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クーリングオフは無いのです。


「…。」


「…。」


白いスーツをかぶったまま無表情であたりをキョロキョロ見回している少女。

それをぽかんと口を開けたまま見ている都和。

部屋の中に奇妙な沈黙が流れていた。


~ クーリングオフは無いのです。 ~


実際、都和は混乱していた。


(なんだこれ。なんで箱から人が?

つか、誰だよ。知り合いってわけじゃないと思うけど…)


少女が物珍しげに顔を動かすたびに色素の薄い柔らかそうな金色の髪がふわりと揺れる。


(てかこんな日本人離れした奴、すれ違っただけで覚えるだろ…。)


日本人ではない、というより人間ではないような。

それが都和が受けた少女の印象だった。


(とにかく、こいつに聞くしかないか…。)


「なぁ。」


「なに?」


少女が都和を見る。


(日本語、喋れんだ。)


自ら日本語で話しかけておきながら、少し驚く。


「あんたの名前は?」


「名前はない。」


「…年は?」


「わかんない。」


聞いて行くにつれ、都和は自分の顔が曇るのを感じた。


(記憶喪失…。)


そんな言葉が頭をよぎった。

少女は次の質問に答えるべく真っ直ぐに都和を見ている。


(もしこいつが記憶喪失だとしたら、病院行きか…?いや、その前に。)


つるりと光る箱を見る。

人が出てきた今、ただ箱というよりそれは棺を連想させた。


(もしどういう状況かわかんねぇけどこいつがここに閉じ込められてたんだとしたら警察か…?)


パーカーの中のポケットに手を突っ込むと携帯に触れる。


(とりあえず、考えてたって時間のムダか。電話するか…。)


ポケットの中で携帯を握り都和が立ち上がったその時。


ガシャァァ…ン


唐突に、大きな音を立てて小さなベランダに繋がる窓ガラスが割れた。

派手な破壊的な音に、咄嗟にしゃがんで庇うように右腕を伸ばす。

伸ばした腕の下で自分を見上げながら瞬きをする少女の無事を確認して都和は安堵の息を洩らした。


(なんで窓ガラスが…。)


自分の頭を庇っていた腕を下ろして都和は驚いた。


「着地成功、と…。」


都和の目の前でガラスの破片がキラキラと飛び散る畳の上で1人の男がむくりと立ち上がったのだ。

洒落た手つきでパッパッと虎の模様の腰巻を払う。

真っ青な髪を振るとキラキラとガラスの破片が飛び散る。

その頭から伸びる二本の角。


「はい、お邪魔しますー!」


沈みかけている陽を背負いながら青鬼としか言いようのない格好をした青年はにっこりと笑い、明るく片手を挙げた。


「…。」


「あーあー、散らかってるネェ、ってあー!」


無言で固まる都和を他所に、鬼は無遠慮に部屋の中を見渡し少女を見ると大声を上げた。

ビシっと指差し、震える。


「き、ききき君ィ、これ開けちゃったの!?マズイよ、これェ!」


「何がまずいって…?」


地を這うような声が聞こえ、青年は少女から声の主に視線を移した。


ガシッ


「うわっ!わわっ!?」


二本の角を同時に掴まれ引き寄せられる。


「てめぇ…くも」


「え?」


恐る恐る上目で見上げてくる青年を都和はキッ、と睨みつけた。


「てめっ、よくも窓割ってくれたなぁ!?」


「そこー!?」


「そこ、だぁ?」


都和は口角をピクリと引きつらせた。


「そこなんてもんじゃねぇ!

ただでさえ立て付け悪くて風やら虫やらが入ってきてたんだぞ?

なのに粉々にしやがってお前…!」


何故か今までで一番怒りがピークに達している都和の剣幕に鬼は角を掴まれながらもたじたじと身体を引いた。


「いや、本当はねェ、ベランダに華麗に着地しようと思ってたんだよ?これ本当。でも、ちょーっとずれちゃったからさ、よし、こうなったら人間のいう“スパイ”っての?それみたいに派手に窓ガラス割って入って見ようかなって…あ、でも実際どうだった?カッコ良かった?」


ゴン…!


「…すみません調子に乗りました許してください。」


(あー、スッキリ。)


派手な頭突きをかまして今日一日のイライラをまとめて晴らした都和は正座中の鬼に問いかけた。


「で、お前誰。」


「僕の名前、ネェ…本当は特にないんだけど人間は名前がないと不便なんだよね…。」


ぶつふつ言いながら考え込んでいた青年はパッと顔を上げた。


「じゃあ、これで!

天使の天ちゃん!ど?よくない?」


「…なんで天ちゃん?」


「いや天使の天、から?」


「いや、それはそうだろうけど、そうじゃなくねぇだろ。」


都和は青年を上から下まで見た。


「…お前、鬼だろ?」


「やだなァ、何言ってんのさ。

天使がみんな白い服きて羽パタパタさせてるとでも思ったの?そんなの君たちの既成概念だよ。」


そう言って青年は角やら腰巻やらに触って見せた。


「これはちょっとね、折角だから日本風にしてみた。」


「…閻魔の使いか、お前は。」


「ああ、人の信じてる仏教の中で言われてる死者の罪を裁く神だっけ?

なんか違うけどまあ、いいんじゃない?」


似たようなもんってことで、と楽しげに語る天ちゃんから都和は目を逸らした。


(ダメだ。こいつ電波な変態だ。話通じない類だ。)


箱の中から人間がでてくるわ、鬼のコスプレした奴は飛び込んでくるわ。


(厄日なんてもんじゃねぇな、これ。)


都和は息をついて気持ちを切り替えると話題を切り替えた。


「…天使とか鬼とかそういう“設定”はいらないから。それで、お前はひとんちに不法侵入して器物破損して、結局何しに来たの。」


「僕は箱を回収しに来たんだけど…」


天ちゃんは首を傾げながら黙って聞いている少女をチラリと見た。


(なんだ。こいつら知り合いか。)


「あ、そう。じゃあ持って帰れ。」


都和は荷が下りたような気になった。

もうこの度の超えた悪戯を咎める気力もない。

全く訳が分からなかったが、何でもいいから出てって欲しい。

都和は天ちゃんの目の前でシッシッと手を振った。


「可及的速やかに帰れ。

そしてもう二度と来るな。

あ、でも窓ガラスは弁償しろ。」


「あ、いや、でも、君たち契約してるし…。」


あたふたと慌てる天ちゃんに都和は苛立った。


「だからそういう“設定”はいらねぇって!さっさと」


「やだ。」


自分の声を遮った強い声に都和はハッと少女を見た。

少女はその場に立ち上がっていた。

今までのきょとんとした雰囲気は無く、透明な瞳で都和を真っ直ぐに見据えていた。


「やだ。わたしのご主人様はあなただから。」


少女の足がすっと箱の外へ出された。

雰囲気に気圧され、思わず身を引いた都和の胸に箱から出てきた少女の白い手が伸ばされ…


トンッ


ー!?


彼女の指が触れた、と思った瞬間。


世界から重力が消えた。

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