しいです。
「蝶さ……。俺のこと、ホントに好きなのかな……」
「なに弱気になってんのよ! 好きに決まってんじゃん! 雄人らしくないぞー!」
弱気な彼を見るのは初めてだった。
速川雄人とは幼稚園からの幼馴染みな私、萩原美衣は彼の久々の恋を応援することした。
応援することした。
――――――――
雄人はホントに良いやつで、昔から優しいし、頭も良いし、マナーとかルールとかは絶対守るし、その上、誰かが落ち込んでいたりしたら真っ先に笑わしてあげるような、そんなあたたかい人間だ。好かれないはずがない。
だけど彼の恋は、いつも長続きしないのだ。
「美衣。俺、振られちゃったよ」
その報告を何度受けたかはわからない。いつもおどけた調子で、振られて傷ついているのにの関わらず、最初に私に連絡を入れるのだ。
分かってる。私は恋愛対象外だ。
だから今回も、あいつの恋を応援する側に回ると決意した。
それが、私にできる最善のことだった。
彼のハートを射止めたのは栗原蝶というクラスメイトだった。
さばさばとした性格で、時には男勝りな所もチラ見えするボーイッシュな子だ。艶やかな黒髪をミディアムボブに切り揃え、くりくりとした大きな目にはコンタクトではなく、幅の広い黒渕の眼鏡を携えている。
彼女とは高校入学からの友人。蝶の良いところは嫌でもたくさん見つかる。あの子は良いところばかりだ。ダメなところは勉強が苦手ってことぐらいだろう。
高校2年生の今現在、神様のイタズラみたいに私と彼女と雄人は同じクラスメイトだった。
神様は私の気持ちを知っているくせに。
「雄人、いい!? あんたは皆に優しいから、彼女が嫉妬しちゃうんだよ!」
「うーん……。だけど、俺はちゃんと彼女も大切にしてるよ。みんな大事な友達だから――」
「それがダメなの!!」
「なんでだよ。友達と恋人は違うだろ!? 俺はそれを踏まえて接してるつもりなんだよ。それも全部破棄して誰か一人だけに固執しないといけないなら、俺は恋なんてしたくないよ」
彼の恋愛が続かない理由はここにあった。
これは蝶に恋する前、彼の失恋直後に起こった、最悪の日のこと。思い出すだけで涙が溢れる。
「なによそれ。あんたの中で、彼女と友達は何が違うの? もしかしたら人生のパートナーになるかもしれない彼女を、あんたは友達と一緒だって思ってるの?」
「そうは言ってないじゃん。大袈裟なんだよ」
「じゃあ何が違うの?」
「……好きか、そうじゃないか」
「らぶ?」
「らぶ」
likeじゃなくてよかったと思った。彼女と友達の境がそれだったら、私は彼にとって好きじゃない人になるところだったのだ。
「美衣、俺さ。恋してるときって、すごく辛いんだよ。女々しいこと言うようだけどさ。自分の気持ちがどうなのか吟味するのが難しくて、その間ずっと苦しいんだ。美衣は、そういうときある?」
「あるよ」
「そうだよな。だからってそればっか考えてる訳にもいかないよね。友達に八つ当たりとか、そんなのしたくない。それは、もし恋が成就しても同じこと。友達は友達として、ずっと大事にしておきたい。それが俺の考えなんだ。やっぱり俺はおかしいのかな」
「おかしい。超おかしい。最低だよ、雄人。雄人はさ、自分が色んな人に好かれてるの気付いてる? あんたモテるんだよ、その優しさで。でも、誰かに向けたその優しさは、その人だけに特別に向ける気持ちじゃないって事でしょ? あんたが何気なく与えた相手が、あんたのことを好きだとしたらどう思う? あんたの中途半端な優しさが、どれだけ人を傷付けてると思ってんのよ!!!」
私は、泣いていた。
「そっか、そうだよな。ごめん」
顔を上げると、彼はいつものように――辛いときに見せる笑顔で、音もなく涙ぐんでいた。
「あんたは軽率だよ、雄人。相手の本当の気持ちを、読んであげられる優しさを持たなきゃ。じゃないと、あんたは、一生人を幸せに出来ない」
それが彼を、皆の幸せを第一に考えて生きる彼を、根本的に打ちのめす言葉だと、その時は気付けなかった。
私の言葉を聞いた彼は、綿の抜けたぬいぐるみのように肩を落とし、光のない目になった。
「俺は、大事な幼馴染みも、そんなに傷付けていたんだね。最低だよ、俺。……ごめん。一人にしてくれ。帰ってくれ。こんなときに笑わせないといけないのに。ごめんな、今日は、ちょっと疲れた」
口調はいつもと変わらなかった。ただその顔にいつものような光はなかった。
「ホント、最低」
そう言い捨てて私は帰った。
それからあいつは学校に来なくなった。家に行っても、親御さんに止められた。私は、その時初めて、彼を傷つけたことに気付いたのだ。
1カ月以上は登校拒否状態に陥っていた彼は、ある日突然学校に来た。その顔は随分と窶れて疲れ果てていた。どうやらあれから酷い熱が続いたらしい。心身ともに疲労困憊のなか、無理してでも登校した彼に、話しかける勇気が私にはなかった。
そんな私と、彼を繋ぎ直したのが彼女、蝶だった。
――――――――
「明日のデート、頑張ってね……っとぉ、OK! 蝶に送ったよ!」
「馬鹿、プレッシャーかかるじゃん! うわー、服選び直そうかな……。緊張するー……」
彼の部屋で普通に話せるようになったのは、蝶の存在があったからだ。間違いのない事実だった。
「大丈夫だよ。雄人なら」
雄人はとぼけたようにこちらを見る。
「ううん。雄人と、蝶なら」
「そっか。ありがとう、美衣! 俺元気出てきたよ! ありがとう!!」
元気だ。よかった。
私はこっちサイドの人間だ。彼の相談相手で、幼馴染みでいるべきなのだ。その一線を越えてはならない。
「ねえ、美衣。今から俺がすること、怒んないでね」
「え」
恋してはならない。恋は彼を苦しめる。私はこいつのパートナーじゃない。友達に過ぎない。分かってる。分かってるよ。私は、友達の一人。ただの、友達。
「ありがとう」
彼は私を抱き締めていた。優しく、確かに抱き締めていた。
「こんなことしたら怒るよねー。小さいときから一番俺のこと気にかけてくれたのは美衣だったよね。美衣の気持ち、分かってながらこんなことするのはルール違反だよねー。怒るよねー。でもね、美衣」
思わず泣き出しそうになる私の顔を見つめて、彼は今までで一番明るい笑顔で言った。
「美衣は特別な友達なんだよ。だから、許してね」
「馬鹿」
自分の顔が熱くなったのに気付いてしまったのを隠すように私は彼を貶した。
ちょっとの間のあと、2人は笑った。
「もっと強く」
「へ?」
「今日だけ、今だけね。許してあげるから。もっと強く、抱きなさいよ、馬鹿」
彼は高く笑って、私の申し出のままに抱き締めた。
お互いの体温が上がったことは、どちらも知らないふりをした。
「明日、頑張って。絶対、蝶を幸せにして。いいね?」
「うん。分かった。……俺、幸せに出来るかな」
「何言ってるの?」
私は真面目な顔になって告げた。今日はこれを言うために彼の家に来たのだ。力強く、ちゃんと言おうと決めたのだ。
「人を幸せにするために生まれたあんたが、人を幸せに出来ない筈がないでしょ」
彼は照れたように「おう」とだけ返して真っ白い歯を紅の唇から覗かせた。
そういえば、『僕の性癖はおかしいらしい』という小説を中学生の時に書いていました。恋愛ではなく、一応ギャグファンタジーだったんですが、酷い出来でしたね。
以上です。