上 末広での出会い
初めましての方は初めまして胡椒姜です。一応もう一作、エギルサーガも書いているので、そちらでお会いした方はこちらでもありがとうございます。
あちらとは違い現代の話になりますがよろしければお付き合いください。
俊は3ヶ月付き合った彼女に振られ、末広で飲んだくれていた。
明日も休みで彼女、芳枝のところに泊まる予定だったのだが、突然の別れを告げられた。
到底納得できなかったのだが、はっきりと拒絶されてしまっていた。一緒に飲んでくれる者もなく俊は1人夜の末広を彷徨っていた。
「畜生、俺が何したってんだ」
嫌なことを忘れようと、ビールに始まり焼酎、日本酒と次々と飲んだ。
今晩泊まる予定だった彼女であった芳枝の家には行けなかった。
だからと言って自分の部屋に帰るということもなんだかしゃくだった。
そんな理由からまた次の店へと行こうとしたところで、俊は1人の少女を見つけた。
風変わりな格好をしており、寂しげな雰囲気の少女だった。格好や美しさにも目が行くが、それよりも俊が気になったのは目であった。悲しそうに、寂しそうに、対岸を見つめていた。
俊はその少女を以前にも一度だけ見たことがあった。
会社の先輩たちと飲んだくれた時だった。次々と分かれていき最後の4次会が終わり1人になり、酔い覚ましに歩いている時に見たのだ。
その時は何をしているのかと思っただけで終わった。
しかし、今日は酔った勢いと以前と同じようにそこに座っている少女が気になり声をかけようと思った。
ここは世界3大夕日に選ばれていたのと同時に北海道3大橋の袂であった。
だがそれを楽しもうにも今は真夜中。こんな綺麗な少女が、こんな時間に何をしているのかと思った。
少女に声をかけるために近づけば近づくほどに妙な感じがするのを俊は感じた。
虫の知らせ、とでも言うようなものだった。
俊が近づいているのに少女はなんの反応も示さなかった。
まったく警戒感がないのか、と俊はいぶかしみ少女を見る。
そして、息を呑んだ。
綺麗だと思っていたが、近くで見るとまるで陶磁器のような美しさだった。
だが、それと同時に寂しさや悲しさがあった。
静かに対岸を眺める寂しげな、深い緑の瞳に引き込まれそうだった。
まるで誰かを待っているようにも見え、また同時にそれをあきらめているようにも見えた。
声をかけていいものかと俊は思い悩む。
声をかけたら、触れてしまったら少女が、この一枚絵のような世界が崩れてしまう。
そんな錯覚にとらわれた。
微動だにしない少女を暫く眺め悩んだが、やはり声をかけようと意を決する。
「なぁ、あんたいつもここにいるのかい?」
俊がやっと決断して声をかけるた。
少女はえっと、驚いたように突然こちらを向く。
その瞬間に俊はやはり絵画や写真だったものが崩れてしまった。
そんなふうに思ってしまった。
少女は周りを一度見て、やはり自分に声をかけられたのだと理解したようだった。
見れば見るほど風変わりな少女だった。
肩をむき出しにした藍色の和服に紅い下駄。そして、白い足袋に紅い帯。
綺麗だったが浮世離れしていた。
夏祭りというのならいざ知らず、何もない日にこの格好は、異様とも言えた。
振り向いてじっとこっちを少女は見てきた。どうして、声をかけたんだろう。俊はそんな風に思った。
「・・・っちゃってるだ」
小声でどこか寂しげに少女がわけのわからないことを呟いた。
自分が酔っていたので聞き違えたか、それとも少女も酔っていて言ったのかわからない。
もう一度、なんと言ったのか聞き返そうとした。しかし、悲しげに真直ぐと見つめられ、次の言葉が出なかった。
不意に視線が外れた。こちらが何かを言うより早く、少女が口を開く。
「ええ、良くここにいるわ。あなた、誰?」
唐突に声をかけられ、不審に思われていたようだ。
それもしょうがなかった。俊は酔っ払いの大男。
相手は可憐な少女である。
突然声をかけられれば不審に思うのは至極最もだった。
「俺は河野俊。女に振られた酔いどれ野郎だ」
言いながら本気で何を言っているのだろうと俊は思った。
何故こんな馬鹿なことを、初対面の女に言わないといけないのか。
酔った勢いでおかしくなっている、そう思うことにした。
「私は河本姫流。初めまして、でいいはずよね?酔っ払いさん」
姫流は立ち上がる様子もなかった。
俊は姫流が警戒していないのだろうかと思ってしまった。
名前しか知らない男が背後にいるのに、振り返る事も立つこともせずに川を向いたままだった。
「あぁ。見たのは2度目だけど、会っちゃあいない。初めましてだ」
「そう」と呟いて姫流に目を覗きこまれた。
深緑の瞳は自分を映しているようで、全く捉えていないのではないか。俊はそんな、どこか変なことを思った。
「どうして、声をかけたのかしら。こんな珍妙な女に」
姫流は静かに、自嘲するように言った。
自身の格好が珍妙である、ということを自覚はしているようだった。珍しかったから、とか色々理由はあった。
しかし、口から出たのはたった一つのことだった。
「寂しそうだった。じゃ駄目か?」
まるで口説いているかのような言葉。
酔っ払いが、と睨まれても文句は言えないな。そう俊は思った。
「余計なお世話よ」
対岸を眺めながら少し冷たく言われる。
俊は酔っ払いにそんなことを言われれば当然かと思った。
沈黙が訪れる。
夏なのに涼しい風が通り抜けた。
「酔っ払っているのなら、少し休んでいったらどうかしら。夕日は夕日でいいものだけど、静かな夜景も悪くないものよ」
そんな言葉をかけられたことが意外だった。
嫌がられたと思ったのに、休んでいけというのだ。
俊は警戒されない程度の距離に座る。
「夜景なんていえば、聞こえはいいけど暗くて何も見えてないだけだろ」
税金が足りなくて街灯すら減る。そんな悲しい地方都市だった。
かつては炭鉱と漁業、製紙業で賑わった町も、今では廃れきっていた。
末広の辺りは飲み屋が多かった。しかしすぐそこの駅前大通は、駅前というのに商店は少なくホテルばかりだった。
郊外の大型店舗にやられた成れの果てというやつだ。
「いいじゃない。酔いを醒ますためなんだから。それとも私相手では不満かしら?」
声をかけた手前ごめんだとは言えない。「それじゃあ、お言葉に甘えて」と言ってゆっくりすることにする。
姫流は相変わらず対岸を眺めている。
「ねぇ、お願いがあるの」
不意に、姫流がそう言った。相変わらず遠い目だった。
「手を、出してもらえる?」
いぶかしみながらも、俊は手を出した。
すると姫流の小さな手が重なる。ひんやりとした、冷たい手だった。
「・・・やっぱり」
どこか悲しげに笑って。「ありがとう」と言って手を引っ込める。
なんだか、それだけで気恥ずかしくなってしまった。
「誰か、待ってるのか?」
そんな気持ちを誤魔化すためでもあり俊は問う。
しかし、本当にそう思っていた。
姫流は対岸から誰かが来てくれるのを待っている。だからずうっと暗い対岸を眺め続けているのではないのだろうかと。
「そうね。待っているといえば待っているし、もう待ってないといえば、待っていないわ」
答えになっていなかった。しかし、俊は寂しそうに答える姫流からなんとなく察した。
「振られた者同士、ってことか」
少しおどけて言うと少し姫流が笑ってくれた。
「そうね。そういうことになるのかしら」
俊のほうを向く姫流。
俊はあらためて綺麗だと思った。白い鎖骨からうなじにかけるその線を、思わず撫でてしまいたいという欲望に駆られた。
俊はそんな感情が湧くことを笑った。
女に振られたせいで思春期の男子に逆戻りでもするのかと自嘲する。
それにしても綺麗な女だと俊は思った。
「歳は?まさか未成年ってことはないだろうな」
時間は既に丑三つ時を回っていた。
もしも、未成年であるのなら柄でもないが注意しないといけない。俊はそんないつもなら考えもしないことを思った。
「大丈夫よ。20は超えているから」
姫流が笑顔で答える。
それにどこか気恥ずかしさを感じた。
俊はそんな自分相手にどうしたと問う。姫流は俊自身より年下だろうと。
そんな女になにどぎまぎさせられているのだと。
「ならいいんだけど。一応未成年なら一言言わないといけないからな」
少しでも偉ぶりたかった。そうじゃないと気恥ずかしいのがばれてしまいそうだった。
俊は自分に酔っているんだと言い聞かせる。そうじゃなかったら、こんなにどぎまぎはしないと。
「俊って、呼んでいい?」
「あ?いきなり呼び捨てか?」
一応そう言ってはいるが、悪い気はしなかった。
何故か姫流にはそう呼んでもらいたいとすら思っている自分が居た。そして俊はそれを必死で否定しようとしていた。
「私の事も、姫流でいいわ」
「振られた者同士、仲良くしましょうね」と笑いかけられ、わざとふんっと鼻を鳴らす。
恥ずかしさを誤魔化すため以外なにものでもなかった。
それに気付いているのかいないのか、姫流は深緑の瞳で俊を覗き込んできた。
「わかったよ。姫流」
「ありがとう、俊」
何故礼を言われるのかわけがわからなかった。
座っていたが何故か唐突に寝転がりたくなり、そのまま石畳の上に転がる。
「あら、お行儀の悪いこと」
特に咎める声ではなく、笑っていた。
「こんなところに座ってる時点で行儀が良いも悪いもあったもんじゃないだろう。大体にして行儀の良い酔っ払いなんているもんか」
それもそうね、と姫流が笑う。
直視することができなかった。
酔ったせいじゃなく、顔が熱くなるのだ。
確実に照れているのだということが俊にもわかった。
童貞のガキじゃああるまいし、と心の中で笑う。
「飲んでるのね。飲まれたかしら?」
「飲まれてたまるかよ」
そう言いながらも、酒に飲まれてるんだと言い聞かせる。
そうじゃなかったら、初対面の姫流に呑まれているということになる。それを認めるには俊は年を重ねすぎていた。
「そう。とにかくゆっくりしてね」
やわらかく微笑まれた。
まるで、思春期の子どもが母親から逃げるように転がり、背を向ける。
背中越しに笑顔で見つめられているのがわかり、余計にやり辛くなる。
「ゆっくりしろって、お前の家かよ。ここは」
ふっと一瞬姫流の笑顔が翳った気がした。あまりにも素っ気なくしすぎたかと、一瞬心配になる。
「それにしても、お前を振るなんて中々その男も贅沢だな」
強引に会話を変えた。傷つける気は毛頭なかったから。
「あら、それは褒めてくれてるのかしら」
笑顔が戻った。現金な奴め。と心の中で思うが、ほっとした自分が居ることに俊は気付かなかった。
「一応はな」
器量は良いし、今話している限り性格が悪いわけじゃない。
ただ1つ気になるとするならば、着ているものがあまりにも浮いている。
それだけだった。
それすらも、話しているうちに姫流のシンボル的なものだと思えた。
「ありがとう、俊」
直球な礼。
またこそばゆくなり、俊は誤魔化すために今度はあくびをする。
最初はただ誤魔化すためだった。
だがビールを大ジョッキで2杯、日本酒半升、焼酎ロックで4杯と結構飲んでいたためか、本当に眠気が来た。
「眠そうね。やっぱり飲まれたのかしら?」
「あぁ」と生返事をする。
本当に眠気が襲ってくる前に、と立ち上がる。
「眠くなってきた。いくら夏とはいえ、こんなところで眠たら風邪をひきかねない」
河畔という事もあり、ひんやりとしていた。
「そうね。それじゃあね、俊」
再び対岸を眺める姫流。
俊は帰ろうとして、姫流のことが気にかかった。
「姫流は帰らないのか?」
「もう少し。いま少しだけ、残りたい気分なのよ」
寂しげな笑顔でそう答える姫流。
俊は帰りたくない理由を察して頷く。
「夏とはいえここは冷える。まぁ言わなくてもわかってるだろうけど、朝霧が酷いからな。この町は」
世界でも有数の霧の都だった。
夏は濃霧で気温が上がらない。
気温が上がらなく一見過ごしやすそうに見えるが、湿度100%を記録する事も珍しくなく爽快な夏とは言いがたかった。
「えぇ、わかってる。ありがとう」
特に姫流のむき出しの肩が寒そうに見えた。
そして姫流の細く白い肩に目が言った一瞬、また変な気が起きそうになるのを振り払う。
「まぁ、気をつけな。世の中俺みたいに良い奴ばっかりじゃない。丑三つ時も回ってるのに、こんな場所に若い女が1人でいるべきじゃないと俺は思うぜ。いくら思い出深いといってもな」
らしくないと、また俊は思った。
いつもなら精々気をつけろと一言残すだけだろうに。何故今日に限ってこんなに饒舌なのかと。
「大丈夫よ。心配しないで」
対岸から目を離しこちらを見て、微笑む。
その微笑が綺麗だった。しかし、何故だかわからないが彼女は対岸を見ている姿のほうが自然だと思えた。
「じゃあな」
自分が何か侵してはならないところへ来た。
俊はそんな気がしていた。
狐に化かされたとかそんな感じであり、それよりもっと綺麗で高尚な何かだったような気もした。
気のせいだと、振り返る。
そこにはやはり、まるで絵画のように対岸を眺め続ける姫流が寂しげに座っているのだった……。
翌週の末、何の予定も入っていなかった。
誰かと遊ぼうという気にもならなかった。そもそも中学を出た時に町からでた俊には、この町に友人らしい友人は残っていなかった。
だから、いつものことといえばいつものことで、仕方のないことだった。
俊はまだ店が開いていないのがわかっていながら末広の辺りをぶらり、ぶらりと巡った。
相変わらず廃れていると思った。そんなのわかりきったことだった。
郊外に出来た大型のショッピングセンターが2つ。それでこの町の商店街は完璧にやられていた。
死んだ両親が子どもの頃は、この辺りは賑わっていたらしい。
しかし、今となってはシャッター街と言われ教科書にすら載る始末だった。
ぶらりぶらりと巡って、最後に行く場所は決めていた。
「この辺りだったよな」
酔っていて明確に場所を覚えてはいなかった。そのためこの辺りからだろう、と思う川岸を歩いた。
また、姫流がいるのではと、どこかで期待していた。
また会う約束などしていないというのに。偶々酔っ払って、偶々話した。そんな関係だった。
さらに俊自身体を冷やすからと、この場所から姫流を追い立てたのだ。
涼しい風が吹いた。
相変わらず涼しい夏だった。20度を少し過ぎる程度のこの町の夏。
朝霧はすっかり晴れていたため、不快感はなかった。
だが、夏特有の暑いという爽快感もあまり味わえなかった。そんなことを考えながら、ゆっくりと川岸を散策していた。
そうして歩いていると、目に入った。姫流はあの日と寸分違わぬと思える位置で、やはり絵画のようにじっと座って対岸を眺めていた。
ゆっくりと歩調を変えずに近づいていく。以前は何も反応しなかったのに、今日は振り返った。
「来ちゃったんだ。また」
以前会った時と同じ、寂しげな愁いを帯びた瞳。
「来たら、いけなかったか?」
拒絶するような一言。
俊はそれに寂しさを覚えた。
「そんなことはないけど、来ないほうが俊にとっては良かったんじゃない。俊も別れて自棄酒飲んでたから来ただけだと思ってたし」
「ここには、嫌な思い出があるでしょう」と姫流は言った。
前の女である芳枝のことを、忘れたといえば嘘になる。
突然の別れでわけもわからなかったわけだし。しかしそんなことよりも、何故か姫流が気になった。
あの後、まさか入水自殺なんてしてないだろうか、とも思ってしまったのだ。
「良いんだよ。あの日1日飲んで、すっきりした」
本当は酒じゃなくて、姫流と会って話をしたからじゃないかと思っていた。
どういう別れ方をしたか知らないが、姫流も男と別れた後だったようだ。
そんな姫流のことが気に掛かり、芳枝のことをあまり考えなかった。
本当に入水してやいないかと、毎日新聞の死亡欄を見続けるくらいだった。
「姫流のほうはまだみたいだな」
うん、と姫流が頷く。
やはり遠い瞳。愁いを帯びた、遠い瞳。
寂しそうに見え、とても放ってはおけない。
そんな気がした。
今にも川に飛び込みそうな、そんな危うさを持っているように見えた。
「そうか」
沈黙が場を支配する。
だが、それは俊の嫌いな沈黙じゃなかった。ゆっくりと、前と同じように傍らに座る。
どれくらいの時間が流れたか、姫流から口を開いた。
「俊の話が聞きたいな」
唐突だった。
だが自分のことを話したくないからかもしれない。
俊はそう思ってなにから話そうかと問う。
「なんでもいいよ。家族は?」
「全滅。2年前、俺が大学卒業予定だった年に一家仲良く交通事故。相手はタンクローリーで、車ごと燃えてあの世逝き」
軽い質問のつもりだったのだろう。
だから、なるべくこっちも軽く答えた。
大体にして不幸自慢がしたい訳でもない。だが姫流はそっか、と答えに窮していた。
「まぁ、俺だけ卒業研究とかあって帰らなかったのは僥倖だったな。そうじゃなかったら一緒にあっちだった」
少しでも重たい空気を振り払おうとする。
そうじゃないと姫流がせっかく話を振ってくれたのを台無しにしてしまう。
「じゃあ、今は1人なの?おじいちゃん、おばあちゃんとか・・・」
「うん、父方のじいちゃんばあちゃんも、母方のじいちゃんばあちゃんも、3年前に最後の1人が逝っちまったんだ」
「天涯孤独。なんてな」と言って俊は笑う。
「寂しくないの?」
「どうなんだろうな。遺体は車ごと燃えたせいで損傷が激しくて実感がわかなかった。誰が誰の死体やら、見分けもつかなかったからな。正直言うと、学校を辞めないといけなくなって、突然就職した。家も何もかも売り払ってアパート暮らし。寂しいと思う暇もなかった。でも、辛くはあったのかもな・・・」
就職率の低下も、天井知らずならぬ底知らず。低迷に低迷を重ねていた。
そんな中、故郷であるこの町で就職が見つかったのは僥倖だろうと思っていた。
「高校や大学の友達はみんな東京とか都市部に行っちまった。地元の友達も中学以来だ。疎遠になって久しい」
対岸を眺める時と同じ目で、姫流に見つめられた。
それだけで心の中にどこか満足感を得られた。
「まぁ、そんな意味じゃあ寂しい人間かもな。俺は」
不幸自慢をしないつもりでいたのに、結果としてそうなってしまった。
それが何とも言えない感情となり、俊は天を仰ぐと日光が降り注いだ。空は青く良い天気であった。
「寂しいって感じてはいなかったんだ」
笑った。笑うしかなかった。
「姫流、それは先週振られたばかりの男に言う台詞じゃねぇよ」
だが、言うほど寂しいかというとそんなことはなかった。芳枝と付き合うことによって、確かに一定の何かを得ることは出来た。
だが、それ以上はなかった。そう思って誤魔化しているのかもしれなかったが、俊は少なくともそう思っていた。
「姫流こそ、寂しくないのかよ。こんな所に1人で居て」
あえて待って居て、とは言わなかった。
姫流はふっと笑った。笑ってすっと綺麗な細く白い指をこちらに向ける。
「1人じゃないよ。もう」
無垢な笑顔。
俊も参ったなと笑うしかなかった。
傷を舐めあっているのだろうかと思った。
少なくとも今俊は満たされていた。やっぱり孤独であったのかも、寂しかったのかもしれないと、この時思った。
「1人じゃ、ないんだよ・・・」
繰り返す。
その時には何故か笑顔じゃなく、いつもの愁いを帯びた瞳だった。
肩を抱きたい。その細い肩を抱きしめて、1人じゃないといってやりたい。
俊はまたそんなことを思った。今度は酔ってもいないのに。本気で俊はまだ2度しか会っていないこの姫流に惹かれているのかと自問自答してしまった。
自問自答をやめ、姫流を見る。こちらを見つめる瞳は相変わらず愁いを帯びている。
それに俊は1つある意味を見出してしまった。
「そうだな。姫流は今、1人じゃなくなってる。俺は、邪魔だったか?」
面と向かって否定しづらい。
そうわかっていながらも訊いてしまった。邪魔か、というのはずるい言い方だった。
居ても良いかと問うべきだったと、自己嫌悪する。
だが同時にそれがどれだけ姫流に否定してもらいたいかを表していると、俊自身も気付いていなかった。
だからこそ、もしも否定してもらえなかったら去るつもりであった。もうこれっきりにしよう。俊はそう思い定めていた。
「邪魔じゃないよ。でもね、できることならこんな場所には、来ないほうがいいよ」
拒絶だったのかもしれない。
だけど、邪魔ではないと言ってくれた。
格好悪いが自分は今確実に癒されていた。それを軽々しく手放すことはできなかった。
「邪魔じゃない、ってことはいても大丈夫だな」
嬉しいのか悲しいのか、あいまいに姫流は笑った。
「そうだね。いても、いいんだよ」
俊は自分は今居てはいけない場所に居るのかもしれないと思った。
こうしてここにいるのは、姫流の思い出の場所を踏み荒らしているかもしれないのだ。
「そっか」
傍らに居ることを拒絶はされなかった。
だから去らないことにした。去れなかった。
両親兄弟皆死んで、2年が過ぎていた。
やっと自分が寂しいのだと実感した、という気がしていた。
「姫流の家族は?」
姫流が当然聞かれると思っていたのだろう。悲しい笑顔で首を振る。
「俊と一緒。私も一人ぽっち」
そうかとしか、答えられない自分が情けなかった。
俊自身も同じ境遇なのだから、もっと気の効いた言葉が出せるかと思っていた。
しかし、相槌をうつだけで、それ以上言葉が出てこなかった。
「こういう時、良い男は慰めてくれるものじゃない?」
「だろうな。けどあいにくと俺は振られるような悪い男だ。気の効いた台詞が出てこないってのも許してくれや」
苦笑しながら言うと、姫流もそうね。と笑う。
姫流自身、自分と同じで別に同情を求めていたりはしていない。そんな気がした。
勝手な思い込みかも知れないが、俊にはそんな気がした。
その後もぽつり、ぽつりと話した。それだけだった。
気がつけば、夕暮れ時を迎えていた。
「綺麗だよね」
眩しそうに、橋越しに夕日を見つめる姫流。
「そりゃあ、世界3大夕日を名乗っている以上綺麗じゃないとな」
紅い夕日の光を川が反射して、姫流を照らしていた。
眩しかった。
どこか影があるが、俊には姫流が眩しかった。
「そういえば、昼も食べてなかったな」
適当にどこかぶらつきながら取るつもりでいた。
しかし、姫流と話しているうちに昼飯のことなどすっかり忘れていた。
「姫流はどうする?一緒に行くなら悪い男だが、奢るくらいの甲斐性をみせてやろう」
丁度最近川沿いにフランス料理とアイヌを組み合わせたガレットがある、という話を聞いていた。
美味しいと俊は先輩から聞いていた。一度外から覗いたのだが、洒落た店で俊1人で入る気にはなれなかった。
本当は芳枝と行く予定だったのだが、それもご破算になっていた。
姫流をだしに行っても良いと思った。
「あら、いいのかしら」
姫流を彼女の代わりにしているようで一瞬気が引けた。
しかし口に出した以上、やっぱりなしと言うこともできない。もうどうにでもなれと、半ば自棄になった。
「あぁ。すぐそこの店だ。こっからでも見えるんじゃないか?」
先輩から教えてもらった店は、夜に向けての準備が終わり開店したところだった。
夜はBARにもなると聞いていたが、酒を飲む気はなかった。
「ありがとう。俊」
「いえいえ。綺麗な女性を放っておかないのも良い男の基本ですから」
笑いながら言う。姫流も笑ってくれた。
「良い男を名乗るには、まだまだ修行が足りないわね」
そんなことを言いながら、川を後にする。
俊は姫流が川から離れることに安堵した。
どうしてかは、わからなかった。
あの場所が姫流に悲しい思い出が多いせいなのか、それとも別の理由があるのかわからない。
だが姫流がこの場所から動いてくれて嬉しい。そう思ったのだった。
全3部作で週末にかけて投稿する予定です。拙い恋愛小説ですがよろしくお願いいたします。




